第92話 獣人とお伽噺 ②

「有名なお伽噺がいくつかあるのよ。小人族ホビットが人知れず大切な物を運ぶ話とか、人好きな精霊がいたずらする話とか⋯⋯。その中のひとつに兎人ヒュームレピスの話があるのよ」

「どんな話なのですか?」

「旅人が深い森に迷い込んで、行き倒れてしまう。朦朧とする意識の中、深い霧が立ち込めるとその中から手足と耳の長い獣人が現れる。旅人は‟助けてくれ“と手を差し伸べ、意識を失ってしまった」

「え!? 旅人さんは大丈夫ですか? 食べられちゃったりするのですか??」


 私がオロオロすると、モモさんは苦笑いのまま続けます。


「ゆっくりと目を覚ますと、美味しそうな匂いが漂ってくるの。何日も食べていないお腹はぐぅぐぅと鳴り止まず、旅人はその匂いの方へとつたない足取りを向けました。そして、その匂いの先にあった物は⋯⋯」

「⋯⋯何ですか! 早く言って下さい」

「アハハハ、ごめんごめん。エレナ面白いわね。その先にあったのは、たくさんの美味しそうな料理でした。手足と耳の長い獣人達は、疲れ果てていた旅人を美味しい料理と、美味しいお酒で歓待します。見た事もない料理とお酒に舌鼓を打ち、胃袋の満たされた旅人は大満足で深い眠りに落ちて行きました」

「大丈夫ですか? 寝ちゃって?」


 私のハラハラを、上目でやり過ごすモモさんは愉快気に続けます。


「⋯⋯目が覚めると森の出口で寝ていました。街に戻り、手足と耳の長い獣人と過ごした夢のような一夜を、みんなに触れて回るのだけど、酔っぱらっていただけだと誰も信じてくれなかった。兎人ヒュームレピスなんているわけが無い、夢を見ていただけだと⋯⋯」

「そんなお話があるのですか。兎人ヒュームレピスさんは、いい人達ですね。困っている人を救ってあげるなんて。でも、何でみんなびっくりしているのですか?」

「お話の中でしか存在しない、空想の人達って言うのが一般的な解釈なのよ。実際にいるわけがないってね」

「そうそう。本当にいるって聞かされても、にわかに信じられないんだよ」


 ラーサさんも肩をすくめて見せます。空想の人達が本当にいた⋯⋯。何だかピンと来ませんが、いい人達を救ってあげたハルさん達はやっぱり凄いって事でいいですかね。


「何、私が嘘言っているとでも言うの?」

「そうは言ってないよ。凄いびっくりしたって話」


 ハルさんが冗談混じりに睨んで見せると、ラーサさんは慌てて見せました。


「ヴィトリアの片隅に居住区を構える予定なので、会おうと思えばいつでも会えるわよ。まぁ、あまり興味本位で覗きに行って欲しくないけどね」

「ジロジロと見られるのは、気分のいいものでは無いですからね」


 アウロさんがハルさんの言葉に頷いて見せると、みんなも納得したようでご飯へと戻って行きました。自然と話題は賑わいを取り戻したお店の話へと変わっていきます。


「(冒険クエストから)帰ってきたら、店が元通りになっていて良かったよ。あのままだったらどうしようかと思っていたからさ」

「あれはやばかったね」

「変な噂に振り回されたわ」


 ラーサさんもモモさんも揃って肩をすくめてみせました。


「今回はエレナ様様だね。いやぁ、びっくりしたよね」


 フィリシアが、ニヤニヤと私の方を見つめると、ハルさんが興味津々とばかりに青い瞳を向けます。


「? 何? エレナがどうしたの?」

「フフフフ。何とエレナが超VIP! アンナ・ネレーニャを顧客として迎えいれたのです。そしてその効果は絶大!」

「おぉー! あの女優の? 疎い私でも知っているわ。エレナ凄いじゃない。でも、どういう風の吹き回し?」


 スプーンを掲げ熱弁を奮うフィリシアの横で、私は小さくなって行きます。何だかとても気恥ずかしくて、前を向けません。だって、たまたまです。偶然の賜物なのですもの。

 みんながニヤニヤと、私に向きます。私は嘆息して、ハルさんに向きました。


「私が初めて担当した女の子のお母さんが、アンナさんだったのです。本当にたまたまですよ。たまたまです」

「ふ~ん。あの鳥を連れて来たって子ね。エレナがしっかりと対応したからでしょう。たまたまじゃないわよ。【ハルヲンテイム】の危機を救ったって胸を張りなさい」

「危機だったのですか?」

「そらぁ、あれだけお客さん来なかったらマズイわよ。あの状態が続いたら間違いなく潰れている。ま、結果良ければってやつよ。これからも宜しくね」

「はい。潰れたらとても困るので頑張ります!」


 私が両手を握って気合を見せると、ハルさんは何だか嬉しそうでした。


◇◇◇◇


 あれ?

 

 ベッドの上で眠る術前のプラオドッグの男の子。手入れの行き届いた茶色の毛並みは、大事にされている証拠です。今後の事を考えてと去勢手術をする事になりました。難しい術式ではありません。

 

 だけど。

 

 刹那。目を見開いた、あの時のセントニッシュの姿が頭を過ります。

 ベッド上で眠る姿に、心臓がバクバクとうるさくて、暑くもないのに全身の毛穴から冷たい汗が噴き出します。体が硬直して、思うように動いてくれません。

 何で? どうして?

 動かない体にどんどんと焦りが積み重なります。気が付けば肩で息をしながら、ベッドの上を見つめているだけでした。

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