新しい一日
第73話 新しい一日とみんなのルーティンワーク?
新しい一日が始まります。
私は耳についた純白のピアスに触れて、エヘヘヘとひとりで照れ笑いを浮かべていました。端から見たら少し気持ち悪いかも知れませんね。でも、いいのです。指先に触れる硬い感触が新しい生活の始まりを実感させてくれるのです。
【ハルヲンテイム】の三階のひと部屋を改装して頂きました。そんなに広くは無いですが、私には十分すぎる広さです。
個室を改装したその部屋はとてもシンプルで、無駄なものは何もありません。
何も入っていない大きくない棚と、何も入っていないクローゼット。シンプルな机と椅子に寝心地の良い少し固めのベッド。ランプなどの必要最低限の物は用意して下さいました。
大きく伸びをして、眠い体を起こします。
陽光を目一杯取り込む窓を開け放つと、街の喧騒が届いてきました。一日の始まりを告げるその喧騒が、私の頭を起こしていきます。
◇◇◇◇
昨日の疲れを引きずる皆さんのテンションは若干低めです。店休日という事もあり、緩んだ空気が店を覆っていました。
「おはようございます」
「ぅぅぅ⋯⋯おはよう⋯⋯」
「ラーサさん、大丈夫ですか?!」
ラーサさんは頭を抑え、辛そうです。顔色もあまり良くないです。
「大丈夫⋯⋯ちょっと二日酔い。処置室でちょっと点滴打ってくるから、みんなに言っておいて」
「わかりました。無理なさらずに⋯⋯」
ラーサさんは黙って頷き処置室へと消えて行きました。大丈夫なのでしょうか?
「エレナ、おはよう。元気一杯って感じね」
「おはようございます。ハルさんは二日酔い大丈夫ですか? かなりお呑みになられていましたよね」
「そう? あのくらいなら問題ないわよ。なんでそんな事⋯⋯あぁ! ラーサね」
「何で分かったのですか?」
「吞んだ次の日は、必ず朝一番で点滴を打つのがラーサの恒例行事なのよ。ま、点滴一本打てば元気になるから、そっとしておきましょう」
「何だか昨日のラーサさんは可愛らしかったですね」
「フフフ、あとでラーサに伝えておく」
「や、やめて下さい!!」
意地悪い笑みを残し、ハルさんは行ってしまいました。
「エレナ、おはよう」
「モモさん、おはようございます。モモさんもいつもと変わらずですね」
「も? そうね。でも、少し眠いわ。店休日だから、少し気も抜けちゃうし、何事も無い一日だといいわね」
「はい」
「うん? エレナ、ちょっと大きくなったんじゃない? ちょっとっていうかだいぶ? その服きつくないの?」
「そうですね⋯⋯言われてみると」
ハルさんから頂いたお古を着回しているのですが、最近確かにきつくなった気はします。特に胸周りがきつくなったかも知れませんね。
「というか、ラーサとほとんど同じくらいにはなっているんじゃないの? 部屋も出来たのだし、諸々買い出しに行かないと、ね」
「買い出しですか⋯⋯」
「後でハルさんに相談してみれば?」
「はい、そうします」
買い出しと言われても、何を買えばいいのか分かりません。ハルさんに頂いた服は着やすくて気に入っているのですが、あらためて見ると確かに袖も裾も短く感じてしまいました。服なんて買った事がないので、何買えばいいのかななんて本格的に分かりませんよ。あとでフィリシアに相談してみよう。
「よ!」
キノが当たり前のように裏口から現れます。いつもの事でみんな慣れっこでした。キルロさんの悪⋯⋯影響がどんどん強くなっている気がします。
小
「ふぅー。終わった?」
「キノが邪魔しなければ、とっくよ」
「? まだ?」
「⋯⋯まだ」
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
「はいはい」
キノが気にしているのは私の進捗具合ではありません。私が終わらないとご飯にならないからそっちを気にしているのです。随時この調子ですから、怒る気力もなくなるというものです。
ひと通り暴れたあとは、廊下をウロウロと歩いているクエイサー達サーベルタイガーの元へ。廊下でキノを見つけると、ポテっと横に倒れて見せます。フカフカの横腹を愛でると、それを枕にしてひと眠り。廊下でサーベルタイガーと爆睡しているキノの姿を気に留める人はもういません。ハルさんだけが、この光景を見る度に首を捻っているので一度聞いて見ました。
「お腹を見せるのは、私とキノとキルロだけなんだよね⋯⋯なんでだろう?? とくにアイツ⋯⋯」
「はぁ⋯⋯」
私に答えられるわけも無く、苦笑いと微妙な返事だけ返しておきました。
ハルさんも良くキノと同じように、クエイサーのお腹を枕に昼寝しています。邪魔してはいけない空気が流れ、私達はそっと見守るだけです。ハルさんとクエイサーの信頼関係って人と
アウロさんも仲良しですよ。ハルさんほどでは無いですが、餌やりの時はクエイサー達が後ろからのしかかっては頭を甘噛みされています。髪の毛をでろでろにしながら、「止めてー」と言っているアウロさんの表情はまんざらでもありません。
「仲良しなのですね」と聞いてみたら「舐められているだけだよ」と、やはりまんざらでも無い様子で答えられました。なんだかとても嬉しそうで、世話自体を楽しんでいるのが伝わって来ます。
こんな何気ない日常の風景も、今日は少し違って見えます。色付く世界がより鮮明になった感じです。新しい日常のスタート。安穏な時間の流れが心地良くて、ただただ身を委ねていきました。
◇◇◇◇
「じゃあエレナ、午後はいいから買い出しに行って来なさい」
「あ、はい。ありがとうございます。それで⋯⋯あの何を買えばいいのでしょうか?」
「そうね⋯⋯あらためて言われると難しいわね」
「すいません」
ハルさんの視線は宙を泳ぎ、私も同じように宙を泳がせていますが、特に何も考えられません。何が必要なのかさっぱりなのです。
「日用品と服じゃない。さすがにハルさんのお古だと小さいものね」
「ホントにあっという間に抜かれちゃったよ。ここに来た時は私と同じくらいだったのにさ」
「まぁまぁ、妬かない、妬かない」
軽く膨れて見せるハルさん。モモさんはにこやかにやり過ごします。
私は短くなってしまった袖口見つめ、少し寂しく感じてしまいました。出会いの思い出が詰まった青い服。もう着られなくなってしまうと考えると、やはり寂しいです。
「フフフ、エレナのお気にだもんね~。残念?」
そんな私の様子を見透かすフィリシア。からかって来たフィリシアに少し膨れてみせました。
「残念というか、ちょっと寂しい」
「ま、いいじゃない。クローゼットの奥にでも大事にしまっておけば。エレナに子供が出来たら⋯⋯あ! ハルさんの方が早いかな~? ま、子供に着せてあげればいいじゃない」
「想像つかないよー」
「ハルさんは想像ついているみたいよ。ほら」
「べべべべ別に、そ、想像なんてね⋯⋯フィ、フィリシアは、なななな、何を言っているのかしら⋯⋯」
「特に何を言ったわけじゃないんだけど⋯⋯。とまぁ、こんな感じで、取って置いて次の誰かに譲ってあげればいいんじゃない」
「なるほど。そっか」
顔を真っ赤にして行動不能を起こしているハルさんを余所に、私はフィリシアの言葉に納得しました。
繋ぐ事が出来れば無くならない。思い出も一緒に引き継いで貰えるのかな。
そう思うと寂しさは和らぎました。
◇◇◇◇
「いやぁ、ラッキー。堂々とさぼれるとはエレナ様様ね」
「案内お願いね。どうすればいいのか分からないから」
「エレナ⋯⋯あれ食べたい」
戸惑いまくっていた私を見かねて、フィリシアを同行させてくれました。ラーサさんも復活して、お店は大丈夫だという事で大手を振って街中を進みます。
フィリシアの案内で必要な日用品を買い漁り、キノはお昼食べたばかりなのに屋台を見る度に指差します。
気が付けばキノは両手に串を握り締め、私は両手にいっぱいの荷物を抱え、フィリシアの後を追っていきました。
「エレナはどんなの欲しいの?」
「それが分からなくて⋯⋯」
「う~ん。ハルさんから貰ったの気に入っていたよね。あの路線かな」
「あの服は好き」
フィリシアは少し考え込むと“よし!”と、何か思いついたのかずんずんと進んでいきます。もう後はお任せでついて行くだけです。端から見たら両手に荷物を抱えたフィリシアのお手伝いさんみたいですね。
どんなお店に連れて行ってくれるのか、今はちょっと楽しみです。
日用品の買い物も楽しかった。食器を選んだり、ちょっとした小物を物色したり、自分の為の買い物なんて初めてだったのでいろんなお店で初体験気分を味わえました。みんなが買い物を楽しいって言う意味が分かった気がします。
また連れって行って貰おうっと。
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