花火の日


 ~ 五月二十八日(金)

        花火の日 ~

 ※仰天不愧ぎょうてんふき

  清廉潔白不撓不屈。そんな生き方をしてるやつは

  天に胸張って堂々としているもんだ。

  



「どうにもダメ、かな?」

「み、見捨てないでください! コーチ!」


 一見、呑気なやり取りだが。

 これは、見た目に反して最悪の事態。


 きけ子がとうとう見切りをつけて。

 気にしないでいいよと声をかける相手。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 誰の目にも明らかなうわべだけの笑顔を浮かべたきけ子を見て。

 慌てた秋乃が泥だらけの手でタオルを外す。


 何をする気なのかと見ていれば。

 皆の荷物を置いてあるピクニックシートの上にででんと鎮座した。

 『最後の手段BOX』なる謎の段ボールを開いて。


「こ、ここからが本当の本気……!」


 なにやら赤い棒を束で抱えて帰って来たんだが……。


「却下だ却下。お前の後ろ走るやつが大やけどするだけだ」


 しょんぼりしたってダメなもんはダメ。


 ロケット花火で後押しされたところで。

 速く走れるはずねえだろ。


 物理計算お手の物。

 そんな秋乃なら考えるまでもないだろうに。


「どうしてこれセレクトした?」

「凜々花ちゃんが、これさえあればパスポートいらないって言ってたから……」

「ほんとだとしても人体の方がもたんわ」


 そんなおバカなやり取りをする横でも。

 きけ子の生あったかい笑顔は揺るがない。


 ああ、こりゃ完全に見放されたな。


「舞浜ちゃん。そんなの使ったらさすがにいかさまがバレるわよ?」

「規定みたいなのはないはず……」

「あたしまで失格になっちゃうわよ」

「な、なら、バレない方を出すね……」


 秋乃は、ロケット花火作戦が却下されると。

 わたわた慌てながら。


 随分と縦長の缶を取り出した。


「……なんだそりゃ?」

「ヘリウムガス……」

「体を軽くする気か? なるわけねえだろ」

「やってみなけりゃ分からない……。すうううううう」


 みんなが心配顔で見つめる中。

 ヘリウムガスをたっぷり吸いこんだ秋乃が。


 ぴょんぴょん跳ねて具合を確認すると。

 はち切れんばかりの笑顔になって。


「カルクナッタ!」

「「「「ぎゃははははははは!!! 変な声!!!」」」」

「エ? ナニコノコエ?」

「「「「ぎゃははははははは!!!」」」」


 やれやれ。

 まじかお前。


「知らんでやったんかい」

「デモ、コエトヒキカエニハヤクハシレルアシヲテニイレタ!」

「お前は人魚か」


 体に害があるから吸い込みすぎに注意。

 そう書かれた缶を手に。


 バカっぽい変声で秋乃がしゃべる度。

 腹を抱えて笑う二人三脚メンバー。


 ……普段の行いが災いしたかな。


 秋乃の奴は本気なのに。

 遊んでるようにしか映ってない。


 これじゃ、逆効果だ。


「モットスエバ……」

「まて。吸い過ぎNOって書いてあるだろうが」

「デモネ? ウンドウリョウガオナジバアイソクドハシツリョウニハンピレイスルカラ……」

「そのバカみてえな声で言われても説得力がねえ」

「カルクナれば、ナつきさんと同じに走れ……、あれ? もう戻っちゃった」


 ようやく元の声に戻った秋乃が。

 追加でヘリウムガスを吸おうとするから。


 それを無理やり止めると。

 こいつは、諦めずに。

 段ボールから、次なるアイテムを取り出す。


「じゃあ、リニア……」

「リニア?」

「靴底にS極が来るようにしたから、地面に磁石を……」

「浮いたところで推力はどうする気だよ」


 はっと我に返る秋乃に。

 今度はみんながアイデアを出してきた。


「誰かに押してもらえば?」

「それじゃ反則だろ」

「なら、扇風機でも背負う?」

「そ、それ、いいかも……。用務員室で借りてくる……」


 いやはや。

 やっぱり、切羽詰まってたんだな。


 普段は理論的で合理的。

 そんな秋乃も、きけ子との仲が不安になると。


「バカなことばっか考えやがって……」


 みんなに笑われながら。

 校舎へ向かって駆けていく秋乃。


 そんな背中を。

 きけ子だけが、少し寂しそうに見つめてる。


 今日ばっかりは。

 全部が裏目に出ちまったようだな。


「普通の扇風機じゃ意味ねえんじゃねえの?」

「人が飛ぶほどの風を出せば、あるいは……」


 そんな状況を。

 理解していないみんなのバカ騒ぎ。


 少し腹が立ったが。

 でも、そんな感情を上回る突っ込み魂。


「待てお前ら。人が飛ぶほどの風を出すためには、人が飛ぶほどの勢いで風を吸い込む必要があるじゃねえか」

「当たり前じゃない」

「何当たり前のこと言ってんだ?」

「ばかだな立哉」

「ばかね、保坂ちゃん」

「バカなのはお前らだ。そんな扇風機、背負ってる人を吸い込むわ」

「……ほんとだ」

「こわ」


 主人をシュレッダーした後、自分だけが飛んでく扇風機。


 そんなホラーいらん。


「じゃあ、他の推進力を……」

「プロペラじゃないとなると……」

「も、貰って来た!」


 みんなが頭をひねる中。

 ビニール袋を両手に下げた秋乃が戻って来たんだが。


「なにそれ? 扇風機はどうした?」

「そ、それよりいいもの貰って来た……」

「プロペラよりいいもの? ジェットエンジン?」

「ち、ちがくて……。用務員さんが、作り過ぎたからどうぞって……」

「ロケットエンジン?」


 ロケットエンジン作りすぎる人ってどんなだよ。


「ご、ごめん……。足が速くなるためのものじゃないの……」

「なんだ。推進力になるものじゃないのか」

「何貰って来たのよ」

「焼きいも」



「「「「うははははははははははは!!!」」」」



 何で笑われてるのか分からない困り顔から。

 泣きそうな顔になった秋乃には悪いが。


 これは腹がいてえ!


 でも、笑ってる場合じゃなかったようだ。

 ごめんねと、一見優しく秋乃の肩を叩いたきけ子が。


 勘違いしたまま、引導を渡しちまった。


「ああおかし! ……あのね、舞浜ちゃん。あたしも、楽しく笑いながらスポーツするのはアリだと思ってるの」

「な……、なんで笑われてるのか分からないけど……」

「大丈夫よ、分かってるから。いつもみんなを笑顔にしてくれる舞浜ちゃんなら、そう考えるのも分かる。……でも、舞浜ちゃんが全力でやるって言ったから信じたの。信じて欲しかったの」

「う、うん……。全力で、頑張る……よ?」


 もう、秋乃は泣きだす寸前。

 俺が何とかしないといけねえ。


 でも、あれこれ善後策を考えてる間に。

 きけ子は元気に宣言してしまった。


「佐倉ちゃん! 王子くんとじゃ、本気出せないでしょ? あたしとてっぺん目指すわよ!」

「え? た、確かに、あたしが合わせてるけど……」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! それって……!」


 呆然と立ち尽くしたままだった秋乃にも。

 ようやく事情が伝わると。


「あ…………」


 何かを言おうとして。

 でも、何も言えないまま。


 きけ子の背中を見つめて。


 そして。


 ぽろりとひとつ。


 涙を零した。



「…………舞浜ちゃん。コンビは解散よ」

「い、いや…………」




 どうすればよかったんだろう。

 いや、今からでも何か手はないものか。


 考えても考えても。

 答えが出てこない。


 俺は、走り去る秋乃を追いかけることすらできずに。


 ずっと。

 雨が降り始めた校庭に立ち尽くしていた。

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