物思いと海

 防波堤に打ち寄せる波の音が耳に心地よく響く。潮風が炎天の下に涼を運んできてくれるおかげで、俺はこうして一人物思いにふける事ができた。

「……大嫌いだ」

 唇を噛み締め、防波堤の縁に腰を下ろしてそう呟く。目下に広がる濃いエメラルドグリーンの海面が、俺を誘うように波立っていた。

「ねぇ、お兄さんは海、好き?」

 水面をぼんやりと見つめていると、後ろから可愛らしい声が俺を呼んだ。一人の時間を邪魔された不機嫌さをそのままに振り返ると、膝までの白いワンピースに身を包んだ、小学生くらいの女の子が立っていた。ふと、見覚えがあるような気がしたが、いら立ちがそんな刹那の思いをかき消した。

「ねぇねぇ、お兄さんは海、好き?」

 再び女の子は俺に問いかけた。その笑ったときに口元からのぞく白い歯が眩しかった。

「……別に」

 そう、その屈託のない笑顔は俺には眩しすぎた。

「えー、どうして?」

 ぱたぱたと防波堤の上をかけて、女の子は俺の隣に腰を下ろした。大きなキラキラとした目が水面に視線を落とす俺の視界に乱入する。

「……別に、お前には関係ねぇよ」

 そっぽを向きながら、俺は独り言のように呟いた。女の子はふーん、とつまらなそうに言ってワンピースについた砂をほろいながら立ち上がった。

「ねぇねぇ、お兄さん知ってる? 海にはねー、綺麗な神様がいてねー、海が好きな心優しい人の願いを叶えてくれるんだって!」

そう言いながら、目の端に写っていた白いワンピースの裾が後ろに歩いていく。

「だから、俺は海は別に……あれ?」

 後ろを振り返っても、そこにいるはずの少女はいなかった。無邪気にしゃべる少女の笑い声が、いやに耳の奥に残っていた。


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