巫女騎士イシュタルーナ

しゔや りふかふ

序 章 女神降臨

 聖の聖なる〝ぱらす・あふれいあ・いゐりゃぬ〟に虞々(おそれおそれ)畏み畏み帰命し奉り候らふ。弥栄(いやさか)あれ、龍のごとき大いなる肯んじをし給ふ真実義よ、すべてを網羅し給ひ、遺漏なき真究竟の真実義よ、若(し)くこそしあれ。


 真究竟神なる啊素羅神群。この最古神群を統べる、天の皇帝神たる神彝啊呬厨御(カムいあれずを)の臣に、亜沙羅偉(あさらい)という姓の一族がある。族長の分御霊(わけみたま)である彝巸璃啊濡(いゐりゃぬ)女神が唐突に、濃緋の非文字の彫られた、直径一メートルの、聖の聖なる石の上に、光の降臨とともに顕現した。

 

 いゐりゃぬ神は自らを荘厳し、いゐりゃぬ神の真言を咒す。

『唵(あうむ)、ぱらず・あふれいあ・いゐりゃあぬ、吽(ふうむ)』

 言葉は黄金の霧を孕んだ帯となって、リボンのように身体を廻った。

 

 いゐりゃぬは神なれば、奇しき美しさは人間の領域を遙かに超えている。あまりに眩く燦めきて、認知不能なほど、甚深繊細、緻密精妙。 

 美は麗々しさや完璧さと言うより、切ないまであはれ、たをやかに紗々やか、初々しさ、生命の鼓動であった。


 生に涵(ひた)され、生命に漲り充ちあふれた、生(あ)れ初(そ)めの軟らかで滑らかな皮膚、伸びやかな四肢。

 繊(かぼそ)く哀れ儚くも、萌えいずる芽のよう。又熟さぬリンゴのように青くかたくも、しなやか柔らかな、くるぶしの腱は思春期の少年のようでもある。


 烑(かがやく)それ、燦々たるかな。凛々と睿らかに、玲々と晰らかに、爛々と彪らかに、光氾濫し、赫奕たる女神であった。 


 魂たるべき神髄は双眸にある。 


 太陽のごとき光芒を放つ、双つの円い炎は眸(ひとみ)は装飾された薔薇窓のよう、海よりも遙かに豊かな青の群れをなし、それぞれがすべて異なる青の調べを湛え、その繊(こま)やか微妙(みめう)なる精緻のハルモニア、紛れもなく神なる旋律であった。

 瞳の孔の水晶体は無際限に透り、(我々は透明な空間と言うと、どうしても銀色の背景を思い描いてしまうが)背景を持たず、永遠に逝きて尽きず、涯がない。いずれへも結びを遂げずに、いずれにも収まらぬ未遂不収。


 その神聖なる明眸を飾る睫毛は曼珠沙華やシャクナゲの花のおしべのように細く長い。動く時にはアゲハチョウの羽が舞うかのようにあでやかであった。


 真っすぐなる髪は、瞭らかなるプラチナ・ブロンドや、濃い山吹・鬱金・辛子色や、金箔のような雲英(きら)びやかさ、金泥のように濃くも角度によってギラリとする底光りや、黄昏の茜を帯びた黄金にも似たる色、晰らかな濃い蜂蜜の色や、光射たる太陽の爛々たる眩さなどなど、それらさまざまな光の質やら、燦めきの強度やら、色彩の濃淡の金色から織りなされる豪奢荘厳にして、捉え難き繚乱、過剰なる、繁文縟礼にも似た光燦燦の横溢である。


 その華奢でありながらも奢侈な髪は、か細く瘠せた孅(かよわ)い身を、未だ小枝にも似たそれを蔽うかのように垂直に墜ち、地へ触れたるも、前髪のみは眉の下、はっきりした瞼の線の上で、水平に切り揃えられ、翳りがあたかもベールのようであった。


 さような、いゐりゃぬ神が、かくのごとく、猛吹雪のさなか、山の高き急傾斜の厳たる聖なる石の上に降臨したのである。

 誰にも知られることなき、聖なる少女神の顕現であるはずであった。


 だが、誰にも知られぬにも関わらず、その聖なる石を目指し、駈け上がり来たる者がある。

 耳を劈(つんざ)く、幻想にも似た、荒れ狂う雪のホワイトアウトのさなか、近づいて来る者であった。あろうことか、このような真夜中に、冷厳な、嶮しき山岳地の奥へである。

 

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