自転車デー
~ 六月三日(木) 自転車デー ~
※
大変危険
メンタルは不安定。
頑張りすぎるのは良くない。
でも。
トレーニングをさぼるわけにいかない。
そこで気晴らしに。
「勝てるわけないでしょ!?」
「しょ、勝負……!」
自転車愛好会のトレーニングにお邪魔……。
いや、ちょっと間違えた。
自転車愛好会のトレーニングを邪魔している俺たちなんだが。
そういう形で邪魔するとは。
微塵も思ってなかった。
「お前さあ」
「が、頑張る……」
なんと。
先輩がまたがる競技用自転車と同じスタートラインに立つのは。
昨日の、佐倉さんの発言を。
俺が激励だと説明すると。
ようやくいつもらしさを取り戻したこいつではあるが。
それでも、熱血スポコンモードと。
バカなことについては変化なし。
「だから。勝てるわけないって言ってるの! 分かる!?」
「や、やってみなけりゃわからない……!」
「分かるわよ! だって……」
そうだな。
結果は、火を見るより明らか。
「百メートルじゃ、普通に走った方が速いわよ!」
「……自転車なのに?」
「自転車だから!」
頭の上に、はてなマークをいくつも浮かべて。
地面に数式を書き始めた理屈倒れは放っておいて。
「こいつらとなら、いい勝負になるかもしれん」
「本気で言ってるの? 後輩クン」
「私も同意。……本気で言ってる? 先輩」
「少なくとも、こいつらは疑ってねえぞ?」
俺が指差す先で。
念入りに柔軟体操してるのは。
三人娘のうち。
元気な方から二人。
「にょー! 昨日は頭使ったから、今日は体使う気満々!」
「にゅ!」
「……一応説明しておくと、この二人はそんなに頭使ってない」
「説明ごくろう」
「私以外の二人は向いて無いねと、やんわりアルカトラズ」
「そりゃ二度と行かねえ方がいいな」
ちょっと分かってたんだけどな。
人狼って遊びにゃ、向き不向きがくっきりはっきりある。
ライトに勘ゲームと楽しめば万人に楽しい遊びだが。
同好会まで作って遊ぶガチ勢とは相いれないものだろう。
……そんな事を言われてるとはつゆしらずの能天気コンビが。
嫌がるにゃの両手を一本ずつ引いて。
鼻息荒く、スタート地点に立つ。
こいつらも、朝晩走って鍛えて来たんだ。
ひょっとして、自転車に勝てたら。
自信につながるかもしれない。
「よーい! ドン!」
俺の合図にバッチリ反応して。
綺麗なスタートダッシュを決めたのは。
一番遅いと思っていたにゅとにょのコンビ。
さんざん練習してきたせいか。
足を結んでなくてもぴったり同じ速さ。
でも、そんな二人に。
五十メートル地点で追いつくにゃ。
「にょっ!?」
「にゅ!?」
「くっ……!!!」
追いすがる二人を尻目に。
ぐんぐん引き離すにゃの気持ち。
……ほんとは二人と並んで走りたい。
それを知ってる俺の胸に。
チクリと刺さる熱いトゲ。
にゃの願いは純粋で。
人知れず頑張って。
でも、頑張れば頑張るほど。
こうして、二人との距離が広がっていく。
「ゴール!」
百メートル先で、にゃの全力を称えた愛好会の一年生。
彼の目に。
彼女の姿は、正しく映っているのだろうか。
まあ。
それはさておき。
「た、ただいまの勝負。一位は、自転車……」
「どんだけ遅いのよあなたたち!」
「やった! ぼくたち、十八秒切ったよ!」
「にゅーーーーっ!!!」
スタート地点に戻ってくる三人を見つめながら。
やれやれと肩を落とす。
相対評価は良くねえとは思うけど。
これじゃあんまりにも団栗の背比べ。
でも。
目的は、これで達成できた。
「……これではっきりしたな」
「そうだね。今からどれだけ頑張っても、二人は私の速さまで追いつけないよ」
そんな、にゃの言葉に。
意外にも、下を向いたにゅとにょ。
なんだ?
悔しがってるのか?
「だから、二人三脚には二人が出るんだ。息もあってる。速さも合ってる。私も補欠として頑張るけど、二人が揃って成長するのが一番いいと思う」
「悔しい!」
「にゅー!」
「……それじゃ、もう本番まで時間ないけど、頑張るんだよ?」
「猛特訓して、にやと同じ速さになるまで頑張る!」
「にゅー!」
燃える二人が。
先輩に、もうひと勝負とか言い出してるけど。
これでよかったのかな?
頑張って来たにゃには悪いが。
加速中は、あの二人の方が速くて。
トップスピードはお前の方が速い。
二人三脚には向いてねえ。
はっきりと見えた結果に。
俺が何となく天を仰いでいると。
聞こえてきたのは秋乃のつぶやきとタイヤの音。
「……じ、自転車借りて来た」
「なんで」
「なんとなく……」
でも。
きけ子とこいつは違う。
昨日の佐倉さんみたいに、真横からスタートの速さの違いを見たことは何度もあるんだが。
ダッシュの速さはほとんど一緒。
なんなら、秋乃の方が、ちょっと速かったくらい。
なのに。
なぜきけ子がいつも前に倒れた?
「……もう、いいか」
「え?」
解散したコンビのことを。
考えたってしょうがねえ。
どうにも納得はいかねえけどな……。
「が、頑張ってる三人見たら、燃えて来た……」
「なるほど。こっちはいいから、王子くんとこ行ってこい」
「うん。……すいません! これ、後でお返ししますので、ちょっと校庭の端までお借りします!」
「そこまですぐ行きたい?」
「うん」
よかったよ。
お前にも、いいリフレッシュになって。
「すぐにでも、猛特訓したい気分……」
「ほう? じゃあ、昨日みたいに縄でも使えばいい」
「…………た、立哉君がそう言うなら」
「どうして持ち歩いてんだ!? いやいや、巻こうとするんじゃねえ!」
なんか特殊な趣味の人と疑われる!
俺は、慌てて秋乃から縄を取り上げようとしたんだが……。
「ちがうちがう! 俺に巻いて欲しいわけじゃねえ!」
「こ、これなら昨日よりもっと激しい特訓可能……」
「え? ……猛特訓したいって! 自分じゃなくて俺にしたいって意味!?」
「昨日みたいに縄でも使えって……」
「違う違う違う誤解だ誤解!」
「はいよシルバー」
「うわちょまてえええええええい!!!」
愛馬に激しく鞭を入れた保安官の後ろを。
必死で追いかけることになった俺なんだが。
ほんと止まれそんな速さで走れるか!
「止まれ保安官! このままじゃ、俺の方が悪党に引きずられる保安官になっちまぶべっ!」
「「「きゃあああああ!!!」」」
悪党による見せしめ制裁は。
校庭にいた全ての村人からの悲鳴を引き出しつつ。
校庭の、隅から隅。
なかなか大した旅行を終えて。
完成したのは一枚のぼろ雑巾。
……散々怒った俺を華麗にスルーしながら王子くんと練習を始めた秋乃に、これ以上何を言ったって無駄。
俺は、シルバーにもたれかかりながら自転車愛好会の練習コースへ戻ると。
一人、膝を抱えて座りながら。
頑張る二人の背中を見つめ続けているヤツがいた。
「まだあの二人は自転車に勝てんのかい」
「まあ、一朝一夕には無理さ」
「…………お前みたいに、ずっと特訓してねえと、な」
俺の言葉に。
小さくかぶりを振ったにゃが。
両手の指をからめて大きく上に伸ばすと。
「はあ……。でも、二人に勝って、すっきりしたよ」
そう言いながら。
俯き気味だったあごを、ようやく上げて。
「頑張って来た姿を、二人に見せることができた」
……でも。
そんな空元気は長く続くはずもなく。
「ありがと……」
再び。
膝の中に顔をうずめちまった。
「ありがとってなんだよ。俺は、秋乃の気晴らしにここを選んだんだ」
「……そう思っとくよ」
「だから違うって」
「…………二人は、ね? 言ってくれたんだ。……悔しいねって。私に負けないように頑張ろうって」
「もういいからしゃべるな。何度も言うが、お前の勘違いだから」
秋乃に引きずられながらも。
必死に守ったボディーバッグ。
俺はそこから。
タオルを出して手渡すと。
「…………新品、ね」
「偶然だ」
一瞬だけ見せてくれた含み笑いを。
タオルでぎゅっと隠したにゃは。
「偶然……、だね」
そう言ったきり。
静かになった。
……そう。
静かになったんだ。
だから。
俺の耳に届いてる、小さな泣き声も。
ただの空耳なんだ。
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