第45話 停滞
人の倍はある門柱をくぐり手入れの行き届いた中庭を抜けると、ようやく玄関へとたどり着いた。丸みを帯びる
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか? お約束はございますか?」
「いや、約束はしていない。ギルドの監察員モーラ・ブルネと申します。至急でご主人にお話ししたい事がある。取次をお願いしたい」
モーラはギルド員の証をメイドに見せると、メイドは少し困惑して見せた。
「申し訳ありません。あいにく、ご主人様は本日出払っております。また日を改めて頂くのが宜しいかと存じますが⋯⋯」
「ねえ、奥さんでもいいのだけど? 奥さんもいない?」
子供だと思っていた小さなエルフの女性らしい低い声に少し驚いた顔を見せたが、すぐに一礼して見せた。
「確認して参ります、少々お待ち下さいませ」
扉の中へと消えて行くハーフ狼を見つめ、ハルはモーラに囁いた。
「会えないかな?」
「どうかな? 会うつもりがなかったら、ふたり揃って出払っていると言うのではないか? まぁ、ギルドの人間に会いたくない輩も多い、どう出るかな」
「ここで足踏みしたくないのよね」
「まあな」
ふたりが玄関に目を向けると、先程のハーフ狼がにこやかな笑みを湛え扉の中へと
「お会いするそうです。どうぞこちらへ」
思わぬ返答に顔を見合わせるふたりは、ハーフ狼の後ろをついて行く。
石造りの玄関が小気味良い足音を響かせる。天井の高い玄関ホールを抜けると、ベージュの絨毯を敷き詰めた廊下が足音を吸い込んで行った。シンプルながらも、森をイメージする繊細な細工が壁を彩る。華やかさは無い物の豪奢な造りの廊下。ハーフ狼が木目の美しい飾り戸を開き、一室へと誘った。
「こちらでお待ち下さい」
ハーフ狼はそれだけ言い残し、扉の外へと消えた。
通された部屋は客間として利用されているのだろうか。テーブルの上に飾られた真っ赤な花だけが派手な色合いを見せ、部屋全体は落ち着いたモノトーンで統一されている。派手さを好むタイプでは無いのが、各造りから簡単に読み取れた。
「悪趣味な感じはしないわね」
「ああ。ここまでは評判通りってとこだな」
目の前にあるカップに口をつけると、ひとりのハーフ
年齢はそれなりにいっていると思われるが、凛とした佇まいがそれを感じさせない。年相応とはいえ目鼻立ちのはっきりとした美しい顔立ちは目を引き、嫌味の無い簡素な様相に悪印象は皆無だった。
「お待たせして、申し訳ありませんでした。私はカラウズの妻、ネルスと申します。ギルドの方がわざわざ私共に足を運ぶなど初めての事なので、弱冠の戸惑いがあるのが本当の所ですの。それで本日はいかがなさいまして?」
見た目通りの穏やかな声色に、ふたりの出鼻はくじかれる。ハルは深い溜め息を漏らし、どうしたものかと逡巡するだけだったが、モーラは顔色ひとつ変えずに訥々と話し始めた。
「奥様、突然の訪問をお許し下さい。私はギルドで監察員をしているモーラ・ブルネ、こちらは【ハルヲンテイム】店長、ハルヲンスイーバ・カラログースと申します」
「ハルとお呼び下さい」
「お時間を取らせるのも何ですので、単刀直入に申し上げます。お宅様でペットとして登録している
モーラのストレートな物言いにネルスは、驚き困惑と動揺を隠さない。それが演技なのか本気なのか、ハルとモーラはその様子を懐疑的に見つめてはみたものの、分かる事はなかった。
「ど、どういう事ですの? ウチの⋯⋯そんな事⋯⋯。そ、それで今はどのような状況なのでしょう? ああ⋯⋯どういう事なの⋯⋯ウチの仔は大丈夫ですの??」
「ああー、ネルスさん、落ち着いて下さい。命に別状はありませんよ。ただ、かなりの深手を負っていますので、治療には相当な時間が掛かりますし⋯⋯最悪お返しする事は、ままなりません。そちらはご了承下さい」
忌憚の無いモーラの言葉に、ネルスは驚き胸に手を置いたまま固まってしまった。
「奥様!」
「大丈夫です⋯⋯」
ハーフ狼が駆け寄るのをネルスは制止すると、顔を上げ胸を張って見せた。
虚勢を張った所で不安や困惑は隠せていない。
ハルはふたりのやり取りを見つめ、この驚きと困惑に嘘は無いと感じた。
本気の困惑は、シロだと言う事。それはそれで構わない、じゃあ誰が? って話だ。
隣のモーラは顔色ひとつ変えず、淡々と話を続ける。場慣れしているというか、肝がすわっているというか、ただこの場では心強いのは間違いなかった。
「【カミオトリマー】へ、トリミングに出されたお宅様の
「トリミング? どういう事でしょう? ミク、この事は存知していて?」
「申し訳ありません、奥様。私共は存知しておらず、正直混乱しております」
「ちょ、ちょっと待って。トリミングに出した事を誰も知らないの? じゃあ、誰が出したの?」
ハルの言葉にネルスとメイドのミクは顔を見合わせ、困惑を見せるだけだった。
ミクは少しばかり言い辛そうに口を開く。
「あのう、申し上げにくいのですが、トリマーの方が傷つけたとか、そのような事は考えられないのでしょうか?」
「もちろん、ギルドとしては真っ先にそちらを疑いました。間違って傷を付けてしまったのを隠す為に虚偽の報告というのは、無い話ではありませんのでね。ただ、今回は傷を見たうえで、それは無いと確信しております。こちらのハルもそれを見越したうえでギルドに報告をしたのです」
押し黙るネルスとミク。ショックと困惑は深まる一方だった。
その姿にやはり嘘は無い、少なくともこのふたりはシロで間違いない。となると誰が【カミオトリマー】に連れて来たのかが鍵だ。
「話を整理しましょう。一番重要なのは誰がマイキーを傷つけたのか? それに伴って誰が【カミオトリマー】に連れて行ったのか?」
「マイキー? マイクの事かしら?」
ネルスは首を傾げて見せる。ハルは少し混乱し、モーラはすぐに登録書の控えを取り出した。
「⋯⋯マイクだ。ペットの名まで偽名を使っている」
「連れて来たヤツが間違いなくクロね。そいつが分かれば万事オーケー。それで、ネルスさん、こちらにヒューマンの女性はいらっしゃいますか? やせ型で、年齢はそれなりにいっている方です。マイキ⋯⋯マイクを【カミオトリマー】に連れて来た人間です」
ネルスは即座に首を横に振ります。表情はさらに曇り混迷を深めていきました。
「この屋敷には基本ハーフしかおりませんの。私がハーフですので、無用なトラブルを避ける為にそうしております。女性にいったっては、全員がハーフです」
「奥様は職にあぶれてしまっているハーフを率先して雇ってくれております。私共は感謝こそすれ、それに仇をなす行為などするわけがありません。ましてや、大事にされているペットに手を掛けるなど⋯⋯ありえません」
ミクは感情的になりそうな自分を押さえ、言葉を零した。ミクの言葉より、ネルスの言葉がハルとモーラを思考の迷路に誘い込んで行く。
ハーフしかいない。
連れて来たのは誰?
ハルはフィリシアの言葉を思い出す。いつも同じ人が定期的にトリミングに来ていた。
グラウダと名乗る年配の女性。
押し黙る四人。
部屋の空気は混沌とし、真実を隠して行く。
ここに来れば見えると思った物が、逆に見え辛くなった。真実に掛かる黒い霧は濃くなる一方。ハルはこめかみを指で揉み、厳しい表情を見せる。
進むべき道がいきなり分断され、思考は停滞していった。
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