第69話 断頭執行コンサート開幕(4)

 子犬は女を見ながらワンワンと吠えていた。

 一体いつから……

 ヒイロは、とっさに立ち上がる。

 コホンと咳ばらいを一つすると女にお守りを片手で手渡した。

 もう一つの残った手はなぜか、つぶった瞳の上で汗をかいているおでこに中指を立てていた。

「お嬢さん、これ落してましたよ! 誰かにプレゼントするんじゃないんですか」

 一体、何のアピールなのであろうか?

 もしかして、いまだに嫁さん計画をあきらめていないとか。


 お守りを見つめる女。それをやさしく受け取ると固く胸に抱いた。

「ありがとう……」

 女の瞳は慈愛に満ち溢れ、頬をほんのりと赤く染めていた。

「これは大切な人のためのもの。私の唯一の家族のものなの」

「そんなことより! 1000ゼニーください!」

 ハッ!ハッ!ハッ!と犬のように舌を出してせっつく目の前のもやし男。

 女の顔から色が消えた。

 明らかにあきれているようだ。

 先ほどまでの感動が一体何だったのかと言わんばかりの白けようである。

「もしかして……そっちが本当の目的?」

「そうですよ! 何か悪いですか! 本当に俺今、金がないんですよ!」

 もう、問い詰める気もしない女。

「別にいいわよ……モヤシくん、クレジットカード使える?」

「へっ? クレンジングラード? そんなもので顔洗ったらベトベトですよ? と言うか、すでに鼻の周りに脂浮いてますよ!」

 べき!

 ヒイロの頭に女のげんこつが落ちた!

「脂なんか浮いてないわよ! コレでも私はアイドルなのよ! アイドル!」

 ヒイロは頭をこすりながら催促をつづけた。

「分かりましたよぉ。だから1,000ゼニーくださいよ」

「モヤシ君、クレジット知らないのなら現金かぁ……今、手元にないから、コンサートが終わってからね!」

「そんなぁぁぁぁぁ!」

 そんな女の背後の部屋から顔を出した男が声をかけた。

「ミーナぁ! そろそろ出番よぉ!」

「はーぃ センドウ社長分かってますぉ」

 笑う女。

「モヤシ君、もし、食べる物がないのなら、私の楽屋のお弁当食べてもいいわよ。私、自分のは自分で用意しているから」

 女は、ヒイロに手を振りながら去っていった。

 ヒイロは、やっと理解した。

 あの女の名前はミーナという事を。

 はて、ミーナって言う名前、どこかで聞いたことがあるような。

 確か、あの女がくれたコンサートのチラシにのっていたような気も。

 という事は、あの女が、イーヤ=ミーナなのだろう。

 そうか。そうか。

 って、彼女、有名なの?

 そう、頭をひねるヒイロはすでにイーヤ=ミーナの楽屋を覗き込んでいた。


 突貫工事でつくられたわりに豪華絢爛なステージには、魔法電気で装飾された光が色とりどりに輝いていた。

 左右の巨大なスピーカーから音楽が流れだすと、会場から歓声が沸き起こる。

 その歓声にこたえるかのように舞台袖から手を振りながらミーナが登場した。

 先ほどまでの歓声は、悲鳴にも似た割れんばかりの奇声へと変わる。

 会場内が、ミーナの登場だけで興奮のるつぼと化していた。

 観客席の最前例では、タクワンを手に持つ男たちがいならぶ。

 まぁ、いわゆる親衛隊と言うものであろう。

 そんな、親衛隊たちを真ん中で指揮しているのが、なぜかマーカスたん。

 お前……部屋にこもっていたはずでは……

 ヒドラ討伐に失敗して以来、自分の部屋にこもっていたマーカスたんであったが、ミーナのコンサートがあると聞くやいなや、はっぴに鉢巻を身に着けて一目散に飛び出してきた。

 手にするタクワンをビュンビュンと振りながら、親衛隊に檄を飛ばす。

 ミーナ! ミーナ! いい女! ハイ!

 発する合の手と一緒にコキコキと腰を振り振り踊りくるう親衛隊の面々。


「みんなぁ! 元気ぃ? ミーナは元気だよぉ!」

 ステージ上のミーナが観客席に大きく手を振った。

 会場からの声援は、さらにヒートアップ!

 もう、最前列に並ぶタクワン達がブルンブルンと興奮して、先ほどから何かの汁を飛ばしまくっている。


 そんなタクワン、いや親衛隊たちを押しのけるかのように、一人の女性が最前列へと押し進む。

 赤いドレスの裾を掴みながら、肩と肘でタクワンを持つ男たちを押しのける。

「のけ! のくのじゃ! このへなちょこども!」

 男たちを足蹴にする赤いドレスの女。

 その後ろには付き人たちがいるはずなのだが、観客に阻まれて後を追うことができないようであった。


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