第80話 ドピュットミサイル

 だが、城門が開けども時はすでに遅かった。

 執行人たちは櫓の元にたどり着き、その足を折らんと斧を振り上げていたのである。

 しかも、二つの櫓に二人の執行人。

 その間の距離は、カチカチになった平均的な日本人男子のバナナ75本分!

 えっ……分からない?

 一本が約13.5cmだから……うーん、大体自動車二台分ぐらいかな。

 そんなことはいいや。

 話に戻ろう!


 二つの櫓に一つの体しか持たぬヒイロ。

 当然、ヒイロが駆けつけることができるのは一つの櫓のみ。

 二つ同時に守るなど、どうやっても無理筋の話なのだ。


 ――くそっ! 間に合わない!

 走るヒイロの左腕がグラスの体を頭上に担ぎ上げ、そのわき腹を支えた。

 そして、右手はそのスカートの中へと潜り込むと、しっかりと股間に押しつけられた。

 驚きの表情を見せるグラス。

 ヒイロの右手は、グラスのお尻をギュッとつかむ。

 グラスは、その感覚に身に覚えがあった。

 ――何? この感じ……なんだか懐かしい?

 それは魔王討伐の際に、さんざんとマーカスに尻を掴まれた感覚に似ている。

 荒々しくもあり、どこか優しげでもあった。

 グラスは顔を赤らめた。

 ――そんな……僕、まだ……心の準備が……

 だが、次の瞬間、グラスの体が真っすぐに飛んでいく!

 ハンドボールのスローイングのごとく、グラスの体が投げだされていたのだ。

 ヒイロは叫ぶ!

「ドビュットミサイル発射ぁぁっぁぁ‼」

 真っすぐに伸びたグラスの体は、まるで白いミサイルのよう。

 離れた櫓にむかって一直線に飛んでいく。

 ミサイルってなんやねん! ミサイルってどこの世界線の話やねん!

「いくぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 ヒイロの脳内で赤色灯に照らし出された潜水艦の艦長が叫ぶ!

「目標までの距離は!」

「目標まで距離バナナ10本!

 ……

 5

 4

 3

 2

 1

 命中します!」

 ドゴーン!

 ドピュットミサイル、もとい、グラスの体がデブの執行人の背中にクリーンヒット!

 くの字に曲がるデブの体。

 巻き散る白き唾液。

 かたくなに目を閉じていたグラスの体は今だ飛び続け、執行人の背骨をへし折り続けていた。

「目標沈黙しました!」

「やったぁぁぁぁぁ! 我々の勝利だぁぁぁ!」

 ヒイロの脳内では艦長たちが、歓喜の雄たけびを上げていた。

 って、この艦長、誰やねん……

 ヒイロは右こぶしを握りこむ。

 ――よし!

 よしじゃねぇよ!!

 ――あと一つ!

 ヒイロは、自分の前の櫓に目を戻す。

 だが、そんなことをしていたせいか、時間がほんの少し遅かった。


 目の前の櫓で、執行人の斧が打ち下ろされた。

 今だ届かぬヒイロの体。

 粉々に飛び散る櫓の木片。

 執行人が、櫓の柱を砕き割った。


 落ちるボヤヤンとムツキの体。


 え! なんで二人?


 そう、もう一つ別の櫓の足も、なぜか砕けていたのだ。

 どうして、そんなことが?


 ドピュットミサイルが、斧を振り上げていた執行人をつぶしたはずなのに。

 そう、執行人はグラスの直撃によって意識を失った。

 確かに失ったのだ。

 だが、いまだ勢いの衰えないグラスの体。

 その体は、執行人の体を押し続けた。

 そして、ついに執行人の体もろとも櫓に足にたどり着くと、ついでに櫓の足も粉砕してしまったのである。


 ――あれ?

 それを横目で確認するヒイロ。

 ――力が強すぎたか……テヘ。

 心の中でベロを出し、自分の頭を小突くヒイロであった。

 って、男がやっても可愛ないわい!


 ボヤヤンとムツキの首に巻かれたロープがピンと緊張し二人の体が反動する。

 瞬間、手にもつ鎖が跳ねとんだ。

 ――間に合え!

 ヒイロの体は、執行人の背を踏み台にして飛びあがる。

 空を舞う鎖をつかみ取ったヒイロ。

 地面に戻ったその足が、落下する断頭台の刃の勢いに引きずられ、ステージに線を引いていく。

 鎖を腕に巻き付け足を突っ張った。

 ようやく止まるヒイロの体。

 断頭台の刃の下で、アリエーヌの表情が恐怖に引きつり、己が頭上を見上げていた。

 ヒイロはアリエーヌの直上で光る刃につながった鎖に飛びついていたのだった。


 ヒイロは、残されたもう一つの断頭台を見る。

 バッコン!

 大きな音がした。

 ――すまない……オバラ……

 ヒイロは心の中で謝った。

 だが、その音はヒイロの背後から響いていた。

 ヒイロの背後に、ムツキの体が落ちていたのである。


 ――オバラの腕は!

 残された断頭台の刃の下にあるのはオバラの腕だけ。

 だが、その腕も今だオバラの体に引っ付いたままだった。

 ――切れてない……

 そう、なぜか、こちらの断頭台の刃も途中でその動きを止めていたのである。


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