第22話 俺のドアが開くとき(1)

 わたしは……ヒイロさん……

 自分の部屋の前にいるの……


 当然、パンツ一丁の裸である。

 そして、現在、茶色いドアとにらめっこをしている最中なのだ。

 俺の目の前には難攻不落のドアが、どっしりと、いや、軽そうに構えていた。

 その表面からはげ落ちたべニアの板が、まるで馬防柵のように鋭いトン先を俺に向けて俺の侵入を拒絶する。


 ここは、ぼろい木造アパートの一階。

 しかも両隣に挟まれた真ん中の部屋である。

 ぼろさで言えばアキコさんのアパートと同じぐらいであるが、いかんせん、壁が薄いのだ。

 夜な夜な隣からは鞭うつ音が聞こえてくる。

 ビシィイィ!

 まるで家畜でも調教しているかのような鋭い音。

 それからしばらくすると卑猥な男のセリフとともに女の喘ぎ声が続く。

 壁に密着させた俺の耳には、筒抜けである。

 さらに二階からは、ベッドの激しい振動音が止むことなく続くのだ。

 すでに何回戦目だというのだろう。

 また、天井からホコリの雨が降り出した……タフだね……

 というか、毎晩これでは、寝れやしない。

 だから、眠ることができない俺は、夜な夜なテコイたちがいる酒場で夜を明かすのだ。

 本当に酒場のほうが静かで落ち着く。テコイたちさえいなくなれば……

 まぁ、そもそもあの店の中には客なんて誰もいないんだもんな。


 だが、今は早朝である。

 両隣も二階も嘘のように静まり返っている。

 スズメの鳴く声のほうがうるさいぐらいでよく響く。

 おそらく疲れ果てて爆睡でもしているのだろう。

 そんな中、俺はパンツ一丁で自分のドアの前に立っているのだ。

 なんだろう、この解放感!

 なんだろう、この優越感!

 変態という度合いでは、両隣を凌駕したような気がした。

 まぁ、早朝ということもあって、人の通りは少なかったのが幸いだった。

 おかげで不審者と間違えられて守備兵に突き出されることもなかったわけで。

 だが途中、おかまのおばちゃんと目が合ったときにウィンクされたのが少々つらかった。

 残念ながら、俺にはその気がないのだ。あきらめてくれ。おばちゃん。


 さて、さて、これからどうしたものか。

 困り果てる俺。

 目の前には難攻不落のドア。

 すでに、このドアのカギはテコイに奪われてしまっている。

 かといって、ドアを開けないことには服がない。

 このまま裸のままでいれば、遅かれ早かれ守備兵に逮捕されてしまうだろう。

 だが、鍵屋を呼ぶにも金がない……だって、アキコさんのお金は置いてきたのだから。

 ならば、後払いはどうであろうか。

 部屋を開けてくれたら、後でお支払いしますって具合に。

 でも、パンツ一丁の俺には、この部屋が俺の部屋であるという証明は何もできないのだ。

 俺が泥棒や押し入り強盗の類でないと証明するには、このイケメンのルックスしかないのである。

 だが、このルックスをもってしても仕事上がりのホステスさんたちは、俺の事をバカにするように笑いながら通り過ぎていくのみだった。

 ちっ!

 イケメンはイケメンでもイケテないメンのほうなのだ……残念。

 そんなことはどうでもいい。

 とにかく今は、この鉄壁の守りをどう攻略するかが問題なのだ。

 これでも俺は騎士養成学校の中等部を首席で卒業。

 魔王討伐の功績により、高等部は飛び級免除!

 最年少で、騎士となった俺と【チョコットクルクルクルセイダーズ】の4人の女の子

 この明晰な頭で考えれば、解けない問題などありはしない!

 真実はソコにある!

 って、騎士養成学校での俺の存在自体が嘘でしたけどね。テヘ。

 そう、騎士となったのは【マーカス=マッケンテンナ】で、俺、【ヒイロ=プーア】じゃありません!

 うん? 魔王を倒したのはマーカスかって?

 うーん、名前的にはそうなんだけど、実際に倒したのは俺だよ俺!

 だから、騎士になったのはマーカス。

 俺じゃありません。

 だから無名の俺は、テコイのもとで冒険者をしていたわけで。

 まぁ、それもクビになって追い出されて、パンツ一丁で今ここにいるわけでして……

 まぁ、いいや、そんなこと……

 このドア! いっそうのこと、打ち破るか!

 確かに大家さんのおばあちゃんには怒られるだろう……

 だが、俺の全財産をもってすれば、べニアのドア一枚ぐらい弁償することはできるだろう。

 しかし……それでいいのか……それで……

 いままで死ぬ思いでためてきたお金500ゼニーを、こんなドアごときのために使っていいのか……

 打つ手なしか……

 悔し涙を浮かべた俺は、敗北感と挫折感にまみれながら、ドアノブをつかんだ。


 ガチャリ

 ドアが開いた。


 あれ?


 俺……もしかして、鍵を閉め忘れた?




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