第88話 ゴキブリって……(1)

 だが、潜水帽の中でヒイロの鼻が笑った。

 フン!

 テコイはゴキブリだ!

 性格は元からゴキブリだったが、今は体もゴキブリ。

 正真正銘のゴキブリ野郎だ!

 なら話は簡単だ!

 相手がゴキブリなら、対処のしようはいくらでもある。

 と言うのも……

 以前住んでいた俺のぼろいアパートでは、よくゴキブリが出没したものだった。

 奴らは昼日中ひるひなかから平気で壁を闊歩しやがる。

 さも、この部屋が自分のものであるかのように。

 この部屋がアパートの中部屋で一日中薄暗くじめじめしているせいなのだろうか。

 いやおそらく、しわくちゃになったベッドと壁の隙間にテコイたちの使用済みのおもちゃやゴムが落ちたままになっていたことが原因なのだろう。

 そのせいか、俺とゴキブリはよく目が合ったのだ。

 瞬間、固まるゴキブリ野郎!

 だが、何事もなかったかのようにまた歩き始める。

 カチーン!

 当時の部屋のあるじは当然、俺である!

 ゴキブリ野郎のものではない!

 いや、ゴキブリ野郎のテコイのやり部屋だからゴキブリ野郎のものか……

 頭にきた俺は、とっさに自分の影からレッドスライムを取り出すとすかさずゴキブリめがけて投げつけた。

「艦対空レッドミサイル発射ぁぁぁぁぁ!」

 こう見えてもスライムは体内に取り込んだものはなんでも消化する。

 ゴキブリんなんぞなんぼのものよ!

「ぴぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」

 だが、悲鳴をあげて飛んでいく赤きミサイル。

 そう、レッドスライムことライムは涙目。

 まぁ、そりゃぁ仕方ないよな。

 いきなり外に連れ出されたかと思うと、目の前に迫る黒き物体。

 だがライムよ……今更、それを認識してももう遅い!

 ひとおもいにゴキブリを飲み込め!

 ライムの体は壁にぶつかった。

 だが、ベちょっと言う感じではない。

 どちらかと言うと、プルプルと言う感じだ。

 と言うのも、ライムは、その丸い体を限界まで薄く広げその四つの端を足のように突き出して壁への衝突を防いでいたのだ。

 そう、こともあろうにゴキブリとの衝突を避けるかのように……

 クソ!

 だが、俺の投球の勢いは、そんなか細き足では受けきれない。

 その証拠に四本の足で支えるライムの中心が、いまだに黒き塊に向かって突き進む。

 フーフーフー

 と、逆噴射のように息を吐くライムの目からは、洪水のように涙が噴き出していた。

 もう必死!www

 そのためか、ゴキブリも目を丸くして驚きの表情で、迫りくるそのスライムの塊を見上げていた。

 まさにゴキブリからすれば、天から落下する赤き太陽に様な世紀末!

 それは生きた心地はしないだろう。

 だがしかし、俺の探査ソナーがなにやら異変を察知した。

 脳内の艦長が、赤く照らし出される艦内で叫ぶ。

 ――状況を報告しろ!

 本来であれば、ミサイルの直撃を受けた敵機影は消滅するはずなのだ。

 だが、いまだソナーには敵機影の存在がはっきりと映っている。

 ――艦長! 敵機、ダメージを受けていません!

 ――なに!? 何がおこった。

 そう、ライムの頭が止まっていたのだ。

 なんとゴキブリのほんの鼻先で何とかその衝突を免れていやがった。

 ――チッ! 不発か!

 難を逃れたゴキブリは、何事もなかったかのようにそそくさと歩き出す。

 だがその瞬間、ライムの体がはじけ飛んだ。

 まるで、大陸間弾道ミサイルの発射スイッチでも押されたかのように、まっすぐに。

 どうやらライムの鼻先をゴキちゃんの触角がかすったようなのだ。

 その刹那、俺の視界が歪んだ。

 俺の首が90度に曲がったのだ。

 視界の端に俺の唾液が白い線を描いて飛んでいくのが見えた。

 どうやら跳ね返ってきたライムの体が俺の顔面を直撃したようである。

 もう、その顔を怒りで真っ赤にして……って、顔は元から赤かったか!

 だが、悲劇はこれで終わりではなかった。

 瞬間、壁を歩いていたゴキブリの体が消えたのだ。

 まるで、今のテコイのように。

 いや消えたのではない、茶色い羽を広げて飛んだのだ!

 そしてこともあろうに、飛翔したゴキブリは俺に向かってくるではないか!

 本当にゴキブリって……なんで人の頭がすきなのかね……だいたい、こっちに飛んでくるよね……あいつら!

 俺とライムは恐怖した。

 顔が引きつる二人。

 錯乱したライムなどは、どこからか取り出したはえたたきで辺り一面を叩きまくる!

 ギャァァァァァ!

 ビシ! ビシ! ビシ! ビシ!

 でも、ライムさん……それ……俺の顔だから……さっきから叩いてるの、俺の顔だから。

 だが、恐怖は増幅する。

 脳内の女乗務員は叫んだ。

 ――増援機出現!

 ――何だと!

 そう、敵の機影は一機ではなかった。

 ――こちらに接近します!

 まるで空母から発艦した戦闘機のように、もう一匹の黒き機体と変態を組んで、いや編隊を組んで飛んでくるではないか!

 ――距離は!

 ――バナナ5本分!

 ――総員! 緊急脱出!

 俺はライムを抱えて一目散に部屋を飛び出した!




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