ロープの日
~ 六月二日(火) ロープの日 ~
※
身近なことから、まず始めよう。
言い出しっぺが、まず動こう。
急きょ生まれた新コンビ。
秋乃と王子くん。
きけ子と佐倉さん。
前者と言えば。
「ぐはっ!! も、もういっちょ……」
「あっは! 今度こそ息合わせるよ!」
スタートから五歩と走れず転んでばかり。
後者と言えば。
「ちょっと佐倉ちゃん! なんであたしばっかり走らせるのよ!」
「うんうん! もういっちょお願い!」
どういうわけやら。
きけ子に何度もスタートダッシュばかりさせて。
それを座って眺める佐倉さんという図柄。
「なあ、佐倉さん。それ、なんの作戦なんだ?」
どうにもこらえきれずに聞いてみれば。
輝くような笑顔を返されたんだが……。
「長野君!」
「俺はそんな名前じゃねえ」
「差し入れ持って来た~」
彼女の視線を追ってみれば。
俺の背後にいつの間にやら。
ひょろ長いパラガスの姿。
……なに返事してんだよパラガス。
佐倉さんは、長野君とやらに話しかけたんだ。
お前じゃねえ。
「何しに来たんだよ?」
「だから~、差し入れ持って来た~」
「ウソつくんじゃねえ。ホントのとこ言ってみろ」
「一年トリオがはあはあ言いながら走ってるの覗きに来た~」
「ホントのこと言うなバカ。ちょっとはウソついて濁らせろ」
眉根を寄せるパラガスに。
佐倉さんが大喜びで駆け寄ってきたが。
ローカルでは大人気のアイドルが。
よりにもよって、どうしてこいつのことなんか好きなんだろ。
「あれ~? 一年ちゃんたちは~?」
「今日はいねえ。三人だけで、人狼友の会に出かけた」
「それじゃ、そっち行こうかな~」
「ぜひそうしろすぐそうしろ」
そして友の会の皆さんから。
邪魔だと追い出されるがいい。
でも。
差し入れのコンビニ袋を置いていきもせず。
早速校舎へ向かおうとするパラガスを。
佐倉さんが、必死に引き留める。
「ねえねえ! あたしのかっこいいとこ見て行ってよ!」
「え~? でも、佐倉ちゃん見てても面白くないし~」
「そんなこと無いから!」
「どうせなら舞浜ちゃんの揺れるおっ…………。じゃあ、ちょっとだけ見て行こうかな~」
「うんうん! じゃあ、すぐ靴履き替えるね!」
佐倉さん。
今のは聞こえたろ?
好きな男の言葉には。
フィルターをかけたがるのが女子というものとは聞くが。
いくらなんでもひどすぎる。
「秋乃見てたって楽しかねえぞ。相変わらず、すぐ転ぶし」
「パートナー変えたのに~? まあ、しょうがないか~。舞浜ちゃん、我がままだし~」
は?
なに言ってんの?
「転ぶのとわがままは関係ねえだろ。それに他人最優先の秋乃が我がまま? お前の目は節穴か」
呆れながらパラガスの頭にチョップを入れると。
意外な所から反撃が飛んで来た。
「うそ。保坂、これだけ一緒にいて気づいて無いの?」
「佐倉さんまでなに言ってんだ」
「しょうがねえよ~。立哉、バカだもん~」
「おいてめえ」
「長野君が言うんじゃそうなのね! なるほど、それなら気づかないのもしょうがないね~」
「こらお前ら」
二人して俺のことからかいやがって。
そう思いながらにらみつけた俺の目が。
気づけばまん丸。
こいつら。
真顔で俺のこと見てやがる。
「え? 本気?」
「本気だよ~」
「夏木ちゃんとどっこいどっこい。そっくりじゃない?」
は?
わがまま大魔王のきけ子と。
自分を押し殺して暮らす秋乃が。
そっくり?
さっきから。
おかしなことを言う佐倉さん。
パラガスに意見を合わせていただけかと思いきや。
靴ひもをぎっちり結んで。
勢いよく腰を上げると。
「だから、あたしは秋乃ちゃんをアイドルのパートナーに選んだの。……夏木ちゃんの申し出に乗ったの」
「それって、どういう……」
「あたし、我がままな人と相性がいいからね!」
俺には理解不能なことを口にしながら。
スタート地点で仁王立ちするきけ子の元に駆け寄った。
「散々一人で走らせて、どういう事よ!」
「うんうん! これから一瞬で取り返すから、見ててね!」
「ほんとに?」
そして、いぶかしむきけ子と共に。
最高のスタートダッシュを決めると。
一気にトップスピードまで達して。
そのまま練習コースの百メートルを走りぬいてしまった。
「うそだろ?」
思わず口にした言葉に。
パラガスから受け取ったペットボトルをあおりながら。
甲斐が首肯する。
でも、俺たち以上にショックを受けて。
膝から崩れ落ちたやつがいた。
「あっは! 大丈夫! 秋乃ちゃんが一生懸命なのはボクが知ってるからさ!」
「で、でも……」
秋乃と佐倉さん。
走る速さは、さほど変わらないはず。
だというのに。
なんで佐倉さんにはできて。
秋乃にはできないんだ?
「だ、大丈夫だよ! ボクたちも、きっとできる! だって舞浜ちゃん、こんなに一生懸命だもん!」
「……そうかしら?」
まるでウイニングラン。
自然なペースで、一糸乱れぬ二人三脚で戻って来た佐倉さんが。
一瞬、心配顔を浮かべたきけ子の様子に気付かないまま。
秋乃に辛辣な言葉を投げかけた。
「あたしとステージに立ってくれた時の秋乃ちゃんは、もっと真剣だった」
「い、今だって真剣……」
「全然よ、全然。……まあ、二人が酷い結果残しても大丈夫! 真剣にやらなくったって、あたしは絶対勝てるからね!」
「で、でも、真剣にやらないとダメ……」
「だって、真剣にやってる秋乃ちゃんよりあたしたちの方が速いじゃない? もしあたしたちが一位になれなかったら、あたしはアイドルのパートナー辞めるわ」
「え……? なんで……?」
「それくらい自信あるって事よ」
……佐倉さんなりの激励か。
いつもの秋乃なら、佐倉さんが何を言いたいのか理解できると思うんだが。
微笑の仮面を被ったこいつ。
その素顔が。
俺には見える。
秋乃のやつ、悔しくて。
声上げて泣いてやがる。
でも。
そんな挑発よりも秋乃が守りたかったもの。
それは、きけ子との約束だったようだ。
悔しい気持ちを飲み込んで。
震える唇から。
秋乃は、はっきりと。
自分の気持ちを絞り出した。
「あ、あたしたちは、真剣に取り組んで、一位になる……!」
「ふふっ? そんなことできるのかしら?」
「できる……!」
「……そう。じゃ、せいぜい頑張るがいいわ」
一瞬だけ、何かを口にしかけたきけ子を伴って。
またもや完璧なスタートダッシュを見せつけた佐倉さんの背中を。
じっと見つめ続ける秋乃と王子くん。
「……これ、どうなっちまうんだ? 集中できねえよ」
思わず口を突いた言葉。
それを聞いた甲斐が。
ため息と共に、軽く頬を叩いてきた。
「しっかりしろてめえは」
「ああ。……女子って、普通に激励できねえのかな。変な約束して」
「他人事じゃねえぞ?」
「は? 俺、なんか約束したっけ」
「最初に俺たちがゴールライン越えなかったら、お前、秋乃と友達辞める約束だろうが」
……あ。
そうだった。
今の言葉を聞いた秋乃も。
すげえ悲しい顔で俺を見上げてるし。
これは必死にやらねえと。
「なんか特訓用に枷でもはめてみるか、立哉?」
「お前のどエムに付き合ってやる気はねえ。
「いや、特訓だ特訓! 特訓と言えばタイヤ引きとか拘束具とか」
「そんなものがどこにある」
「はい」
わたわたしながら。
秋乃が持って来たもの。
それは…………。
荒縄?
「……これを?」
「
「は? ……いや、まてまてまて。甲斐に巻き付けてどうする」
「舞浜。意味が分からんのだが痛いんだが。説明しろ」
「
「これを
そうな。
巻くって言った方が合ってるだろうな。
「た、立哉君が一位にならないと、困る……」
「だから意味が分からんから説明しろ!」
「甲斐に、こういう趣味があるってことか?」
「ねえよバカ!!!」
「だ、だって……。立哉君が言ってた……」
「てめえ立哉!」
「俺はそんなこと言ってねえよ!」
「ううん? だって……。甲斐、
「うはははははははははははは!!!」
なんという聞き間違い。
呆れた甲斐が、強引に縄を外そうとし始めた。
「くそう! ほどけん!」
「ほ、ほどいたら困る……」
「俺の方が超困惑だ! こんなことされて怒らないとでも思ってんのか!?」
「でも、拘束になるし、立哉君が言ってたし……」
だめだ、腹いてえ。
俺は、ムッとする甲斐の隣で笑い続けていたんだが。
こいつ。
ひでえ反撃してきやがった。
「……よし。俺は、縛られるのは好きだということを認めて素直に従おう」
「うはははははははははははは!!! 怖いカミングアウトすんな!」
「そして立哉は、縄で叩かれるのが好きだ」
「うはは…………、はぁ!? お前、なに言ってんの!?」
「…………よしきた」
秋乃にとって、俺との仲は。
相当大事なものだったらしい。
自分の練習を捨て置いて。
俺たちの練習に付き合ってくれるなんて。
素直に嬉しい。
だからこれは。
愛の鞭。
「いててててて! こら甲斐! もっと速く走れ!」
「残念だったな! 縛られてるからこれ以上速く走れんわ!」
秋乃による猛特訓により。
俺たちは、今まで以上の速さと。
そしてもう一つ。
他人には言えない何かを手に入れた。
「いててててて!」
そう、これは愛の鞭。
だからこんなに。
嬉しいんだ。
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