第64話 五人とひとりと学園祭

「今年はこれだ」

 開口一番、能見先輩が机の上のコピー用紙をばんと平手で叩いて示した。

 本郷教室で俺を映画愛好サークルに引き摺り込んだ先輩は、コピー用紙をコンコンとノックするように叩いて、俺と忠広に読んでみろと目顔で示した。

「何すか」

「えーと、え、何だこれ。名作特撮マラソン上映? は? 」

 困惑で眉尻を下げながら、俺と忠広がプリントを読むと、どうだと先輩は得意げに訊ねた。

「なかなか興味深いだろ」

 はあ、と曖昧に答える俺。忠広が先輩に聞こえないように、俺に耳打ちした。

「なあ、これ比企さんが食いつきそうじゃねえか」

 友よ、俺も同じことを考えていたところだ。

 そういえば能見先輩はSFだとかアクションだとか、視覚効果がド派手な映画が好きだったっけ。

 そのとき、部室の扉が開いて、いやはやまったく、とため息混じりにぼやく声が起きた。

「やあ八木君岡田君、近くを通ったものでな、寄らせてもらったよ」

 日本の夏は何年経っても慣れないな、何なんだ残暑ってもう九月だぞ、と流れ落ちる汗を拭いながら、比企は肩に斜めがけにしていたクーラーバッグを下ろして、すまない、ちょっと休ませてもらうよ、と汗を拭った手拭いを、ジーンズの尻ポケットに突っ込んだ。

「お客さんか? 」

 そこで能見先輩が、部室のどんつきに置かれたソファーから顔をあげる。もういつの頃からか、在籍していた学生が金を出し合って買ったとかで、合皮張りの草臥れたソファーはもう、あちこち皮が破れてウレタンがこぼれ出たり、穿られて穴が空いていたりした。三人掛けのソファーを起点に半円を描くようにありあわせの椅子やストゥールが配置され、中心のテーブルの上には、さっきのコピー用紙が乗っていた。ごく弱く冷房がかかっていて、それでも部屋の隅まで冷気を送るために扇風機を回していて、コピー用紙には文鎮がわりに、同好会の名誉会長として継承されてきた、峰不二子のフィギュアが置いてあった。黒レザーのキャットスーツ姿のやつだ。

 比企が先輩に気づいて、しばらく振りですと挨拶し、名誉会長の邪魔にならない辺りにクーラーバッグを置いて蓋を開けた。

「よかったらお好きなものをどうぞ。涼み賃です」

「おお、えーと、比企さん、だったか。そんな気ぃ遣わなくていいって。でもまあ、お言葉に甘えて」

 クーラーバッグの中を覗いた先輩が、何ともつかない曖昧な笑顔ですいかバーをひとつ取った。俺と忠広もどれどれ、と覗けば、クーラーバッグにはみっしりと、すいかバーとチョコミントアイスが半々で入っていて、他のものはありゃしない。俺達も曖昧な微笑みでありがとうと礼を述べ、すいかバーを取った。お好きなものというか、比企のお好きなもので固められてるからね、実質二択。

 学校から一番近いコンビニに行ったものの、あまりの暑さに耐え切れず、どこで涼んだものかと朦朧としながら歩いていたらこの部室の扉が目に入ったのだと、比企はクーラーバッグと一緒に肩から下げていたでかい水筒から、紅茶を注いでごくごく飲んだ。暑いと言いながら、しこたまアイスを食いながら、それでもお茶はホットを飲む。よくわからん奴だ。

 しばしむしゃむしゃとすいかバーにかじりつき、比企が落ち着いたところで、そうだ、と先輩が、セクシーに寝そべる名誉会長のお腹の下からさっきのコピー用紙を抜き取った。

 え、まさかさっきのあのリスト、こいつに見せちゃうの?

「比企さんは特撮映画って観たことあるかな」

 心なし、どやさ! と言いたげな能見先輩。すんません先輩、この女、お師さんに漫画とアニメと特撮を与えられて育ってるゴリッゴリの猛者です。

 案の定、比企は名作特撮映画と銘打って組まれたラインナップを見ると、微かに苦笑いして小首を傾げた。

「うーん、随分と門外漢に気を遣っていますね」

 当たり障りのない言葉を選んだダメ出しキター!

「もう少しフックになる作品を配置しても良いかと思いますが」

 え、と目を剥く能見先輩。

「いやいやいや、待ってくれよ比企さん。君、こういうの観るの? 大方彼氏が好きで観てるのに付き合わされてるとか、そういうアレじゃないの」

「彼氏はおりません」

「え嘘」

 待って姿勢を正さないで先輩!

「まあでもほら桜木さんがいるよね比企さんには! 」

「そうそう、いるよね! ね! 」

 大慌てで忠広と俺がでかい声で割って入って、先輩の修羅場突入ルートを阻止。大体、あの桜木さんに勝てる男っているの。

 それよりもさあ、と取りなして軌道修正。

「比企さんは特撮映画で好きなものってある? 」

 俺の質問に、そうだなと比企はしばし考えてから、サラッと答えた。

「『空の大怪獣ラドン』と『大巨獣ガッパ』」

 能見先輩がこれ以上ないほどのあほ面で驚愕した。

 

 どうも、毎度おなじみ八木真でございますよ。

 ぼちぼち学園祭の企画を決めようや、と先輩が言い出したのはいいけど、どうしてこんなニッチな企画を出してるんすか先輩。そして頼むから先輩に張りあわないでくれ比企よ。

 

 先輩の企画はこの通り。

 五日間の学園祭の間、朝九時から夕方六時まで、リストアップした作品を上映するのだ。場所は毎年学園祭のときに借りる教室で、黒板の前に天井から床まで、壁一面に白い天幕を張ってスクリーンがわりにする。上映作品はその年によって、同じものを繰り返したり、日替わりで作品を入れ替えたりしているが、今年は一日中映画を上映し続けて、文字通りのマラソン上映をしようという計画だった。

 で、肝心の上映作品だが、

「まずスタートはこれだ。『小さき勇者たち ガメラ』。少年とガメラの心温まる友情物語だ。これでファミリー人気間違いなしだ。ここに『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』『オール怪獣大進撃』を持ってきて、早い時間帯には一般で入ってくる親子連れを狙う。午後遅い時間帯から夕方は大人向けとして『妖星ゴラス』『世界大戦争』なんてどうだ」

 どうも能見先輩渾身のラインナップだったようで、鼻の穴を膨らませニヨニヨしている。比企はリストを見ると、弱いなと小さく漏らして、辺りを見回すと、その辺に転がっていたペンとレポート用紙を拾って何やら書いた。

「こういうのはどうでしょう」

 見せられた俺と忠広はキョトン。先輩はパヒュ、と喉の奥からうめきを漏らした。いや、どこにショック受けたのかわからんわからん。

「やるなら徹底的に。このくらい攻めてもいいと思うのですが」

「いやいやいや攻めすぎじゃないのかこれ」

「日中はファミリー層、夕方は大人向けというのならこのくらいやってもいいのでは」

 うーん、と考え込む能見先輩は、そこでしばし思い悩む風だったが、何やら思いついた様子で手を打った。

「比企さんはどこかサークルに入ってたりするのかな」

「いや、入ってないはずだけど」

「だよな比企さん」

 忠広と俺が確認すると、ああ、と淡々と答えて、

「サークルになど入ってしまえば、仕事に障るからな」

「じゃあどこのサークルにも入ってないんだな」

 念を押すように重ねて、先輩はよっしゃ、とうなずいた。

 そして。

「比企さん、君うちの企画にこのリストで参加する気ないか? 」

「はあー? 」

「はいぃ? 」

「はあ《シトー》? 」

 俺、忠広、比企が同時に呆れて声を上げた。

 どうしてこうなった。

 

「比企さんの都合もあるから、サークルメンバーとしてではなくて、そうだな、スーパーバイザーとか会友とか、そういう立ち位置で参加してもらってだ、上映も俺らのセトリと比企さんのセトリと、日替わりで交互にやってさ、お客さんにアンケートとってどっちのセトリが面白かったか訊いてみるとかどうだろ」

 先輩がいきなり元気になった。うん、まあ確かに比企が独自の上映作品候補リストなんか出したら、それも気になるよなあ。

「いやあの、能見先輩、さすがに部外者の私が嘴を挟むのは」

 比企が遠慮がちに申し出る。

「他のメンバーの方が何とおっしゃるか。不愉快に感じられる方もおいでなのでは」

 あーね。内情を知らない人から見ればそう思うよねえ。でも心配ゴム用。

 心配ないない、と先輩は掌をへこへこと動かした。

「だって実際に、まともに活動してるの俺とこいつらだけだから。他のメンバーにしたって、学祭のときにだけ出てきて、いかにも参加してるお祭り気分だけ味わいたいから、何やったって口なんか出さないし」

 へ、と滅多にお目にかかれない間の抜けた顔で比企は椅子からずるっとコケた。

「そんないい加減なことでいいのか」

「いーのいーの」

「公式試合とかあるような部活ならともかく、ただ映画が好きってだけの同好会だから」

「自分らで映画撮ってるサークルもあるけどさ、うちは既存の作品を観る方がメインの活動内容だし」

 忠広と俺がヘラヘラと肯定し、能見先輩もあっさり認めなすった。噂では、自主制作映画のサークルでは、大概主演女優をめぐって監督や相手役の学生が色恋で揉めたり、出演者の学生が共演者を性的に食いまくって人間関係がこじれ、撮影自体が不可能になったり、色々面倒みたいだ。

「まあ、うちは卒業生が出ると、記念に短編映画撮ったりはするけど、それだって仲間内で歓送会に上映して終わりだもんな」

「内輪揉めって醜いよなー」

 先輩がぼんやりとすいかバーを齧りながら漏らした。

「去年の学祭の前にさ、映画サークルが空中分解したことがあってさ、理由なんだと思うよ? 出演者の女子二人がヒロイン役を争って、しまいにゃつかみ合いの喧嘩が始まったんだとさ。しかも片方が、嫌がらせで相手の彼氏を略奪愛よ。おっかねえよなあ」

「うわあ…」

「おっかねえー…。オラおそろしくって漏らしそうだっぺ…」

「女はおっかねえズラ…」

 身を寄せ合って可憐に震える俺と忠広だが、比企はしらけた顔でクーラーバッグからチョコミントアイスを出した。

「そうだ。女はおそろしいんだ。ゆめゆめ忘れるな八木君岡田君」

 うちは平和なサークルでよかったぜ。いやほんと。

 チョコミントアイスを木の匙で掬うというより切り取って、口に放り込むと、赤毛の探偵はうんざりしたような調子で、それで、と水を向けた。

「お話はわかりました。納得はしかねますが、まあ戦友との友情と先輩への義理に免じてお受けしましょう。上映作品を決めるにあたっての条件や上映時間の予定、制限など、詳細をお聞かせ願えますか」

「え」

 ぽかんとする先輩。まじか。受けるんか。

「比企さんやるのかよ」

 忠広が首を捻るが、比企はまあやるよと答えた。

「納得できない話なんか、現役当時にだって嫌というほどあったんだ。それでも呑んで実行した私も大したもんだよまったく。世間を知らない子供をいいだけこき使いやがって市ヶ谷め」

「比企さん私怨が出てねえか」

「ああ私怨だって出るさ! 何が『一個大隊三十六名で向こうの山のテロリストの砦落として来てね! あっちの山に直線で向かうと丸見えだから移動ルートは自分で工夫してね! あとできれば施設は居抜きで入りたいから無傷でお願い! 』だ! ふざけるな! 」

 なんかよくわからない思い出にムカっ腹立ててますが、えーとねえ、物騒。

 唖然として見ていた能見先輩だが、ハッと我に返って、いやいや、と苦笑した。

「そんなに真面目にカチッと考えなくていいって。祭りだし遊びなんだからさ」

 はあ、と得心いかなさそうではあるが返事をして、比企はアイスを食い続けた。

 先輩が出した上映会のコンセプトは以下の通り。

 ・ジャンルは怪獣映画であること。

 ・ハリウッドで制作されたものもよしとする。

 ・互いの選択した作品については、貶したりするとキリがないので口を出さない。

 最後の一項目は、先輩曰く「原理主義に陥るとやばい」からだそうだが、比企もうんうんとうなずき同意していた。

「映画のジャンルであれ、宗教や思想であれ、原理主義は実に厄介なんだ。陥れば友人や親族とは縁が切れるし、社会的にも詰むぞ」

 うーん、わからなくはないけどさ。

「八木君だって、本郷の講義を受けているのだろう。それならあれがしつこいほどに、一つの思想信条にしがみつくことがなぜ危険なのかを説く意味がわかるはずだ」

 確かに、先生は授業の折々に、一つのことだけが世界のすべてと思ってしまうことの危うさを教えてくれている。

 そこで忠広が、あの、いいっすか、と口を挟んだ。

「なんで怪獣映画なんすか。アクションとか恋愛ものとか、そういうのじゃダメなんすか」

「それは、」

 先輩が答えに詰まりかけたところに、比企がかぶせた。

「何をいう岡田君。ジャンル映画は何本も観ればその良し悪しがわかるようになるし、撮影された当時の時代背景も感じさせる。そのときの人々が何を問題とし、何を大事に考えていたのかがよく摑めるぞ。近現代史を研究する人がいたら、視聴を強く勧めたいくらいだ」

「そんなにか」

 呆れる俺のすぐ傍で、先輩がすげえうなずいてるのだが。

「一昨年の夏に貴君らも怪獣映画を観ただろう。映画の中でゴジラが破壊の限りを尽くしたのは、その当時、人々が破壊されては困ると思っていたものばかりだ。だから人口密集地や経済の中心地、化学コンビナートや電力を作る発電所を怪獣は襲うんだ」

 わかったようなわからんような。

 だが、とにかく今年の学園祭は比企が俺らと組んで面白いことをする気になっているので、あとで桜木さんに報告してやらねば。あ、面白そうだからクリスにも声かけてみようか。

 

 それからしばらくの間、桜木家での基礎学科勉強会やただだべるだけの集いにも、リビングの大型モニタからは東宝特撮が流れ続け、美羽子は事情を聞くと、もっと気の利いた映画にできないのかと俺と忠広に文句を言い、結城はすげえすげえと単純に映画を楽しんでいた。

 

 そして一ヶ月ちょっと。

 学園祭が近づくと、見たこともない上級生がどこからか、数人ずつパラパラとやってきては、スクリーン室の設営を手伝い、中には自主映画制作の他サークルに在籍している人もいた。そうした上級生と、作業の合間に話をする機会があったのだが、その先輩によれば、俺達のサークルは「単純に映画が好きで集まってるだけのメンバーだから気楽だ」そうだ。その先輩が活動のメインとしている映画サークルでは、監督と脚本を書いた学生同士がバチバチにやり合っていて息苦しいとかで、耐えられなくなると、俺達のサークルにお茶を飲みにくるのだと笑っていた。

 映画の上映はシンプルなやり方だ。教室の奥にスクリーンをかけて、パイプ椅子で客席を並べ、客席の後ろに衝立を立ててバックヤードを作り、そこからプロジェクターで映写する。プロジェクターは端末に繋いで、ネットの動画アーカイブから上映リスト通りの順番で作品をかけるのだ。

 室内では、他のお客に迷惑をかけない限りでだけど、簡単な飲食なら可能。映画観ながらとなれば、ポップコーンやジュース、お茶程度だろう。ピザも食いたいところだが、さすがに室内でピザの匂いさせながら映画ってのは、他のお客にしてみれば軽い拷問だろう。公衆の心理的衛生を考えて、入口でチケットと一緒に売るのはポップコーンとペットボトルの飲料、それと飴ちゃん程度にしておいた。

 売り子はさてどうしよう、と思ったが、運動部はさして忙しくないとかで、源が剣道部の公開演武に出ている時間以外は、美羽子がこっちに来て手伝ってくれることになった。

 最初は比企に入ってもらおうと考えていたようだが、俺が「いや比企さん入れると場末のバーみたいになりそうっすよ」と言ったら、なるほど、と先輩も引っ込んだものだ。うん、場末のバーっていうか、夏休みに住み込みバイトに入った民宿で、野球中継のない夜におじさんが観ていた大昔の西部劇、あれに出てくる、いきなり銃撃戦が始まるバー。ああいう店の、妙に図太い店主みたいな感じだ。カウンターの下からショットガン出して、続きがやりたいなら外でやれ! と叱り飛ばすおっさんみたいな、肝の太いイメージしかなかった。

 そこで美羽子だ。先輩からのご注文は、かわいい子で、真面目で売上を誤魔化したりせず、かつ彼氏がいない子、だったが、最後の一つ以外はまあ問題なさそうだし、まるっきり知らない子をナンパ同然に連れてきていい加減に仕事をされるよりはいいや、ということで落ち着いた。

 前日の午後、俺達のいつもの溜まり場、駅前の喫茶店で先輩は、美羽子と立ち会いの源相手に「野郎ばっかりで華がないのに困ってたんだ」「こんなかわいい子がチケット売り場に入ってくれるとそれだけで空気が違う」「困ったことがあったら誰かしら映写室にいるから」と懇切丁寧に説明し、彼女が褒められて得意が半分、悪い虫が寄って来やしないかと警戒が半分の源だったが、比企が見かねて「それなら私も映写室に詰めよう」と提案してやっと安心。

「なに、差し入れのひとつもくれればそれでいいさ。源君にしてみれば心配だろう。八木君岡田君は知らないだろうが、笹岡さんはなかなかモテるんだ」

「え嘘」

「だって美羽子だぞ」

 俺と忠広が同時に異を唱えた。

「そうなんだよ、だから俺すごい心配でさあ」

 源がすごい勢いでうなずいてる。まじか。

 先輩は先輩で、彼氏がいるのはちょっと残念だけど、まるで知らない子に頼む方が不安だし、真面目できちんとやってくれる子だからいっか、と納得したようだった。

 そして学園祭当日。先輩の上映セットリストは初日と三日目、最終日に、比企のセットリストは二日目と四日目に上映することになっている。

 朝九時の学園祭開始と同時に、真っ先に一本目「小さき勇者たち ガメラ」がかけられた。

 比企は冒頭十五分が過ぎたところでやってきた。両手にはたこ焼きとお好み焼き、肉まんピザまんにホットケーキ、今川焼きにクレープ、クッキーと、回れるだけ模擬店を回ったと思しき軽食がパツンパツンに詰まったレジ袋と、もはや見慣れ過ぎて当たり前になってしまった桜木さんお手製の重箱弁当を下げ、肩からは馬鹿でかい水筒をたすき掛けにかけていた。ギョッとする能見先輩だが、俺と忠広、受付にいた美羽子はもはや見慣れたもいいところだからノーリアクションで、クッキーやたこ焼きのお裾分けのご相伴に預かっていた。

 客席はパラパラと数人が入っていて、中には父親に連れられて小学生くらいの男の子がいたり、何かと誤解している節のあるカップルがいたり、とやや不安はあったが、一本目が終わると、おおむね満足そうに皆帰っていった。物語が少年とガメラの、種族も体のサイズも乗り越えた友情だったからだろう。殺伐とした展開もなし、子供が主役の全年齢向けのストーリーだったから、カップルでも親子でも、さしてハズレはなかったのだろう。

 先輩のセットリストはそのあと更に「ジュラシック・パーク」モンスター・バース「ゴジラ」、「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」と続いた。

 比企は黙って映写室の隅でお好み焼きを食い肉まんピザまんを食い、弁当を食いクレープを食い今川焼を食った。

 初日の客入りはどうなんだろう。おおむね客席の半分弱を埋めていた。先輩は、今年は客入りがいいなと満更でもなかったが、比企はといえば、そりゃ入るだろうさという顔だった。

「懐かしいとはいえ、時代が新しめのものばかり並んでいるからな。リバイバルだとか言って、配信メニューにキャンペーンや何かで名前がでかでかと出るタイトルばかり並んでいた」

 そういえば、夏休みの特別メニューとかで、キッズ向けの期間限定セットとか言って抱き合わせの見放題パックが出たりしてたな。特撮ヒーローや女児向けのアイドルアニメや、そういうのの中に怪獣モノもあったっけ。

 比企は明日、なにを上映するんだろう。

 

 明けて翌日、学園祭二日目。

 比企は朝からテカテカして、いやあ苦労したよ、都実に晴れやかな顔だが、うん、このテンション知ってる。徹夜明けでおかしな具合に仕上がってる人だこれ。

 ついさっきまでリストに不備がないかとチェックしていたのだとかで、完成したそれを見せてもらったのだが。

 うん、わからん!

 ドヤ顔でテカテカしている比企、目を剥いてぶったまげている先輩。

 自信満々といったテイの比企は、端末を立ち上げプロジェクターに繋ぐと、配信サイトを立ち上げ、上映用セットリストのページを開いた。

「ほんじゃまあ、ブワーッといってみようかぁ! 」

 それでは本日の上映を始めます、ご鑑賞の皆様、お席についてお待ちください。

 スクリーンの前で、スポットライトの円い灯りに照らされながら、美羽子が案内の口上を述べて引っ込んだ。室内が闇に包まれ、そして。

 スクリーンにでかでかと、モノクロの色調で映画の本編が映される。画面に大きくあらわれたタイトル、それは…。

「ゴジラ」。「ゴジラ対モスラ」でも、「シン・ゴジラ」でもない、ただのゴジラ。全編モノクロの画面、シビアかつシリアスに、ドライに淡々と、謎の巨大生物の脅威と、それに抗おうとする人間の姿が描かれていた。

 初っ端から既に比企節フルスロットル。

 二本目が始まるタイミングで、まさやんと結城、源がやってきた。三人とも、俺と忠広のオゴリでいいと言ったのに、ちゃんとチケットと飲み物、ポップコーンの抱き合わせのセット料、しめて五百円を払ってくれた。まあ、一度入れば何本観ても構わないし、今日のチケットを持っているなら出入りは自由にしているから、長く居座るならそう損はしない金額だと思う。

 二本目のタイトルは「空の大怪獣ラドン」だった。

 さっきのゴジラも怖かったけどさ、ラドンこええー! まじこええ!

 だって、ラドンだけじゃなくてなんかムカデみたいな虫も一緒に地下の炭鉱から出てくるんだよ? 怖くね? しかもいっぱいいるんだよ?

 ヒロインのおねえさんが浴衣美人なのが俺の救いでした。

 ラドンに博多の街が破壊され尽くして、映画が終わると今度は、桜木さんがひょっこりやってきた。今日はもう剣道部の演武の、新入生の時間が終わって暇なもんだから、すっかり居座るつもりでお菓子や飲み物を持ち込んでいた剣士三人が、にわか仕立ての映写室から顔を出した。

 ちーす、うっす、といつものように挨拶して、そこにトイレから戻った能見先輩が。

「誰あのイケメン」

「え、桜木さんっす」

 先輩、結城に訊いてもその程度の答えしか戻りませんよ。天然のあほに訊いちゃダメ。

「比企さんの保護者です」

 俺が耳打ちすると、まじでか! と先輩は天を仰いだ。

「小梅ちゃんが明け方までずっと起きて何かしてたんだけど、これだったんだね」

 入口のチケット売り場にいる美羽子の後ろに、でっかく貼り出された映研のポスターを見て桜木さん納得。そこには目立つように、会友・民俗学部一年比企小梅チョイスのセットリスト上映決定! と書かれていた。

 おかげで今日は、客席はかなり埋まっていて、でも作品ごとに、今自分はなにを見せられたんだろう、と考えながら上映室を出ていく、比企目当てと思われるミーハーな男子学生が数人はあらわれるのだった。まあ、そうして空いた席はすぐ埋まるんですがね。

 まるで知らない仲じゃなし、と先輩に招き入れられ、こういう展開を見越して広くとってある映写室で、俺達御一行様は桜木さんも交えて、お茶を飲み模擬店やコンビニで買ってきたり入口で買ったポップコーンや軽食をつまみながら、のんびり三本目の映画を観た。

 客席に親子連れが何組か入っているのを見た比企は、三本目を急遽変更した。

「大巨獣ガッパ」。さっきのラドンと並んで、比企が好きだと言った映画だ。

 明らかにぬるい特撮、見るからに日本人の俳優や子役が演じている南の島の住人。だけど冒頭から、すげえわかりやすかったし、なにがしたいのか、なにを見せたいのかもはっきりしていた。映画の物語が進むにつれて、いよいよそれは強く感じられて、正直、ぬるい特撮も着ぐるみ丸出しなガッパ親子も、それはそれ、でどうでもよくなっていた。ふと見れば、能見先輩がすげえ感動してて、え、どうしたのなにがあったんすか。

「すごいぞヤギ、見ろってほら」

 スクリーンへ顎をしゃくりながら、

「脚本と演出で余計なことを一切してないから、特撮の粗も着ぐるみも気にならないんだ。今までパケ写真がぬるいってスルーしてたのがバカみたいだ」

 物語自体は、南の島から強奪同然に連れてこられた怪獣の子供と、我が子を取り戻そうとやってくるご両親が日本へ飛んできたことで起こる騒動を描いている。ガッパを研究しているうちに情が湧いて、親に返してやろうと奔走するカメラマンのお姉さんと、お姉さんの会社の社長の娘が各々、欲の皮が突っ張った社長に直談判して、日本中を我が子を探して暴れ回るご両親に雛を返す、という、よくあるファミリー路線なのだけど、言われてみると確かに余計なことしてない。しかも自然。

 なるほど、と感心しているうちに映画は終わってしまった。

「メインターゲットは子供達だ。子供が観ていて疲れない、飽きない程度の時間で作ってあるんだ」

 比企がセットリストを確認しながら言った。

 さすがに四本目を流す時間となると、親子連れは引き揚げたようで、学生ばかりが客席を占めている。しかも、どうやらセットリストの構成が噂になっているのか、見るからに一癖ありそうなオタク気質であろう野郎ばっかりだった。

 四本目は「モスラ」。もうここまで来たら、なにが出ても驚かないぞ。ってまた東宝特撮かよ!

「いや、だってこの当時の東宝、特技監督が円谷英二だし」

「比企ちんもうすぐ二十二世紀だよー? ヤングにもわかるセトリにしようよー」

 弁解する比企に泣きが入る結城。いや、確かにすげえけどさ!

「そりゃあ色調バラバラ、合成ライン丸見えで節操のない爆発の吹き溜まりだが、この当時としては頭ひとつ二つ飛び抜けた技術だったんだぞ」

「そうじゃなくって」

「矢◯合成と昭◯爆発のなにが悪い! 」

「だからそうでなくって」

 結城と忠広に詰め寄るのはやめてあげて。

「比企さん、なんでレジェンダリーが入ってないの」

 源がのほほんと訊ねると、だって、と比企はいかにも当たり前のことのように答えた。

「レジェンダリーはラドンにいさんをゴマスリクソバードにしやがったから」

 どんだけ好きなんだよラドン。

 俺達のゲンナリなど露知らず、客席の熱い怪獣マニアどもは大いに熱狂していた。そのままの勢いで、本日最後の作品、比企渾身の一本がかかる。

「ゴジラの逆襲」。なんと、モノクロ映画のゴジラにはこんな続きがあったのだ。

 客席の野郎どもはいよいよヒートアップ。俺の理解なんて及びもつかない世界が、そこにはあった。

 

 そして、学祭は無事終了した。

 客層はというと、能見先輩のセトリを流した初日と三日目、最終日は一般の学生やカップルが、古い東宝特撮で固めた比企のセトリの上映日には、親子連れやいかにもうるさそうな、マニアックな怪獣映画好きが、という具合で、まあそういう意味では、きれいに棲み分けができていたんだろう。

 比企は上映作品の合間、客の出入りがある時間には必ず、美羽子と一緒にチケット売り場に入り、挙動のおかしな奴がいると、それとなく気を配ってくれていた。お釣りを受け取るふりで手を握ろうとする男がいると、いつぞやのシステマ稽古用の刃がないナイフでそいつの顎をキュッと持ち上げ、満面の笑みで言ったものだ。

「今のであんた七回は死んでたが、くたばっても女の子にちょっかい出すのはやめられんか。頭でなく金玉が脳の代わりに働いてるのか」

 いや、だからこわいこわいこわい。

 これで目覚めた奴がいたとしても不思議じゃないよなあ。。

 さて、ここで一つだけ言わせてもらおう。

 比企よ、お前どんだけ古い東宝特撮が好きなんだよ!

 確かに奴のいうとおり、ジャンル映画、怪獣ものをこれでもかと固め打ちで観たおかげで、良し悪しがわかるようになってきたものの。俺、もう怪獣映画は当分いいかな。

 次は何か、もっとキラキラした感じのものが観たいです。

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