第41話 もう……キュウリはありません

 なぜか下半身むき出しの状態で5匹のペットたちが眠るベッドから起きたヒイロは、ベッドのそばに落ちていたブリーフパンツを身に着けていた。

 ――さて、服は何を着ようか……

 といっても、着る服は一つしかないんですけどね。

 その服は、昨日、子犬たちをテイムした時に着ていた服。

 というのも、いまのヒイロには、その服しかないのである。

 いつもはローテーションで、2種類の服を交互に着まわしていたのであるが、すでに一着は、パーティから追い出された一昨日に、テコイたちに奪われてしまったのである。

 ということで、今現在、身に着けることができる服はこれしかないのだ。


 少々汗臭い服を着たヒイロは、倉庫の自動ドアを開けた。

 ウィーンと低い音を立てながら観音開きのドアが開いていく。

 徐々に開く扉の影から朝の光が暗い倉庫の中に流れ込んでくる。

 今日も快晴。

 気持ちのいい潮風が、朝日とともに吹き込んできた。

 そのんなキラキラした海を見ながら、ヒイロは伸びをする。

 今日一日、なんかいいことありそうな予感!


 ふと、足元を見るヒイロ。

 倉庫の床には、いまだにホコリが積もったままである

 昨日はペンギンを追いかけていて、結局、倉庫の中の掃除ができなかったのだ。

 まずは、この倉庫の掃除からでも始めるか。

 ということで、ヒイロは自分のリュックサックの中に手を突っ込んだ。

 何か掃除できる道具はないだろうか。

 ごそごそと中身を物色する。

 そんなヒイロの手が手ごろな道具を掴んで、引きずり出した。

「大人のおもちゃの習字の筆!」

 またまた、倉庫に俺のだみ声が響いた。

 って、誰も聞いてないけどね。

 この太筆で、早速、掃除だ!

 俺はうずくまり膝を抱え、指先でつまんだ筆で床をはく

 背中を丸め、小さくなって床をはく。

 真剣にシュシュ! シュシュ! と床をはく。

 まるで、化石の発掘現場のようである。

 新発見の恐竜でも見つけたのかのように、丁寧に筆先でホコリをはき散らす。

 ぱっ! ぱっ! ぱっ! ぱっ! 

 ぱっ! ぱっ! ぱっ! 

 ぱっ! ぱっ! 

 ぱっ! 

 って、こんな小さな筆でこんな大きな倉庫の掃除なんかできるか!

 こんなことしとったらキリないわ!

 逆切れした俺は筆を叩きつけた。

 そんな筆が、倉庫に入り口に向かって、コロコロと転がっていく。


 しかし、その転がる筆は何かの影にぶつかるとその動きを止めた。

 その先に、ほっそりとした裸足の足。

 懸命に駆けてきたのだろうか、足先がところどころ傷つき血がにじんでいた。

 土ぼこりや泥で汚れてはいるが、どうやら、それは女の足のようである。

 その足の主は、人目を避けるように全身をズタボロのローブで身を包んでいた。

 そして、何をするわけでもなく、ただポツンと倉庫に入り口に立っていた。


 四つん這いで筆を追いかけていた俺は、そのローブの影を見上げた。

 入り口から差し込む朝日の逆光により、顔がよく見えない。

 一体誰だろう……

 もしかして、お客さん?

 いやぁ、困ったな……まだペット仕入れてないよ。

 えっ? 子犬たち? あれは売り物じゃないよ、家族だよ家族! もう、家族!

 まぁ、注文を受けてから仕入れるという受託仕入の方法もあるな。

 これだと、お金がない俺でもペットを仕入れることは可能だ。

 だが、ヒドラとか連れて来いって言われたらどないしよ……

 テイムできんから、絶対無理なわけで……

 ならエルフやサキュバスとかを連れてこいかな……

 って、エッチな夢を見るぐらいだから、俺が欲しいわ!

 もうね、エルフでもサキュバスでもかまいません!

 ただいま、お嫁さん候補、絶賛、募集中!

 って……無一文の俺のところに嫁にくる奇特な奴はいないか……

 だが、この人は女の人のようだから、それはないか……

 ならイケメン連れてこいとか!

 おっ! これならいけるんじゃねぇ!

 だって、俺、イケメンだし!

 もしかして、嫁さんゲット?

 これで、エロい妄想から解放ってか! ウヒヒヒ……


 などと、俺が考えていると、そのローブの影は絞り出すかのように小さくつぶやいた。

「ヒイロ……ごめんよ……アタイたちが悪かったよ。許しておくれよ……」

 あれ……この声どこかで聞いたことがあるような……

「えっ? オバラ……」

 俺はとっさに自分の目を疑った。

 ゆっくりと倉庫の中に入ってくるそのローブからオバラの姿が見えたのだ。


 間違いない……オバラだ。

 なんで?


 オバラは、テコイと一緒に俺を追放したはず……

 俺に土下座までさせて追い出したのだ。

 それが、いま、泣きながら、こっちに近づいてくるではないか。

 これは、なんの冗談?

 これはテコイのイタズラとかじゃないよな。

 いやいや、もしかしたら、俺が持ち出した大人のおもちゃを返せって言いに来たのかもしれない……

 だが、すでに大人のおもちゃのキュウリは子ウサギが食べて、この世に存在しないのだ……

 どうしよう……どうしよう……

 弁償しようにも、今の俺は無一文。

 キュウリ一本買えやしない。

 当然、この時の俺は、テコイたちがヒドラ討伐で散々な目にあったことを知らなかったのである。

 そんな俺の目の前に突然オバラが現れれば、ドッキリか何かだと思うだろ。普通。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る