第25話 俺のドアが開くとき(4)

 そこは海の防波堤。

 気持ちい潮風が吹いていた。

 真昼の太陽が、波間に反射し光を返す。

 おばあさんは立ち並ぶ倉庫と倉庫の間の路地へと入っていった。

 そして、大きな壁についた小さなドアの前に立つと、ゴソゴソとそのドアの鍵を開けた。

 薄暗い倉庫の中。

 静まり返った内壁に、コツコツという二人の足音だけが反響する。

 おばあさんが壁に垂れているロープを懸命に引っ張った。

 ジャラジャラという音共に天窓についていたブラインドから日の光が差し込む。

「ふう、ちょっとあんさん! いつまでババアにやらせる気だい! 他のロープを引っ張ってきておくれ!」

 おばあさんは腰を叩きながら俺に命令した。

 俺は、部屋の壁に垂れるロープを次から次に引っ張った。

 しばらく使われていなかったのだろう、窓から差し込む光の帯に無数のホコリが舞っていた。

 そこは、体育館よりも少し小さいぐらいの空間。

 床の石畳には、少々厚めのホコリが降り積もり、俺の足跡をしっかりと残していた。

 だが、その建物は、かなり時間が経っていると思われるのにもかかわらず、小奇麗で、しっかりとしているように思えた。

 壁には水がしみ込んだ後も無ければクラックもない。それどころか、塗装も全く剥げていないのだ。

 ほとんど使っていなかったのではないのだろうか。

 おばあさんが、倉庫の大きな入り口の横に立つとボタンを押した。

 観音開きのドアが、自動的にゆっくりと開いていくと、倉庫の中に潮の香りを導き入れる。

 これがうわさに聞く自動ドアか!

 俺は感動していた。

 魔法電機によって動くと言われる、自動ドア!

 初めて見たよ……俺……


 魔法電気とは、魔法家電といった道具を動かすための動力源である。

 本来であれば、各人がもつ魔法によって動かすのであるが、食事や排せつなど片時も休まずに魔力を供給し続けるということは物理的に不可能であった。

 そもそも、そんなことをしていたら体が持たない。

 魔力が尽きてぶっ倒れてしまう。

 そこで、王国が一手に魔法電気を生成して、各家に送電線を使って配るのである。

 なに! そんな道具、今まで出てきていないだと!

 仕方ないだろ!

 勘の良い読者の方なら想像できるとは思うが、そんな送電線がついている家は、超金持ちなのである。

 要はその魔法電気を分けてもらう代わりに、莫大な使用料を支払わなければならないのだ。

 そのためド底辺のキサラ王国2丁目の家では、この送電線につながっているところなど、ほぼ皆無。

 唯一つながっているのはクラブエルフのネオンぐらいである。

 それでも月の使用料はおそらく1万ゼニーはくだらない。

 新入社員がもらう初任給5人分の金額が、あのネオンの光で消えていくのだ……

 ちなみに、当時、テコイからもらっていた俺の月給は200ゼニーである。

 そう考えると、あの光が神々しい。


 自分の肩を叩きながら戻ってくるおばあさん。

「ふぅ。疲れた。どうだい、あんさん!」

「どうだいと言われても、何でしょうか?」

「なんでしょうかいじゃないだろう! 住むところないんだろ? ペットショップやるんだろ? だから、この倉庫どうだい?」

「はぁ? ここでですか?」

「そうだよ! これだけデカかったら、ドラゴンだろうが、ケロべロスだろうが、飼えるだろ」

「いや……そうですけど、大体、そんな大型種、捕まえられるわけないじゃないですか……」

「いいんだよ、大は小を兼ねると言うじゃないか」

「でも、ここ、お高いんでしょ……」

「あんさんなら、月10ゼニーで貸してあげるよ! 家賃今までちゃんと払ってくれたからね」

「ちょっ! 10ゼニーって、子供の小遣いじゃないんですから、今時、そんなお金じゃ服も買えませんよ、ははははは……」

「いいんだよ。ここは20年ほど前、ちょっとしたいざこざがあってね。モンスターの臭いがするところなんて使えるかって事で、誰も借りやしないんだ。だから、10ゼニーでもあんさんに借りてもらえれば、あたしゃに取ったら大儲けさね! というか、あんさんだからこそ、貸したいんだけどね……」

「モンスターの臭いですか……」

 俺は鼻をヒクヒクさせて、周りの空気をかいでみた。

 だが、海の潮風の香りしかしなかったのは当然である。

「水もあるし、二階には寝るところもあるよ。しかも、完全防音処理済み! 獣が叫ぼうが一切音漏れなしときたもんだ。しかも、見ての通り魔法電気も通っているよ」

「そんな魔法電気の使用料なんてバカ高くて払えませんよ……」

「いいよ! いいよ! 月の使用料10ゼニーの中に込み込みにしといてあげるよ。しかも使い放題でどうだい!」

「……イヤイヤイヤ、そんな条件、普通ないですから……まさか! ここ犯罪組織の隠れ家か何かで、俺を身代わりするとか? そうじゃないと、あまりにも条件が良すぎて怖いんですけど……」

「はぁ……そうかい……そこまで言うなら、一つ条件を付けようかね……」

「なんでしょう……」

「決して、魔獣を不幸にしないこと!」

「はい?」

「あんさん、ペットショップやるんだろ! だから、ココに来た魔獣は、一匹たりとも不幸にしない! それが条件だよ! できるかい!」

「ええ……まぁ、当初からそのつもりですし……」

「それなら、契約成立だね!」

「はぁ……それでいいなら……」

「よし! 今から、あんたがココの占有者だ! あとは自分で掃除しな! あたしゃ帰るからね!」

「はぁ……あ・あざ……す……」

 俺の頭が状況を理解する前に、店の場所は確保できてしまった。



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