コネクト

ぽぽろん

コネクト

くー こんなに緊張してるのは、いつ以来だ?第一志望の大学受験をしてた時?就職面接の時?考えれば考えるほど、今以上に緊張したことがない気がする。やっぱり、帰ろうかな。


優 くーちゃん?くーちゃんですか?


くーM 逃げるタイミングを完全に逃した。彼女と会うのは初めてで、とは言っても通話は何度もしている。かれこれ2年近く。


くー 優さん?


優 今更、さん付けって、なんか、他人行儀でムカつく!


くー いや、ムカつかれても、会うの初めてじゃん俺たち。ってか、ほんとにちっこいのな。


優 あー、ほら、やっぱり、バカにしたー。そーゆーとこだよ。デリカシーない陰キャオタクくんの悪いところー。


くー 陰キャでもオタクでもありませんー!ちっこいとは言ったけど、一言も身長とは言ってないし。


優 おうおう、じゃあ、どこが小さいって言いたいんだ。そろそろ、私、怒りますよ。


くー (笑う)


優 (笑う)


くー 緊張してたのが、バカみたいだわ。


優 何、緊張してたの。もう長い付き合いなんだから、今更、会ったところで、何も変わらないって、ずっと言ってたじゃん?


くー ネットで知り合って、人と会うなんて初めてだから、やっぱ緊張すんだよ。とりあえず、予約した店に行くか?


優 立ち話もなんだし、さっさと行こ。ってか、さっさとエスコートしろ。


くー 図々しいなぁ。まぁ、その方が気楽でいいけど、ではでは、お嬢様、ご案内いたします。


優M 彼とはオンラインゲームで知り合った。しかも、かなりの過疎ゲーだ。よくあんなゲームを二人して、同時期にやっていたものだ。サービスはとっくに終了していたし、はじめたきっかけなんて、それしかやることがなかったからだった。だったんだよね・・・。


くー 何飲む?俺はビール飲むけど。


優 もち、生でしょ?お酒といったら生中に限る!


くー おっさんくさ笑


優 誰が、おっさんじゃい。


くー なんか、こうやって話してると初めて会ったとは思えないな。


優 だから、ずっと通話したり、チャットしてたんだから、変わらないって。人間の中身なんてそうそう変わんないよ。


くー まぁ、たしかにそうだな。


優 ってか、くーちゃんと初めてチャットしたのって、ドラシスだったっけ?


くー そーそー、ドラゴンクライシス。通称、ドラシス、懐かしいなぁ。とりあえず、ドラゴンとかクライシスとかタイトルに付けとけばいいって感じの、ありきたりの名前がまた良かったな。


優 私がソロでラスボス討伐しようとしてたら、一人じゃ無理だよってチャット送ってきたのが、最初だった気がする。あれマジムカついた。


くー あれはソロ向けじゃなくて、パーティー組んで、レイドでやるもんなの。この人、知らずにやってたら、可哀想と思って、善意でチャット送ったんだよ。


優 はいはい、いい迷惑でしたあれは。


くー 結局、一人じゃ倒せなくて、俺が手伝って、やっと倒せたってオチだけどな。


優 そーでしたねー。ムカついたのは、本当だけど、倒せたときは嬉しかったなぁ。最高だったよ。


くー それからだよな。一緒に過疎ゲーやったり、ソシャゲやったりするようになったの。


優 くーちゃん、あのとき、無職だったから、めちゃめちゃ暇を持て余してたじゃん?だから、かまってあげたの。ありがたく思いたまえ。


くー うるせー、社会人になると色々あんだよ。むしゃくしゃして、仕事辞めたくなったりもすんの!


優 はいはい、私も大学の夏休みで、暇だったからちょうど良かったんだけどねー。あれ、そう言えば、初めて、通話したのいつだっけ?


くー あー、なんかのボスが倒せないから、チャットじゃ連携取れなくて、限界があるー!!って話になって、通話したんじゃなかったっけ?


優 あーそれそれ、あれは酷かった!私、男だと思われてたもんね。


くー いやいや、あんな、過疎ゲーをやってる女子大生様がいるとは思わないだろ?もっとキャンパスライフを満喫してろって話。女の子の声が聴こえた瞬間、一回、通話切ったよな。


優 そうだよ!!いきなり切られて、ハッー!?何コイツ!!?って思った。


くー いや、だから、そういう口調が原因ってところも自覚した方がいいと思うぞ。


優 私は、こういう性格なんです。こういう口調なんです。ご期待に添えずわるーございました。


くー 別に悪かないけどさ。もう少し、言葉遣い気を付けないと今後、損するぞ。


優 はいはい、説教じみてて、ムカつくからこの話やめやめ。でも、まぁーくーちゃんがこの2年で元気になって良かったよ。最初、通話したとき、死んだ魚みたいな声してたもんね。


くー 死んだ魚の声ってどんな声だよ。それを言うなら、死んだ魚の目だろ?


優 元気なかったーって意味だよ。例えるなら、シーラカンスが深海を当てもなく漂って、餌も取れなくなってる感じだった。だから、私が楽しい楽しい大学のキャンパスライフの話をたくさんしてあげたわけさ。


くー いやいや、楽しいというかほぼおまえの愚痴だったと記憶しているんだが。禿げ頭の教授の授業がつまんないとか、テスト勉強したくない。単位落としそう。数学の講義で隣になる人がかっこいんだけど、彼女がいるっぽいんだよね残念だわとか。俺を元気づける要素はどこにも・・・。


優 はいはい、それ以上は言わない言わない。大学のたのしーたのしー思い出話でしょ?


くー まぁ、でもそれに救われたのはたしかかもな。


優 おっ!!そーだろ、そーだろ。くーちゃん。少しは気がまぎれたでしょ?これでも私、けっこー、心配してたんだからね。


くー あの時は、仕事も辞めて、なーんにもやる気しなくて、たまたま、大学のときにハマってたオンラインゲームを開いたら、過疎ゲーになってて、優とたまたま出会えたんだもんな。運が良かったよ。


優 あっ、やっと名前呼んでくれた。嬉しい。


くー 嬉しいのか。ってか、名前、呼んでなかったっけ?


優 お店に入ってから、一度も呼んでません!!誰かさんが、緊張しいのチキン野郎だから。


くー 緊張はたしかにしてたけど、チキンじゃねぇし!


優 まぁ、逃げずに私と今日会っただけ、褒めてあげるよ。


く そりゃ、就職するからって、都会離れて田舎に行くって言うんだから、会う機会なんてもうないかもしんないし、ここを逃したら一生会えないのかもと思ったら、お礼のひとつでも言っておかないとと思って。


優 ふーん。感謝してるんだ。


くー …してる。


優 素直じゃん笑


くー 今、またプログラマーとして再就職して、仕事する気になったのは優のおかげだよ。腐ってた時期もあったけど、優と出会えたからまた歩み始められたんだと思う。あの頃は、すべてが敵に思えたから、上司も、同僚も家族も友人もみんな敵、自分以外は全員が悪って思ってたからな。


優 そんな中、さっそうと現れた女神のような優様であったとさ。


くー まぁ、だから、感謝してる。


優 あれ、なんかスルーされた感じ。


くー 茶化すなよ。真面目にお礼が言いたかったんだよ。それだけ。


優 そっか、もう、私がいなくても大丈夫?


くー まぁ、会えないとは言っても、通話はできるし、ゲームもできる。今までと大差ないだろ?


優 そっか。そうだよね、大差ないよね。


くー 優も明るくなったよな?最初の頃は少し、寂しげで少し暗い印象だったわ。今とは段違い!別人とまでは言わないけどさ。実際、あってお互いテンションが、上がってるだけかもだけど。


優 私が暗かった?へぇー、初耳、そんな風に思ってたんだ。


優M 彼が気付いているのか、気付いていないのか、私には分からなかった。ただ、賭けは私の負けのようだ。


くー そろそろいい時間だな。もっと話していたい気持ちもあるけど、また、通話すればいいし、一生会えない訳じゃないしな。


優 そうだね。また、通話するよ。そろそろ、帰ろうか。


優M 時間はあっという間に過ぎていた。思い出話とは厄介なものだ。偽りの思い出でも、楽しく感じてしまうのはなぜだろうか。この気持ちが罪悪感から来るものではないことは確かだろう。賭けに負けた私は、伝えなければいけないことを後回しにした。


くーM 彼女を駅まで送って、自分も帰路に着いた。伝えたい気持ちもあったが、今の関係が崩れるのを恐れた自分は、彼女の言うようにチキンなのだろう。まだ機会もある時間もある。この時はそう思っていた。


くーM 帰宅すると優から着信履歴が残っていた。時間も遅かったため、掛けなおすことはしなかった。どうせすぐにまた、通話できるのだからと。しかし、それから、1週間、1カ月、3ヵ月と彼女から連絡が来ることはなかった。仕事が忙しいのだろうと気を遣って、こちらから連絡することはしなかった。そんなある日突然、彼女から連絡が来た。


優月 今、時間、大丈夫ですか?お久しぶりです。


くー ああ、大丈夫だよ。あれから、連絡なくて少し心配したよ。仕事は落ち着いた?


優月 ええ、もう大丈夫。今日は、くーさんにお伝えしたいことがあって連絡しました。


くー 改まってどうした?口調がいつもと違うし、さては社会人、恒例の研修で口調を強制されたか?


優月 いえ、違うんです。


くー 何が違うんだ。優?


優月 私は、優じゃないんです。


くー !?またまた、冗談を。


優月 冗談じゃありません。今から話すことは嘘偽りのない事実です。だから、最初にごめんなさい。謝らせてください。


くー !?いったいどういうことだ?


優月 私は優月と言います。くーさんが知っている優は深月なんです。分かりやすく言うと私たちは双子です。


くー それは初耳だな。それでなんで優月さんが謝るんだ?


優月 どこから説明すれば、いいのか分からないのですが、妹の深月は先日、病院で亡くなりました。


くー それってどういう…。


優月 そのままの意味です。あなたとオンラインゲームを遊んで、通話をしていた妹の深月はもうこの世にはいないってことです。


くー えっ!!?ちょっと待ってください。思考が追い付かない。えーっと、じゃあ、この間、お店で会ったのは、優は、深月さんじゃなくて、優月さんだったってことですか?


優月 そうです。ごめんなさい。あなたを騙すようなことをして。


くー なんでそんなことを?


優月 妹の最後の願いだったからです。くーさんが元気でもう大丈夫だってことを確かめて欲しいって。


くー それに色々とわからないことも多い。会って話した思い出は確かに、優との、深月さんとの記憶だった。ゲームの話も大学の話もなんの違和感もなかった。どうして、深月さんしか知りえない思い出を優月さんが語ることができたんですか?


優月 私の大学の話を深月に話を聞かせて、それを彼女があたかも自分の話のように語っていたんです。逆にゲームの話はよく深月から話を聞いていたので、お互いの思い出を共有しあってたんです。


くー なるほど。だから、話がスムーズにできたんですね。でも、まだ分からないことがある。病院でゲームなんて、できるんですか?


優月 妹はずっと病院生活でろくに外にも出れなかったんです。ただ、最近は、医療機器の発達で院内でもゲームができるようになっていて、たまたま、借りたパソコンに入っていたゲームがドラゴンクライシスというオンラインゲームだったんです。型が古いのは当然ですよね。


くー たしかにゲームを始めたきっかけは聞いたことがなかった。それで、あんなにやりこんでたって訳か。


優月 怒らないんですか?


くー 怒るというより、驚きや悲しい気持ちの方が強いですね。いないんですね。もう優は。一度でいいから本人に会ってみたかった。


優月 そうですか。私も何度も会ってもらえば、と深月には言ったんですけど、こんな姿を見られたくないと言って聞かなくて。くーさんと会った日の話を優月にしたら、あなたがもう大丈夫ってことを知って、彼女の心の枷が外れたのか、急激に体調が悪化して、そのまま寝たきりの状態が続いて、もともと症状も良くなかったせいか、そのまま深月は息を引き取りました。


くーM 言いたいことはたくさんあったはずなのに、何も出てこない。驚きも、悲しみも何の感情もわかない。心にポッカリと空いた穴は、何の感情も生まれさせてはくれなかった。ただ一つ、後悔があるとするならば、感謝の気持ちを直接伝えたかった。ただそれだけだ。


優月 ごめんなさい。これ以上、話しても辛いだけですよね。今日のところは、これで終わりにしますね。また、通話しますね。


くー ああ、ありがとうございます。お気遣いいただいて。


くM 現実を受け止める余裕もなくただ茫然としていた。そして、しばらくしてなんとなく彼女と最初にゲームをしたドラシスにログインしていた。彼女の優の面影がどこかに感じられるような気がして…。


くーM ゲームにログインすると一件の新着のログが残っていた。それは優からのものだった。内容は…。


優M もし、このログをあなたが読んでいる頃には、私はもうこの世にいないかもしれない。病気のこと黙っていてごめんなさい。私は現実はよわよわだから、ネットの中ではつよつよでいたかったの。くーちゃんとの時間はとても楽しかった。私は病院の中で一人きり、何もすることがなくって、そんなときに現れたのがくーちゃんだった。私の救世主だよ。つまらなかった日常がカラフルに色づき始めたの。本当は通話で実際に話したかった。ごめんなさい。一生、会うことのないあなたに心からの感謝を送ります。本当にありがとう。もしこのログが読まれることがあったら、私は幸せなんだと思う。


くー こんなものを残すくらいなら、素直に話してくれれば良かったのに。いつでも通話してくれれば良かったのに。それでもボロボロな自分を見せたくなかったのか。俺に気を遣わせまいとしてくれたのか。俺がもっと強ければ、もっと早く、彼女の体のことに気付いていれば、良かったのに。どうして、いつも俺は、こう気付くの遅いんだ。どうして、取返しが付かなくなってから、気が付くんだ。クソッタレ!!!


くーM 俺はしばらくテレビ画面をぼっー見つめていた、そして、ある一つの可能性に気が付くことができた。それが幸福なのかどうかはまだわからない。


くー あれ、まて、ログの記録が昨日の日付になってる。もしかして、優はまだ生きているか!!!?


くーM 一縷の望みをかけて、優月に連絡を取った。


くー 優は!深月さんは、本当はまだ生きているんじゃないですか?


優月 良かった。ログ見つけてくれたんだ(泣)妹から「もう私は短い命だからくーちゃんの心に残りたくない。絶対に迷惑になるから、会ったらきっと後悔するから」って、死んだことにしてって、言われてたんです。ただ、そんなの悲しすぎるから、私は妹と最後に賭けをしたんです。もし、あなたがログを見つけ出すことができたら、会うと約束してって。だから、良かった。まだ、深月は生きてる。ただ、あまり長くはないと医者に言われてる。だから、できたら、早く会いに行ってあげてほしい。


くー 行く、今から行くどこの病院?


くーM 優月さんに病院を聞いて、すぐに支度を済ませ病院に向かった。病室を見つけて、すぐに優に駆け寄った。


くー 優!…優なのか?俺…くーだよ。


深月 くーちゃん?どうして?あっ、私、お姉ちゃんとの賭けに負けちゃったか。こんな姿見られたくなかったのに。なんでだろう、涙が止まらないや…嬉しい…会えて…。ごめんね。死んだなんて嘘ついて、でも、もう私は長くないみたいだから、やっぱり迷惑だと思って、ごめんね。


くー 謝らなくていい。謝らなくていいから。ごめんな。何も気付いてやれなくて。俺はいつも自分のことばっかで、優がこんなに苦しい状態だったなんて知らなかった。もっと、早く知っていれば、見舞いにだって、遊びにだって、いっぱい来たのに。ごめん。


深月 謝るのは私の方、くーちゃんは会いに来てくれた、私、すごく幸せだよ。ありがとう。


くー これからは仕事、終わったら毎日、見舞いに来るから、たくさん話をしよう。


深月 いいの?だって、私、もうそんなに時間ないと思うよ。


くー だから、最後まで一緒にいようって、言ってるんだよ。俺は深月のことが好きだから。


深月 このタイミングでそれいうのはズルい、ズルい、ズルい、ムカつく!!!


くー いつもの優だな笑


深月 私だって私だって、くーちゃん名前何ていうの?本名?


くー 月山裕也(ゆうや)だよ。


深月 私も裕也のこと誰よりも想ってるよ。


深月M いずれいなくなる自分が好きという言葉を使うには、重荷になりそうでその言葉は使えなかった。悔しかった。本当は言いたかった。


くー 俺からも一つ質問いい?


深月 どうぞ。失礼のない範囲でお願いします。


くー どうして、ハンドルネーム「優」なの、どちらかというとお姉ちゃんの優月さんの優なのかなってイメージだけど。


深月 ほぉーそこを聞いちゃいますかーなるほどねぇ。まぁ、PCの設定してくれたのがお姉ちゃんだったってのと、お姉ちゃんみたいにゲームの中だけでもいいから強く優しくありたいなって思って、優にしました。ピッタリな名前でしょ?


くー なるほどね。それはしっかりとした理由でしたね、俺は、


深月 あーくーちゃんのはいいや。簡単に想像つくし、クレセントが三日月でどうせ、名字の月からとって、響きが良かったとかでしょどうせ。


くー なぜそれを、俺まだ何も言ってないのに。


深月 深月様はなんでもお見通しなんですよー。参ったか!


深月 あっ!あと、くーちゃんに一個文句あったんだ、思い出した。これだけは言っとかないとだよね。


くー 何?俺なんかやらかした?


深月 私が体調悪いとき、代理でお姉ちゃんがくーちゃんの通話相手したときがあったんだけど、くーちゃん、一切気付かなくてマジムカついた!私は双子の姉妹だけど、違うんだぞ!!って、我々の過ごしてきた信頼の期間ヒビが入ったねもう。お姉ちゃんは仕方ないよ、声も性格も似せてるんだから、気付いた方がすごいって言ってたけど、私は気付いてほしかった!!!イーだ!バーカバーカ!!!


くー あー、だから、しばらく機嫌悪い時期あったのか。あれ、俺なんか悪いことしたかなって思ってたよ。


深月 いや、気付かなかったという悪い事をしたんだよ!くーちゃんは!気付いてよね!もう!!!


深月 そんな、たわいもない話を毎日した。幸せな時間だった。もう少しこの時間が続けばいいのにと心から願った。だけど、現実は残酷でそのときは刻一刻と訪れていた。


深月 お姉ちゃん、私が死んだあと、くーちゃんのことよろしくね。


優月 嫌よ。


深月 なんで!?酷い!


優月 くーさんはもう立派に一人で立てるくらい強いし、その準備も心構えもできてるし、見てれば分かるものだから、私は何もしないよ。


深月 お姉ちゃん、って本当にそういうとこあるよね。人を見透かすというかなんというか。


優月 まぁ、頼られたら助けるよ。私からは何もしないってだけ。それより、気持ちきちんと伝えなくていいの?


深月 気持ちは充分に伝えた。これ以上、伝えるのは彼の足枷、重荷、以外の何物でもない。思い出ほどやっかいなものってないと思うから。


優月 そっか、それなら後悔のないようにね。


くーM 仕事終わりに毎日、優に会いに来るのが恒例となっていた。日に日に弱っていく彼女を見ていると時間はあまり残されていないことがわかる。


くー 今日も来たよ。今日は何する?


深月 今日は久しぶりにドラシスやりたいな。


くー いいな。懐かしいし、操作、あんま覚えてないけど、なんとかなるだろう。


深月M 当時、二人して必死で倒した思い出のラスボスは案外あっけなく倒せてしまい、二人で見つめ合って笑ってしまった。病院のベッドから見える夕日が夕闇に沈む時間この時間だけは、特別で世界が止まったかのように感じられる。


くー ずっとこのままだったらいいのにな。


深月 くーちゃん。私、くーちゃんが好き。ずっとずっと大好きだった。


くー 急にどうした?


深月 本当は伝えるつもりなんてなかったんだ。でも、この夕日を見てたら、私もいつか忘れられてしまうんじゃないかって、思って。毎日、当たり前のように沈んで昇る、そんな当たり前が辛く思えて、忘れられるのが怖くなっちゃった。


くー 大丈夫だよ。忘れることなんてしない。忘れられる訳ないだろ。こんなに楽しかった二年は人生で初めてだ。この先はたしかに辛いことしか待っていないけど、それも含めて二人の大切な時間なんだよ。


深月 私、忘れられるのが怖い。だから、ときどきでいいから思い出してほしい。優がいたってこと。


くー 分かった。約束するよ。忘れたりなんてしない。


くーM その時の彼女の笑顔は、今でも忘れることはできない。


くーM 数週間後に彼女は息を引き取った。最後に会えて良かった。本当はもっともっと一緒にゲームしたり、話をしたかった。彼女の存在は自分にとって大きなもので、心にぽっかり空いた穴はもう二度と埋まることはないだろう。優月さんとはそれ以来、連絡を取っていない。優という欠けたピースをお互いが埋めるような関係にしたくないからだ。ゲームから始まった関係、ずっと続くと思っていた関係は唐突に終わりを告げた。


くーM 恋だった。自分でも気付かないうちに彼女に惹かれていたのだろう。きっともう二度とない、叶うこともない恋をした。この恋が成就することはない。だから、せめてこの気持ちが深海の奥底で静かに眠りにつくまで、溶けてなくなってしまうまで、ネットはもうやらない。ネットに触れていると彼女のことを思い出すから。この二年という腐った期間、ネットに彼女に救われた。だから、今度は、しゃんとした自分になったときにまた、ネットを始めよう、自分も誰かの助けになれるように。







設定

通話を2~3年している。実際に会ったことはない。会うシーンから始める。

男1女1 

男 優(仮) 25歳 無職 

姉(生)優月(ゆづき) 女子学生

妹(死)深月(みつき) 病気で入院中


ドラゴンクライシス 通称ドラシス オンラインゲーム


学生の時にやっていたゲーム ハンドルネームは学生のときに決めたもの

crescent⇒ クレセント「三日月」

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コネクト ぽぽろん @poporonium

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