第31話 大変な事が起きるのは、大体いってらっしゃいのあとなのです

 大きな馬車が二台、【ハルヲンテイム】の裏口に横付けしています。私達はハルさんを手伝い、冒険クエストに必要な物を積み込んで行きました。

 薬や点滴瓶、食料や水などの日用品と共に矢などの消耗品を積み込んでいきます。

 ハルさんが本格的な冒険クエストに出発です。

 

 ハルさん、キルロさん、マッシュさん、【スミテマアルバレギオ】の三人とおさげの良く似合う眼鏡を掛けたお姉さん、ただ背が凄く高いのです。可愛らしい顔と背の高さにギャップに最初少し驚いてしまいました。なんでも地図師マッパーさんという事ですが、少しオドオドとしていて冒険クエストとか大丈夫なのでしょうか?


 もうひとりはなんとなんとエルフさんです。ハルさんが良く了承したとみんなが話していました。いつも微笑みを浮かべ、ゾクっとするほどとても妖艶なエルフさん。見た目と違いおおらかな方のようで、冷静な方が多いエルフの中で異彩を放っているように感じました。エルフらしくない感じが、ハルさん的に良かったのでしょうか?

 

 準備は整いました、いよいよ出発です。この瞬間は未だに慣れません。

 各々が声を掛け合い、挨拶をしていきました。私もキノの小さな手を強く握り無事を祈ります。


「行ってくるね。みんなあとは宜しく」


 馬車の後ろから大きく手を振るハルさんに大きく手を振り返しました。

 街を抜けて行く馬車が遠のいて行きます。

 みんな、みんな、どうか無事で帰ってきますように。

 私の出来る事と言えば馬車が視界から消えるまで手を振り続ける事だけでした。


◇◇◇◇


「アウロさんってば! もう!」

「あ! ごめん」


 フィリシアの声がお店の裏手で響きました。アウロさん、この頃気持ちがどっかに行ってしまっている事が多いと私でも分かりました。みんなが出発する少し前からそんな感じだった気がします。


「フィリシア、アウロさん大丈夫かな?」

「あちゃぁ、エレナにも分かるくらいか。今回は割と重傷だ」

「今回?」

「うーん。私の口からは言い辛いなぁ。直接アウロさんに聞いてみれば? 別に隠している分けではないと思うから教えてくれるんじゃないか⋯⋯なぁ~」

「うん?」


 何だか的を射ないフィリシアの答えに余計にモヤモヤします。フィリシアも含め、モモさんもラーサさんもこの状況には慣れているみたい。



「あら? ハル店長はいらっしゃらないの?」

「申し訳ありません。二、三日は不在になると思います。お急ぎでないなら予約だけでも取られて、後日改めての対応も可能ですが、いかがでしょうか?」

「そうね。この仔、店長じゃないと戻ってからぐずって大変なのよ。出直すわ」


 鼻の潰れた小さな犬を抱えたマダム然としたおばさまに、モモさんは微笑みを返します。

 ハルさんをご指名されるお客様はやはり結構いらっしゃいました。急を要すケースでない限り予約をし直す方もぼちぼち。これはハルさん戻ってきたら忙しそうですね。


「頼む!! こいつを診てやってくれ! 大猪レギスボアスにやらちまった、頼む⋯⋯」


 大型の猟犬バウンドドッグを抱えた冒険者が飛び込んで来ました。抱える冒険者の腕からも血が滴り落ちています。その姿に私達はアウロさんに視線を向けました。副店長であるアウロさんの判断に従う為です。


「⋯⋯ぁ」

「フィリシア、ストレッチャー。モモ、急ごう。エレナ、一時閉めて。アウロさん行くよ」


 一瞬言い淀むアウロさんに代わって、ラーサさんが冷静に指示を飛ばしていきます。アウロさんはばつ悪そうに顔をしかめましたが、直ぐに処置室へと駆け出しました。


「ゆっくり乗せて。そう、いいよ。どこをやられたの?」

「群れに襲われて、気が付いたら地面に血塗れで横たわっていた。助かるか?」

「軽々しく助かるなんて言えないけど、助けるよ。やれる事は全部やる。だから、大人しく待っていて」

「頼む。相棒なんだ⋯⋯」


 ラーサさんは、冒険者の肩に手を置き、処置室の中へ飛び込んで行きました。私も急いで処置室に飛び込みます。

 吊るされている点滴瓶の数に状況が芳しくないのが分かりました。


「カガンの猟犬バウンドドッグ、ラド。始めましょうか」


 メスを握るモモさんの一言で処置室の空気が更に一段緊張の度合いを上がっていきます。


「体への負担を考えて麻酔量はギリギリだよ。時間勝負。外傷と内臓損壊の可能性大だね。モモ頼むよ」

「分かっているわよ」


 ラーサさんの言葉にモモさんは力強く頷きました。


「右大腿部の骨折、左肘部はあちゃぁ、開放骨折だよ。あ、でも綺麗に折れているから繋ぎやすいかな。大きいのはその二ヶ所。細かいひびや打撲は後だね」


 フィリシアが触診で怪我の確認をしていきます。アウロさんがそれを全て記入していました。


「意識消失。自発呼吸あります。弱いですけど⋯⋯。麻酔効いたようです」


 私は呼吸器をバッグしながら、ラドの表情に集中します。些細な変化も見逃さないようにと私も集中を上げていきました。

 モモさんのメスが、柔らかなお腹を撫でると赤い一筋の線が作られます。モモさんはメスを止め、顔を上げました。

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