第21話 寂しさと切なさ(5)
目が覚めると、アキコさんはいなかった。
どうやら、俺一人のようである。
カーテンの外れかかった窓から朝日がわずかに部屋を照らす。
それでも、部屋全体をうっすらと照らし出すには十分だった。
俺は部屋の中を見回した。
昨晩は、ランプの光だけだったのであまりよく見えなかった。
だから、気づかなかったのかもしれないが……
汚い……
とにかく汚い……
汚部屋というのはこういう部屋なのだろうか……
布団の脇にはゴミ袋とともに着古した服が積み上げられていた。
そして、いたるところに丸めたティッシュが転がっている。
ごみ箱に捨てろよ! と思いながらゴミ箱を探すが、一向に見当たらない。
どうやら、このごみの山からかすかに覗いている縁がゴミ箱なのだろう。
すでにゴミが積み上がって、ゴミ箱の用をなしていなかった。
そのごみの山の麓には、おそらく雪崩で崩れ落ちたと思われる破けた下着とともに、使用済みの生理用品まで転がっていた。
まだ、それだけならいいのだが、しおれた水風船のように縛ったゴムも落ちていた。
俺は、大きくため息をつくと、布団の上に立ち上がった。
布団がある部屋の向こうには、玄関と一緒になった小さな部屋が一つ
そこは、昨日、パンをかじりながら正座をしていたところだ。
そのパンが置いてあった小さなちゃぶ台が一つ、ゴミの山の中からかろうじて半分見えていた。
そのちゃぶ台の上に何やら書置きが見えた。
『起きたら、そのまま出て行っていいぞ。どうせ、盗まれるもんなんてないからな。あと、これで鍵屋でも呼べ!』
その書置きの横にしわくちゃになった10ゼニー札が無造作に置いていた。
盗まれるものがないって……そんな不用心な……
俺は改めて、部屋の中を見回した。
だが、言われてみれば確かにそうだ。
女であればありそうな、服やバック、装飾品といったものが見当たらない。
唯一あるのは、仕事着のパーティドレスが2着、ハンガーにつるされているだけだった。
キャバクラって、そんなにもうからないものなのだろうか?
いやいや、【クラブエルフ】はキサラ王国港町2丁目では、結構人気の店なのだ。
まぁ、エルフと名前を冠しているが、その店の中の女の子たちがエルフを模した格好をしているだけなのである。
モンスターがあふれるこの世界でも、エルフはめったに人前に姿を見せない。
まぁ、それは仕方ない。
エルフは人間と見た目は似ているが、やはり人間とは異なる生き物である。
ただ、その美貌はモンスターと分かってたとしても男たちを魅了して止まないのである。
そしてまた、異形のものとして、やはりエルフを本能的に拒絶する心境も分からないでもない。
この二つの相容れぬ感情がエルフの扱いを残酷にした。
家畜やペット、いや、ただの性の奴隷としてとして扱われることもたびたびなのだ。
だから、エルフたちは人の目を避けて生きているのだ。
人に見つかれば、どんなにひどい目にあうか身をもって知っているのである。
そのため、エルフなどなかなか手に入らないため【クラブエルフ】では、ホストの女の子たちがつけ耳をしてエルフのコスプレをしているのだ。
だがその中で、アキコさんは超売れっ子まではいかないまでも、そこそこ客はついている。
だって、アキコさんは、ホンマ物のエルフなのだから。
ただ、アキコさんを本当のエルフだと知っている人は、たぶんいないだろう。
ムツキですら、アキコさんはコスプレの女の子だと思っているのである。
そして、飲むたびにぼやくのだ。
誰かのスケベおやじにアキコさんを取られてしまう。今日もアフターでエロ親父と帰っていった……うわぁぁぁぁぁん!
ということは、そこそこアキコさんは稼いでいるはずなのだ。
なら、アキコさんは稼いだ金を何に使っていたのだろうか?
俺はそんなことを考えながら、アキコさんのバスローブを脱ぐと丁寧に折りたたみちゃぶ台の上に置いた。
そして、パンツ一丁の姿で、朝の日がまだ低い外の世界へと踏み出したのだ。
当然、10ゼニー札は置いていったよ。
さすがに、その10ゼニー札は持っていくことは気が引けた。
きっと財布にも入れられることもなく、ポケットの中にでも突っ込まれていたのだろう。
朝、俺が起きる前に急いで書置きをして慌てて置いていったお金なのだろう。
もしかしたら、アキコさんの最後のお金なのかもしれない……
そんなお金……持っていけるわけないじゃないか……
なぜか、俺の頬に一筋の涙がこぼれていた。
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