第15話 走れ! テコイ(2)

「これは一体どないなっとんねん!」

 通りの向こう側から甲高い声が、どんどんと近づいてきた。


「うちのマーカスたんは、無事なんやろなぁ」

 小太りの女が、バタバタと走ってくる。

 ピンクの血色のいい肌。

 頭にはちょこんととんがり帽子のようにまとめた金髪が少々。

 その先端は重さのせいか垂れている。

 その様子はまるでとぐろを巻いた金色のう●こ。

 そのう●こを載せている顔は、まん丸のピンクの肉まん

 ふっくらとした頬に押しつぶされた目は横一文字。

 鼻と口など肉の中に埋もれていた。

 まぁ、ルージュの口紅おかげで、おおよその場所の見当がついた。

 どれもこれも中心に寄りすぎているのが面白い。

 そしてこれよりも滑稽なのが、走るたびに脂肪がポヨンポヨンと揺れるその光景。

 どの段が乳のふくらみで、どの段が腹のふくらみなのか全く持って分からない。

 だってそのふくらみが、派手な服の上からでも最低5段は確認できるのだ。

 この女、マッケンテンナの女家長である【ドグス=マッケンテンナ】である。


「ひょぇぇぇぇぇぇぇ! マーカスたん!」

 マーカスの様子を見たドグスは驚天動地。

 その小太りの顔が、一瞬長細く伸びたかと思えるほど驚いた。


「マーカスたん、どないしたんや!」

 ドグスはマーカスの肩をつかむと激しくゆすった。


 力ないマーカスの頭が、その振幅に遅れてついていく。

 大きく見開かれた眼は、どこを見るというわけでもなく焦点が合っていない。

 そして、さきほどから、何かをつぶやいている。

「……僕ちんはヒイロじゃない……僕ちんはヒイロじゃない……僕ちんは」


 ドグスは、そんなマーカスを抱きしめた。

「マーカスたん。よほど怖い目にあったんやね……もう大丈夫や、もう大丈夫」

 マーカスの頭を優しくなでる。


 ドグスは、マーカスを担架に優しく乗せた。

 マーカスを自宅の宮殿に連れて帰るためである。

 それを見送るドグマ

 そして、大きく息を吸い込むと、勢いよくテコイたち4人のほうへと振り向いた。

 先ほどまでとは違い、鬼のような形相。

「ゴォラ! カスども! うちのマーカスたんに大けがさせてただで済むと思うなよ!」

「ち・ちがいます! ちがいます!」

 テコイが骨しかない手を振り、必死で否定する。


「何が違うねん! 言うてみぃ! コラ! このクソデブが!」

 ちなみにデブの度合いで言うとテコイよりドグスのほうが数段デブである。

 デブがデブをデブと罵る。

 なんか暑苦しい気がする。


 テコイは必死に説明した。

 ヒドラがいかに強敵であったのか!

 その猛毒がどれほど恐ろしいものだったのか!

 英雄マーカスでさえ太刀打ちできなかった、ヒドラ!

 そんなヒドラに、自分たちがかなうわけがないと必死に弁護した。

 周りでその話を聞く観衆たちは涙した。

 あの英雄マーカスでさえ太刀打ちできなかったヒドラ。

 そのヒドラに対して、この【強欲の猪突軍団】は、身を挺して戦ったのだと。


 だが、ドグスから返ってきた返事は意外なものだった。

「それがどないしたんや!」


 えっ!?

 テコイは固まった。

 英雄マーカスが手こずるほどの相手ですよ。

 そんなの無理に決まっているじゃないですか……ねぇ


「マーカスたんが手こずることは分かっとんや! そやから、そんなマーカスたんを守るためにわざわざ高い金払とんとちゃうんか! えっ! どないや! 言うてみい!」

「た……確かにそうなんですが……」


 ドグスが怒りのままに畳みかける。

「それに、お前言うとったよな! 俺たち不死身やさかい! どんと任せておけって! 確かに言うたよな! オイ!」

 ハイ……

 正座をするテコイは、小さくうなずいた。


「ワレ! 不死身なんとちゃうんか! なんやこれ! 不死身どころかゾンビやないけ! ゾンビの事を不死身って言うんか! 何ならその頭から聖水かけたろか!」

自分のスカートをめくるドグス。

スカートの中から見える太ももは、ひどくむくんで太かった。

大根足という表現では生ぬるい。

もうそれは、まるでトド! 立ち上がるトド!

しかも、それは一頭ではない。

二頭のトドがスカートの中で立っているのだ。

そのトドの鼻先に可愛いイチゴパンツが見て取れた。

だが、そのイチゴも今や横に伸びるニンジンである……


「……いえ、いいです……」

 うつむくテコイは、小さくつぶやいた。

「なんやねん! 何言うとんねん! 聞こえへんねん! お前、金玉ついとんやろが! もう少し性根いれてしゃべりや!」

「いえ! いいです!」

「なにがいいやねん! 偉そうに! ワレ! 立場というものわかっとんのか!」

「……はい……」

「だ! か! ら! 声が小さい言うとんねん! どついたろか!」


 テコイはありったけの声を張り上げた。

「ハイィィ!」

「うるさいねん! もうええわ……こいつら牢に放り込んどきや……明日の朝のスープのダシにでも使うたらええわ」


「ちょっと待ってください! ドグス様!」

 必死のテコイは地面に頭をこすりつけた。



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