異類婚姻譚 2
干した本を回収して資料室に戻ると、赤城さんが言っていたOBの方らしき人が応接スペースにいるのか、先生の声が聞こえた。
赤城さんはというと、俺に缶ジュースを渡した後に帰っていった。どうやら本当に紹介しに来ただけらしい。
戸を開ける音に気づいたのか、本棚から先生が顔を出した。
「暑い中ご苦労様。ちょうどいい、君も彼の話を聞いてみたまえ」
「結婚について俺は何も言えませんよ」
「あれ、なぜ知ってるんだい?」
「さっき赤城さんと会いましてね。結婚に関する話としか聞いてませんが」
「概ねそうなんだが、その話の根がどうもくさくてね。興味深い」
「はぁ」
先生に促されるまま、俺はOBの方の横に腰を下ろした。ぎゅむっとソファが沈む。
OB──こと尾野崎辰弥さんは、落ち着いた雰囲気のある、物腰の柔らかそうな男性だ。
「では尾野崎くん、もう一度話してもらってもいいかね」
先生がそういうと、「はい」と俺を一瞥して話し始めた。なぜ高校生みたいなヤツがここにいるのか、どうして俺のようなガキに話さなければならないのかわからない、といった感じだろう。奇遇ですね。俺もわかりません。
「僕は昨年ここを卒業し、実家のある村で家業を継ぎました。村に戻ったのは家業を継ぐためという他に、幼馴染の恋人がいたからです。彼女とは卒業後、僕が村に帰ったら結婚しようと約束をしていました」
「ほお」
「僕が彼女のご両親に挨拶に伺うと、当然といえば当然なのですが、ご両親、特にお父様は頑として首を縦に振ってはくれませんでした」
「幼馴染なんですよね? そのご両親は尾野崎さんについてはよく知っているのでは? 交際していることは言っていなかったんですか?」
「交際していることは内緒にしていました。なにぶん狭い村なので噂が立つとすぐに広まって、面倒なことになるのは目に見えてましたから」
「克実くん、君が思っているより田舎はコミュニティが狭いんだ。余所者が村に入った途端翌日には情報が回っているくらいにね」
「マジかよ」
女の子に告ったことが翌日にはSNSでクラスメイト中に広まっている、みたいな感じだろうか。それが村中に。すごいな。
「人柄や家のことを知っているなら、その他にどういう理由で断られるのでしょうか」
俺は勿論結婚に関しての知識などはないし、関わったことなどはないけれど、お互いの家族のことをよく知っている上で断る理由が俺には思い浮かばなかった。俺の人生経験が不足しているのはわかっている。
「お父様は『筋が違うから』と言っていました」
「スジ?」
「はい」
スジってなんだろう。うーん、と考えていると、先生が「はぁ」とため息をついた。
先生がため息とは珍しい。呆れられたのかな。
「まだこの時代にそんな文化が残っていようとはね」
落胆のため息だったようだ。
「『スジ』というのは、簡単に言えば家の出自を示す言葉だ。血統、血筋、血脈とか。この点でいうと、彼の恋人の父君は、君とは家柄が違うということを言ったんだ。身分が違うとね」
「驚きました。まさか、そんなことだなんて」
尾野崎さんはひどく狼狽した様子だ。
「今まで聞いたことなかったんですか?」
「え、ええ。普通に彼女の家族とはご近所付き合いをしていました」
「そうなんだ。家筋による差別の特徴はそこにある。生活上、目に見えた差別はないが、婚姻の話となると顕在化する。しかしまさか、この現代においてそれが作用しているとは」
先生はそう言い、諦めたような、感情のよくわからない表情でもさもさ頭を掻いた。
「君の恋人の家、村ではどんな立場なのかな」
「はい、草分けの一族でして、彼女はその家の本家の娘になります」
「草分け?」
俺にはさっぱりわからない言葉が次々と出てくる。
「村を開拓した一族だ。その村で一番大きい、偉い家だと思ってくれていい」
「そういうことです」
尾野崎さんはひどく落胆した様子だ。
「身分違いの恋というわけか……」
先生が口を手で押さえ、そう呟く。
この現代にそういう話が本当にあるとは思ってなかった。横溝正史なんかの小説だけの話だと思ってたから。
「ちなみに、スジは色々あるが、君の家筋についてはなんと言っていた?」
先生は前のめりになって訊いた。
「はい、私の家のことは『犬神筋』だと言っていました」
「な」
尾野崎さんがそういうや、先生は驚きを隠せないように絶句した。
犬神? なんだろう。名前は聞いたことはあるけど。
「そうきたか」
うーむ、と唸る先生。こんな姿初めて見た。
「君は『犬神筋』である、ということは勿論知らなかったわけだからね。君の親御さんはそれについて何か言っていたか?」
「いえ。何も言ってませんでした。両親は僕が大学を卒業した年に他界しましたので」
「なるほどね。理解した。では憑きものと犬神、そこから説明しよう」
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