第10話 ヒドラ討伐(5)

 テコイはバカにしたような笑みを浮かべながら、うんこずわりをした。

 子供のように泣きじゃくるマーカスの肩に手をやる。

「あの魔王を倒したというマーカス様が、こんなヘタレとはな……意外と、魔王とやらも大したこのなかったのかもしれんな」


 鼻水を手で拭うマーカスは、何やらぶつぶつとつぶやいている。

 それも同じようなことを何度も何度も。

「僕ちんじゃないもん……僕ちんじゃないもん……」


 テコイにはマーカスが何を言っているのかわからなかった。

 だが、こんなふぬけた状態のマーカスが、戦力にならないのはよく分かる。

 期待するだけ無駄なこと。


 まぁ、生きてさえいてくれればそれでいい。

 こんなヘタレでも、ヒドラ討伐の報酬を得るための必須要件なのだ。


 テコイはポンと膝を打つ。

 まるで、この話に区切りでもつけるかのように立ち上がった。


「さぁ行くぞ!」

 テコイは【強欲の猪突軍団】に檄を飛ばした。


 霧の中に、ズカズカと入っていくテコイ。

 それに続くムツキとボヤヤンは頭の後ろに手をまわし、余裕のおしゃべりをしていた。

 オバラは少々不安そうに、そんな仲間たちから距離を取る。


 子供のように泣くマーカスをあやしていたせいなのか、少々時間が経っていた。

 目の前の霧が紫色から若干であるが白味を帯びている。

 さきほどまで海の水面のように重く地表を漂っていた霧が、まるで浮き上がってきたかのように視界をぼやかす。

 まるで、水蒸気だけが残ったかのような白い世界。

 だが、その白き蒸気を吸い込むたびに、鼻の奥がツンとする。

 もしかして紫の色が消えるとともに、その毒性が薄まったのだろうか。

 ということは、もしかして、この霧は一種類の毒によってできたものではないのかもしれない。

 無数の毒が合わさった混合の毒霧。

 毒と毒が反応し、さらなる毒性を作り出しているのかもしれない。

 そうであるならば、マーカスが持っていた超高級毒消しが、完全にその毒性を消し去ることができなかったのもうなずける。


 先ほどまでの毒々しい世界から、白く美しい世界へと変わっていた。

 そのせいかこれが猛毒の霧と言われてもピンとこない。

 まぁ、そもそもテコイたちは自分たちが不死身であると思っている。

 なので、そのような霧の状態の変化は、あまり気になる問題ではなかった様子。

 そう、彼らは全くの無警戒で霧の中を歩く。

 まるで、霧の森を散歩でもするかのように……


 突然、テコイの後を歩くムツキが大笑いした。

「テコイの旦那! 頭に花がついているぜ!」

 ボヤヤンもテコイの頭を見てぷっと噴き出した。

 テコイの頭には小さな黄色い花が咲いていた。

 脂肪によって段々畑になった頭皮に無数の小さな花が並んで咲いている。

 それはブタナのような可愛い花。

 急にテコイの頭の上にお花畑ができたよう。

「うん? なんかついてるか?」

 テコイが気になって、頭をこする。

 花はすりつぶれ、薄くその頭皮の上をこすれていった。

 しかも、そのあとからは赤き実が無数に大きく成長していく。


 ひっ!

 その様子を見たムツキとボヤヤンは悲鳴を上げた。


 それはブタナの花ではない。

 テコイの脂肪が溶けて噴き出していたのだ。

 そして、そのあとからは体液と血が混じったものがどんどんと噴き出してくる。


「なんじゃこれぇぇぇぇぇ!」

 テコイが自分の手について脂と血を見て叫んだ。

「おい! ムツキ! 俺の頭はどうなっ……」

 そう言いかけたテコイは、言葉を詰まらせた。


 おびえるムツキの頭からは自慢のロン毛がすべて抜け落ちていた。

 いや、まだ、若干は残ってはいたが、それがかえって無残な様子を強調する。

 おびえるテコイは、ボヤヤンに助けを求めた。

「おい……ボヤヤン……」

 しかし、ボヤヤンも自分の顎を押さえて震えている。

 ボヤヤンの顎が外れていたのだ。

 言葉のたとえで顎が外れるというが、しかし、本当にボヤヤンの顎が外れていた。

 付け根の肉が溶け落ちて、顎をつなぎとめることができない。

 ボヤヤンの手が、必死に顎を押さえるが、引っ付く様子はまるでない。


「テコイ……」

 遅れてついてきたオバラの声が震えていた。

 テコイは、霧の中に浮かぶオバラを探した。

 うっすらと浮かび上がるオバラの姿。

 着飾ったブランドのドレスが溶け落ちて、その豊満な胸をさらけ出していた。


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