第70話 宣戦布告

 遂に最前列に到達したドレスの女はステージをよじ登りはじめた。


 その無様に昇る姿に観客たちはざわめいた。

 一体どこのバカ女が、せっかく皆が楽しみにしているミーナのコンサートを邪魔しようというのだろう。

 そんな邪魔者めがけてタクワンが乱れ飛んだ。


 だが、女は気にせずに上り続けた。

 女のくせに恥ずかしげもなく大きく広げられた股、その右足がステージの上にかかる。

 足の先からスカートの裾がずるりと滑り落ちると、白く美しいふくらはぎがあらわに姿を現した。

 そして次に瞬間にはスカートがぴっちりと食い込むケツを観客席に向けて突き出しているではないか。

 どこの変態や!

 遂にステージの上に上り詰めた赤いドレスの女。

 腰に手を当て偉そうにミーナを睨み付けている。

 ただ残念なことに、銀色にたなびく美しい髪の上には、黄色いタクワンがかぐわしい香りを漂わせていた。

 そんなタクワンの端を、肩にのるヒヨコがおいしそうについばんでいる。


 そう、このバカ女こそ、キサラ王国第7王女アリエーヌ=ヘンダーゾン姫である。


 ステージに立ち上がったアリエーヌの姿を見るや否や、空飛ぶタクワンは途端に消えた。

 なぜだかわからないが、ステージをよじ登っていた邪魔者は、アリエーヌ姫様なのである。

 それを知ったうえでタクワンを投げるバカ者は、ヒイロぐらいしかいないだろう。

 だが、ヒイロは現在、舞台袖の控室。

「うめぇぇぇぇぇ!」

 ミーナのために配給された弁当をレッドスライムたちと一緒に食い漁っていたのだ。

 だから、タクワンを投げるどころではない。

 というか、タクワンなどもったいなくて投げる前に食っとるわ!

 食べ物を粗末にするな!


「イーヤ=ミーナ! 歌とダンスでワラワと勝負じゃ!」

 ステージに立つアリエーヌはミーナを指さし叫んだ。


 一方、意味が分からないミーナはきょとんとしている。

 なんで、第七王女のアリエーヌ姫が自分に対して勝負を挑んできているのか全く分からないのである。

 だが、勝負事は嫌いではない。

 挑まれたなら、叩き潰すのみ。

 どんな汚い手段を使っても必ず勝つ!

 そして、たとえゾンビになっても二度と起き上がれないぐらいに徹底的に叩きつぶすのだ!

 自分はそうやって、この競争の激しいアイドルの世界を登りつめてきたのである。

 マーカスのおもちゃになったのも、それが故。


 ミーナは鼻で笑った。

「そんなドレスでダンスが踊れると思っているのかしら」


 アリエーヌも鼻で笑い返す。

「フン! そんなことは承知の上田市うえだし上田城うえだじょうなのじゃ!」

 うーん、なんか意味が分からない……。

 というか、どこの国のお話しですか! ここはキサラ王国! 長野県ではありません!


 アリエーヌはにやりと笑う。

「j.c.ポゼッション!」

 その言葉を聞くや否や、肩にのるヒヨコが赤く輝いた。

 赤き光は渦巻くように上空に浮かび上がったかと思うと今度は一直線に落ちてきた。

 その光がアリエーヌを包みこむ。

「あぁぁぁぁん! 気持ちいいぃぃぃぃぃぃ!」

 その光中でアリエーヌの反った背中のシルエットが、美しいボディラインを映し出す。

 ピンと伸びきった細い指。

 光の粒子が巻き付いて、白いグローブへと姿を変えていく。


 光が一条の線となって消えていく。

 アリエーヌの頭には、先ほどまでのっていた黄色いタクワンではなく、赤きティアラが光り輝いていた。

 その体をセパレートのコスチュームがレオタードのようにぴっちりと包み込み、彼女のボディラインを際立たせる。

 そんな白いコスチュームに赤色のカラーのラインが華を添えていた。

 ノースリーブで肩を露出した腕の先には肘まである白いグローブ。

 露出されたおなかに覗くおへそが、さらに可愛いさを2割増し!

 腰に巻かれるミニスカートの内部にはフリル状のアンダースコート。

 そこから伸びる細い足にはブーツがピタリと収まり絶対領域を際立たせる。

 これこそ、魔獣によるコスチュームチェンジ。j.c.ポゼッション!

 いわゆる、衣装の早変わりである。

 えっ……ヒイロがいないのに、そんなことがなんでできるのかって?

 まだ、ヒヨコの中にヒイロの生気が残っていたんですよ。多分。


 そんなアリエーヌのど派手な衣装チェンジに会場は沸いた。

 あの有名な第七王女が、アイドル顔負けのかわいい衣装に変わったのだ。

 観客の興味はミーナからアリエーヌへと向いた。

 そんな雰囲気を感じ取ったアリエーヌ。

 ――よっしょあぁぁぁ! 掴みはOKなのじゃぁぁぁぁ!


 一方、自分の見せ場を奪われたミーナは面白くない。

 先ほどから少々ふくれっ面。

「いいわ! その勝負、受けてあげる」


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