第103話 私が行きます
「迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
開店準備が本格化する前の、少しばかり弛緩した時間。このタイミングを逃してはいけないと私は皆さんに頭を下げました。
「お、元気になったじゃん。良かった、良かった」
フィリシアが満面の笑みで、迎えてくれます。
「ラーサのヒールが良かったみたいね。治りが早くて何よりよ」
「骨のダメージが少なかったのが、ラッキーだったよな」
モモさんも、ラーサさんも、準備の手を止めて微笑んでくれました。
「さぁさぁ、しっかり準備しよう。エレナは無理の無い程度で、頑張り過ぎないように。いいね」
「はい」
「よし。じゃあ、準備を始めよう」
アウロさんは笑顔で、ポンと背中を押してくれます。みなさんの笑顔にやる気メーターは全開になりました。
扉を開け放つと、次々と我が仔を抱えた皆さんが店の中へと流れ込んで来ます。
今日は忙しくなりそうですよ。
「ようこそ! ハルヲンテイムへ」
私達は大きな声で、皆様を迎え入れて行きます。
頑張り過ぎないようにと言われましたが、これは頑張らないとですよ。
雪崩のごとく押し寄せるお客さんに、受付に座るアウロさん、モモさん、フィリシア。三人が無駄の無い丁寧な接客を見せれば、その合間を縫うラーサさんが、ここぞというタイミングでフォローに当たって行きます。
私は羽ペンを握り締め、次々に投げ込まれる書類を捌いて行きます。
お客さんの流れは? どこが終わりそう?
私は一番後ろの席から、みんなさんの対応をつぶさに観察し、流れを断ち切らないようにと書類を書き込んで行きました。
ペットの登録は少し時間が掛かります。お客さんが名付けで逡巡するのは最早定番なのです。これは後回しで大丈夫。
こんな日はあっという間にお昼です。気が付いたらもうお昼休みの時間になっているのです。鞭打った体を引きずり、みんなで食堂に倒れ込んで行きます。
急患の飛び込みが無かった分、忙しいだけで平和だったのは幸いでした。さすがに今日は、口数は少なく午後に向けて体力の回復に勤しみます。
「ありがとうございました」
さぁ、もう一息です。
午前中に比べると午後は落ち着いてくれました。一息つく間もあり、みんなの心にも余裕が生まれます。
そんな一瞬の弛緩。土煙を上げ、入口に飛び込んで来た一羽の聖鳥。
「ヘッグ??」
と誰?
私達は突然の出来事に困惑しか出来ず、顔を見合わせては首を傾げるだけでした。
鞍上にいるのは、私より少しお姉さんと見える小柄な可愛らしい女性です。緊張からなのか、ぎこちない足取りでゆっくりと降り立つと一枚の書状を取り出しました。
「こ、これをアウロさんへお願いしまふ⋯⋯す!」
◇◇◇◇
【ラカイムメディシナ】のベッドの上で目覚めたユラを囲み、リンの口から語られた凶行の数々に耳を傾けた。誰もが顔をしかめ、その不条理な行いに怒りの業火を心に灯す。その心には、やるせない自身の不甲斐なさと後悔も、混じり合っていった。
もっと早く動けていれば⋯⋯。
やり切れない思いは、遠くから流れて来た突然の悲鳴にかき消された。夜半に木霊したその悲鳴に、キルロとネインは悲鳴の先へといち早く駆け出す。
奇襲とも言うべき襲撃は、住人から怪我人を出してしまい、やり切れない思いを積み重ねるだけだった。
キルロとネインが対峙した二人組。その様相はあきらかに異常だった。いくら斬り付けても、それこそ腕を切り落とそうとも、何も事も無かったかのようにこちらに向かって来た。緩慢な動きと相反する人智を越えた力。その光景は間違いなく何かが狂っていた。
【ラカイムメディシナ】の待合で、互いに逡巡する姿を見せ合う。襲撃の緊張が冷めぬまま、朝を迎えようとしていた。
キルロとネインが対峙した二人組。その異常な光景に誰しもが顔をしかめて見せたが、そんな中、ただひとり静かに聞いている男の姿。
マッシュはひとり当たり前のように耳を傾け、納得を見せる。胸ポケットから出した小さな革袋を開き、その中にぎっしりと入っている小さな実を見せた。
「何これ? カコの実? にしては色が違うわね」
「ハル、八割方正解だ。こいつは手を加えたカコの実、改良版のカコの実だ」
「どこで、手に入れたの?」
「こいつはヤツらが持っていた。似た様な物を、街で手に入れた事もある」
「街って⋯⋯。出回っているって事?」
「多分な。ただ、どれほど出回っているのかまでは分からん。いいように考えれば、団長が【ヴィトーロインメディシナ】を傘下に治めた。その事によって、ヤツらの資金源を止めたとしたら、こいつの開発まで手が回らないかも知れん。逆にだ、資金を止められ、新しい資金源として、こいつを考えている可能性も否めん。ただ、全て予想の範疇は出んよ」
マッシュは小さな実を手に平に一粒転がせて見せた。
イヤな形で繋がっていく。彼女達が連れ去られた
こんなクソみたいな実を作る為に、彼女達は犠牲になったかも知れないと言うの?
ハルの瞳は鋭さを増し、マッシュの手の平で転がる忌むべき物を睨んでいった。
「私達が残っていたから、これで済んだのでは無いかと思いますです」
住人から怪我人を出してしまった事に激しい落ち込みを見せるキルロ。その姿に声を掛けたフェインの言葉。キルロは苦い表情を見せながらも、その言葉に顔を上げていく。
フェインの言う通り。私達がいないと思い、ヤツらはふたりで十分と判断したのだ。実際私達がいなかったら、蹂躙されていた可能性は十二分にあった。
問題はこの危うい状況を鑑みたうえでどう動くか⋯⋯。
【ラカイムメディシナ】の待合に流れる手詰まり感。
今、この場を離れていいものかどうか、答えは出ている。答えは
これはもう、
「私が行きましょうか? こう見えても元勇者パーティー。
杖をつくエーシャの申し出。ありかも知れない。そんな空気が待合を覆う。
「私がいきまふっ! ⋯⋯す」
緊張と熱を帯びるリンが手を挙げた。一同の視線に更なる緊張を強いられるも、強い意志は変わる様子を見せなかった。緊張をゴクっと飲み込むと、リンは言葉を続けていく。
「エーシャさんが、離れてしまうとここで診る方がいなくなってしまいます。それに、また何か起こってしまったら、治療出来る方は必要で⋯⋯す⋯⋯だと、思いま⋯⋯す」
一斉に向けられた視線に我に返り、言葉は尻すぼんでしまう。それでも、リンの言葉に首を横に振る者はいなかった。一同は大きく頷き、リンの思いに納得を見せる。
「確かに、あなたの言う通りね。それで、
「あ、ありません!」
食い気味の返事に、ハルは苦笑いしか返せない。このちょっと空元気の空回り感に、不安が無いと言えば嘘になってしまう。
さて、どうしたものか⋯⋯。
逡巡するハルの頭に浮かぶ、信頼する仲間達の姿。
「ねえ、リン。ミドラスはどう?」
「ミドラスですか? ミドラスはここから遠くないですから、何度か行った事はあります」
「そう。ちょっと⋯⋯誰か
「オレが書こう」
マッシュに頷き、ハルもまたペンを走らせて行った。エーシャの封蠟を借り、この書状が本物である事を証明する。
「リン、良く聞いて。今から二通の書状をあなたに託す。あなたはミドラスを目指し、中心部の西にある【ハルヲンテイム】を目指して。そこに私の店、【ハルヲンテイム】がある。そこにいる男性、アウロにこの書状を渡して。こっちはアウロに当てた物、こっちは
「は、はい!」
陽がすっかりと高くなった中、リンはヘッグに跨った。
「行って来ます」
「気を付けて。宜しくね」
リンは大きく頷き、ヘッグの手綱を引いていく。リンの姿はすぐに森へと消えて行き、【スミテマアルバレギオ】は次へと動き始めた。
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