第42話 漢ボヤヤン!(1)
昨日、ヒドラ討伐から戻ったオバラたちは、ドグスによってテコイの人質としてマッケンテンナ家の地下牢に閉じ込められた。
地下牢は血なまぐさい臭いが漂っていた。
いたるところに、白骨化した死体が、ぼろの服をまとって転がっているのだ。
おそらくドグスに逆らい、金でもなびかなかった者たちの死体なのだろう。
そんな死体がほかにもあるのか、死肉の腐った匂いが地下牢の入り口にまで立ち込めていた。
その入り口をくぐった瞬間、三人は腹の中の内容物を戻した。
と言っても、最後に飯を食ったのはヒドラ討伐に向かった日の朝ご飯。
その前日、前祝と称して朝まで飲んでいたから、軽いパン粥だったのだ。
そのため、既に消化が終わった三人の腹の中には何も残っていない。
それでも、三人は吐かずにいられなかったのである。
そんなゲロに、何か食うものが混ざってないかと、目ざとく、ネズミたちが寄ってきた。
よくよく見ると床の上には、肥え太ったネズミたちが何匹も走っているのが見えた。
ゲロに食べる物が混ざってないと分かったネズミたちは、今度は嬉しそうにオバラたちの後をついて行く。
今度のごちそうは三人か。
ネズミたちが、まるでそう言っているようであった。
看守は一つの檻を開けると、三人の体を次々と押し込む。。
三人は力なくそれに従っていく。
いまやその姿は、牢に転がる白骨死体と同じく、素っ裸にぼろをまとうだけ。
地下の牢のためか、牢の中からは外の様子は分からない。
今の時刻が一体、何時なのかもわからない。
時間の流れが、早いのか遅いのかも分からない。
見回りの人間すらも、回ってこないため、話を聞くこともできなかった。
その代わり先ほどから、空腹のネズミたちが、待ちきれない様子で牢の前を行ったり来たりしている。
部屋の隅で膝を抱えるムツキはボソッとつぶやいた。
「テコイの旦那は、帰ってくるよな……」
テコイはドグスと約束したのだ。
ヒイロをマッケンテンナ家に連れてくると。
だが、ドグスは信用しない。
マーカスたんをこんなひどい状態にしたテコイたちだ、信用できるわけがない。
そこで、テコイがヒイロを連れて戻るのを一日遅れるごとに、人質の首をひとつづつはねていくと言うのである。
テコイと三人の仲間、まさにメロスのような信頼関係が試されているのだ。
だが、この牢の中の三人は誰一人として、テコイの事を信じていなかった。
おそらくどころか、絶対にテコイは帰ってこない……
三人ともが、それを理解していた。
だが、やはり、首を切られて死ぬのは嫌だ……
可能性はないと分かっていても、そんなテコイを信じてみたいという気持ちも分からなくもない。
だが、そんなムツキの質問に対して、ベッドの上で膝を抱えるオバラは何も返さない。
そして、先ほどからボヤヤンは、オリの前で猫の真似をしながらネズミたち威嚇しているだけなのだ。
押し黙る三人たちの想いは一緒だった。
一番最初に首をはねられるのだけは嫌だ……
一番最後、せめて少しだけでも生き長らえたい……
そんな時、膝に顔をうずめるオバラはつぶやいた。
「なぁ……ボヤヤン」
そんな声に、四つん這いになりながら猫のようにケツを上にあげているボヤヤンが返す。
「なんですか……オバラはん……」
もう、ネズミを威嚇して、気を紛らわせることしかできないボヤヤンは、そういい終わると、フーッ!と猫が発するような気勢をはいていた。
オバラは続ける。
「あんた……転移魔法は使えるかい?」
今のボヤヤンは素っ裸。
しかも、魔法使いであるボヤヤンの魔法を封じるために、封魔の首飾りがクビに巻かれていたのだ。
しかもかわいい鈴付き。
その首輪をまいた姿は、まるでネズミを威嚇する猫ちゃんである。
「……無理ですわ……」
そう言うと、ボヤヤンはそれとなくオバラの様子を伺った。
だが、ボヤヤンは嘘をついていた。
いや、嘘かどうかということもボヤヤン自身にも分からなかったのだ。
というのも、ボヤヤンが持つ全魔力を一つの転移魔法に突っ込めば、もしかしたら封魔の首飾りの魔力を抑え込む力を超えることができるかもしれない。
それが成功すれば、一人ぐらいは転移魔法で、この牢から外に出ることは可能だろう。
だが、その代償は、おそらく大きなものだろう。最悪、ボヤヤンの死すらありうるのだ。
生きていたとしても、ボヤヤンの体は元に戻らないぐらいのダメージを負うのは分かっていた。
だが、死ぬよりかはいいではないか。
だから、ボヤヤンはいざと言う時には、自分がそれで逃げようと思っていたのだ。
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