異類婚姻譚 4

「はい。先生には今僕に説明していただいたことを、同じように彼女のお父上様に話していただきたいのです。私たちが結婚できるように説得して欲しいということではありません。ただ、『そのような差別などはもう古いんだ』ということを言って欲しいのです」

 尾野崎さんは切実そうに言った。その目はとても真っ直ぐで、先生のサングラスの向こうにある目を捉えているようだった。

「うーむ、なるほどね。難しいことを言うね」

 先生は頭を掻く。

「難しい?」

「ああ、難しいよ。凝り固まった思想を変えるのはね。彼らにとってはそれが当たり前で、生活のなかの一部なんだから」

 なるほど、そういうことか。

「それでもいいんです。何かのきっかけになってくれれば」

 切羽詰まったような尾野崎さんの頼みに、先生は「はぁ」と頭を掻き、溜息を吐いた。

「正直、かなり揉めるかもしれないよ」

「構いません」

「私が行って、もっと険悪になってしまう可能性もある」

「覚悟はしています」

 尾野崎さんも中々頑固な人のようだ。先生が「うん」と言うまで帰らないような勢いがある。その姿勢にとうとう根負けしたのか、先生はゆっくり息を吐く。

「わかった、そこまで言うのなら行ってみよう。解決できる保証はないがね」

「ありがとうございます!」

 尾野崎さんは立ち上がり、深々と先生に頭を下げた。先生は椅子の背もたれに体を預け、手を組んで天井を仰いだ。

「私はね、憑きもの筋による差別の構造の解明が、『犬神』と言う名や形を変えて、再発することを防ぐ意義もあると考えている。ただ忘れるだけでは根本的な解決にはならない。また同じようなメカニズムの差別が生まれるからだ。その構造を理解して後世に伝えていき、負の連鎖を断ち切ることが私たち民俗学者の使命の一つでもあるんだ。今回の尾野崎くんの依頼は私にとって一つの挑戦になる」

 資料室の怪人が重い腰を上げるようだ。錆びついた因習と風習を解体するために。

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