第99話 復活!

 黒きローブの男はテコイに命令した。

「ブタァアァ! ……って、ありゃもう、完全にゴキブリだな」

 男から吹き付けられた黒き霧が、テコイの姿を変えていた。

 以前まで人であったであろう部分は、完全にゴキブリの甲殻に置き換わっている。

 立ち上がる姿は、ほぼほぼゴキブリ。

 まるでゴキブリが直立歩行しているような姿。

 想像しにくい人は、触角を掴まれてブランブランしているクロゴキブリの姿を思い浮かべてほしい。

 えっ、そんなもの想像したくないって!

 もう、わがままだなぁ。

 ところでさ……

 正面から見たゴキブリの顔ってスターウォーズに出てくるダースベーダーになんか似てない?

 グーグルで黒ゴキブリの顔を画像検索したら、マジそう思ったんだけど。

 私だけ?

 あっ! 気になった?

 気になったでしょ!

 はい、そこのあなた、今、ゴキブリを想像しましたね!


 しかも、テコイの姿は、丸々と太った豚ゴキブリであった。

 黒いローブの男は思う。

 ――まぁ、ブタでもゴキブリでもどちらでもいいか……

「目の前のヒイロをつぶせ! もう一人の前任者ラブを引きずり出すのだ!」


 だが、すでに身も心もゴキブリと変わったテコイ。

 その委縮した脳では、もう、言葉を理解することは不可能であった。

 だが、元々がテコイであっただけに、無性に腹が減っていた。

 目の前に転がる黒焦げのヒイロ。

 焦げていてもそれは肉である。

 本能が叫ぶ!

 お腹がすいたと!

 ――イタタダキマス!

 テコイは、よだれを垂らしながら転がるヒイロにとびかかった。


 ゴキ!

 黒い腕が砕けた!

 その裂け目から飛び散る赤き血潮。

 黒い体が悲鳴を上げた。

 どうやらまだ、その体には痛覚が残っていたようである。


 ヒイロの直前でゴキブリテコイが膝をつく。

 折れた腕を押さえて見上げる瞳は忌々しそう。

 そんなゴキブリの顔に一つの影が落ちていた。

 それは腰に手を当て偉そうに見下す女の影。

「今度はワラワが相手なのじゃ!」

 そう、そこには白きコスチュームを身にまといしアリエーヌが立っていた。


 少し時間をさかのぼろう。

「どこのどいつだ……僕の円周率を邪魔したのは、どこのどいつだ……」

 グラスがパイズリアーを天空に掲げた時の事である。

 ドグスによって担がれたアリエーヌ。

 マーカスたんともども、その体は豪華な建物の影へと逃げ込んだ。

 だがその瞬間、グラスの炎撃魔法がさく裂する。

 建物のガラスが一斉に砕けて吹き飛んだ。

 すさまじい衝撃。


「ヘルフレェィム!! ヘルフレェィム!! ヘルフレェーーーィム!!」

 ドゴッーーーーン! ドゴッーーーーン! ドゴッーーーーン!

 何度も続く衝撃音!

 火柱が上がるたびに空気が激しく揺れ動く。

 地面を穿つその音が、体の奥底を揺さぶった。

 建物の伸びた影の一線いっせん向こうは、赤き光に照らし出された地獄の世界。

 灼熱の熱風がその線を越えて流れ込む。

 影の世界で頭を抱えおびえるアリエーヌたち。

 その背中を必死に守る建物。

 グラスが叫ぶたびに、その躯体がどんどんと削れていった。


 崩れた破片が容赦なく三人を襲う。

 そんな時、マーカスたんがアリエーヌに抱き着いてきたのだ。

 いや抱き着いてきたというより、それはまるで、恋人の肩に頭を預けて甘えるかのようにポテッと身を寄せたのである。

 ――こんな時に! なんなのじゃ!

 赤面しながらも、その身を引きはがすアリエーヌ。

 だが、マーカスたんの頭は重い。

 押しのけた顔面からは鼻血が垂れている。

 しかも、なぜか白目をむいているではないか。

 どうやら、後頭部を小さな小さな破片が直撃したようなのだ。

 驚くアリエーヌ。

「マーカス! 大丈夫か!」

 マーカスたんを必死に揺り起こすも、反応なし。


 どゴーーーーーン!

 バタ……

 あれは、多分グラスが倒れる音……

 あのバカ女、おそらく顔面からぶっ倒れたことだろう。

 という事は、炎撃魔法も、あれで打ち止め。

 ――ようやく終わったのじゃ……

「マーカス! 喜べ! 終わったのじゃ!」

 マーカスを揺さぶるアリエーヌ。

 もう、アリエーヌたちも限界だった。

 だが、背後にそびえる建物もまた限界を迎えていた。

 遂に崩れる垂直の壁。

 無数のレンガが崩れ落ちた。

 それを見上げるアリエーヌは絶望した。

 アリエーヌの視界の先には、2階の壁がそのまま落下したかのような真っ平らな壁が浮いていたのだ。

 それはひときわ大きな塊。

 建物そのものが途中でポキッと折れたかのような大きな壁である。


 やっと、魔法が止んだと思ったのにもかかわらず、今度は壁につぶされる。

 こんな壁の下敷きになれば、弱った朱雀のコスチュームではひとたまりもない。

 ――なんとついてないのじゃ……

 アリエーヌはマーカスたんを守るように覆いかぶさった。

「マーカス!」

 マーカスを抱く腕に力が入る。

 ――だが、マーカスと一緒ならば……

 しかし、今のアリエーヌの心の中には一つの薄汚い雑念が芽生えていた。

 ――死ぬ前に、あのヒイロという男の顔を見てみたかったのじゃ……


 ドスーーーーン!

 大きな塊が地面に落ちた。

 こんな大きな塊につぶされたのでは、おそらくその下のアリエーヌたちはぺったんこ。

 まるでハエたたきで叩かれたゴキブリのようににつぶれていることだろう。

 飛び散る体液……

 はみ出す内臓……

 あぁ……見たくない……

 できることなら、このままゴミ箱にポイしたい。


 だが、そんな大きな壁がゴトリと動く。

「フンがーなのじゃ!」

 叫び声とともに反転する真っ平らな壁。

 その下からは、アリエーヌたち三人の姿が現れた。

 しかも、ミンチになってないフレッシュな状態で!


 落ちる壁がアリエーヌの背中押しつぶす。

 ウゴ!

 マーカスたんを抱きかかえるアリエーヌのオッパイが、その反動でマーカスたんをプレスする。

 う……うらやましい……

 ホットサンドならぬ、オッパイサンド!

 だが、それにもかかわらずアリエーヌ体には痛みが走らない。

 それどころか、力がみなぎってくるようなのだ。

 ――まさか!?

 アリエーヌは己がコスチュームを覗き見る。

 腹の布地にポツンと小さな赤い丸。

 どうやらそれはマーカスたんの鼻血の跡のようである。

 ――もしかして、マーカスの血によって朱雀が再び活性化したとでもいうのか?

 ならば、力、スピードも戻っているはず!

「フンがーなのじゃ!」

 アリエーヌは己が上にのしかかる大きな壁を投げ捨てた。

 ついでにマーカスたんも投げ捨てて、爆心地の大穴めがけて駆けだした。

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