婚約破棄のつもりが…

相澤

前編

「カテリーナ!お前との婚約を破棄し、マリアとの婚約をここで宣言する!」


 若い令息令嬢を集めたパーティで、王子がそう宣言した。突然のことに会場内がざわつくが、名指しされた本人は涼やかな顔を崩すこともせず、優雅に口元を扇で覆った。


「…お好きにすればよろしいかと思いますが、私たちの婚約は国と我が侯爵家で正式に交わした契約です。口頭での破棄はできませんよ」


 王子の周囲にはマリアと言われた元男爵令嬢と宰相子息、騎士団長子息、魔法師団子息、侯爵家次男、侯爵家嫡男であるカテリーナの弟がいる。

 その中から宰相子息が出てきて、書類を見せつけるようにかざしてきたので、カテリーナはそれに目を通した。


「あら。正式な書類ですね。どうやって用意したか知りませんが、陛下が署名すべき所が殿下に、父であるバルシュミーデ卿が署名すべきところが弟になっているのが微妙かしらね」


 宰相子息はにやりと笑いながら、別の書類をかざしてきた。それは、今回陛下と父が国外へ行く為に書かれた委任状だった。国外へいる間は指名した人物を自身の代行者とすると書かれている。

 これは本来有事の際に使用するべきものとしてあるのだが、有事以外に使用してはならないとわざわざ書かれてもいない。


「…なるほど。後はあなたのコネでごりおししたのね。いいわ。ペンを」

 手を出すと、弟がペンと簡易の携帯板を持ってやってきた。カテリーナは躊躇うことなく婚約を白紙に戻す書類にサインをした。

 弟が勝ち誇った顔をしているが、馬鹿なのかしら。間違いなく馬鹿ね。どうして私が王子と婚約していたのかがわからないなんて、馬鹿としか考えられない。


 宰相子息がサインした書類をすぐさま懐に収めた。取り戻そうとしたりするわけないのに。

 弟は勝ち誇った顔のまま、別の書類を私に突き出してきた。その書類には、私を侯爵家から追放し、国外追放にすると書かれていた。殿下と弟の署名もある。処罰の書類としては正しい、が。


「どのような理由で私を追放するのです?」

 婚約が白紙になったくらいで、国外追放するなど無理な話だ。どんな理由をつけてくるのか、楽しみでもある。王子が口を開いた。


「マリアにした数々の嫌がらせだ。貴族としての立ち振る舞いに問題がある」

「まぁ…。嫌がらせで私は追放されるのですか」

「どれだけマリアが心を痛めていたと思っている!!」


 マリアが思い出したように目を潤ませている。何て馬鹿馬鹿しい。それを慰めようとする男たちの、何て滑稽なこと。


「我が国には法律がございます。どのような罪状で私は追放になるのです?」

 態度を変えないカテリーナに王子が明らかに苛立ち始めているが、気にしない。ここは重要なところなのだ。


「マリアの地位を貶めた不敬罪、持ち物を隠した窃盗罪、ドレスを汚した器物損壊、わざとぶつかった傷害罪だ!」

「まぁまぁ、そんな理由で。侯爵家の私が男爵令嬢にしたことで不敬罪になるのはどうかと思いますがね」


「マリアは我が侯爵家の養女だ」

 宰相子息が偉そうに言った。

「それは二日前のことですし、そもそも家格が同格の場合は不敬罪にもならないはずですが」

 驚いた顔をしている。それくらいの情報が手に入らないとでも思っているのだろうか。馬鹿ばっかりで、後が大変そう。


「そういえば、わたくしは何故嫌がらせを?」

「マリアへの嫉妬だ!!決まっているだろう!!」

 カテリーナは隠そうともせずに鼻で嗤った。王子の周囲がピリッとした空気に変わったが、気にしない。


「わかりました。では、こちらもそちらにあった対応を致しましょう」

 そう言って、カテリーナは手で合図をした。どこからともなく現れた男たちは、机とその上に分厚い本、椅子、紅茶を用意して立ち去った。


「では、あまりに多いので座らせて頂きます」

 本来、王子の前でこんな事をしたら不敬罪まっしぐらだが、それどころではなくなるからいいだろう。どうせ国外追放だし。


「カテリーナ…まさか、その本は…」

「あら、婚約者ではなくなったので親しげに名前を呼ばないで頂けますか」


「姉さんはもう貴族じゃない!」

「あら、わたくしとしたことが失礼しました。追放したのに姉だなんて変な子。ふふっ。まぁ、それは今はいいでしょう。では、始めます」


 カテリーナはよく通る声で、自身が受けた数々の嫌がらせを丁寧に実名を挙げて話し始めた。王子に疎まれている婚約者として、嫌がらせをしてくる人は多かった。

 ここに招待をされている令息令嬢は王子側、もしくは父を快く思っていない敵対派閥の人ばかり。婚約破棄を邪魔されないように、そして私を貶める為に敢えて選ばれた人々だ。


 会場が今までにないほどざわめきだした。先ほど王子が言った不敬罪、器物損壊、窃盗罪、傷害罪であれば、いずれかに当てはまる罪を私に対して犯している人が大半だからだ。


「では、彼らの処分もお願いいたします。私は侯爵令嬢でしたから、全員私と同じ追放、いえ同じはおかしいですね。処刑でしょうか?」

「そ、それは…」

 王子は言い淀む。


「そんなもの、証拠にならない!」

 騎士団令息が怒鳴った。怒鳴ればいいというものではないと、誰か教えてやって欲しい。教えた所で無意味なことは、充分知っているが。

「あら、殿下はこれが証拠になるとわかっていらしゃいますよ。これほど確実な証拠はございませんからね」


「…やめろ。あれは王族とそれに準ずる者につく、影の報告書だ」

 逃げ場がなくなったと思ったのか、会場のざわめきが一層酷くなった。罪が適用されれば今ここにいる令嬢令息合わせて半分程度が追放、もしくは処刑されてしまう。


 本来影は私を監視する目的でついているので、このようなことは報告書に書かない。カテリーナが指示をして、特別に書かせていたのだ。

 私についている影の代表者が柔軟な考え方の持ち主で、協力的だったので非常に助かった。


 まだまだ会場のざわめきが収まらない中、四人の令嬢がカテリーナの元へやって来た。

「私たちもカテリーナ様と同じ処罰を受け入れます」

「あらあら、貴方たちは罪に問われていませんのよ?」

「いえ。私たちのためにカテリーナ様がして下さっていたことを知っています。私たちはカテリーナ様についていきます」


 彼女たちは、マリアを取り囲んでいる令息の婚約者たちだ。わざわざ彼女たちもこの場に呼ばれていた。意図は不明だが。

 彼らはマリアに傾倒するあまり、彼女たちを蔑ろにしていた。一人足りないのは、宰相令息の婚約者アンネリーネだ。彼女は一応王子の婚約者候補だったが、自分が選ばれなかったことでカテリーナを妬んでいた。


「残念ねぇ。婚約者を蔑ろにした罪があれば、彼ら全員を追放できたのにね」

 一人の令嬢が朗らかに笑った。

「家格が下の者に対しても適用されるのであれば、不敬罪は確実だと思いますわ」


「あ、そうねぇ。あなたたちを無視したり睨んだり。突き飛ばされたとも言っていたわね?充分不敬罪だし、傷害罪にもなるのかしら。では殿下、そのようにお願いいたします」


「待て、カテリーナ!」

 カテリーナは令嬢たちを引き連れて会場を後にしようとしたが、王子に呼び止められてしまった。ただし、王子はその後の言葉が続かない。


「どうせ不敬罪ですので言っておきますが、嫉妬などしておりませんよ。今までの自分の態度を思い出して下さいませ。殿下に好意を寄せる要素がどこにありますか。むしろ最初から嫌いですわ。どうぞ、マリアさんとお幸せに」


 残された王子たちは思考が追いつかないのか、固まったまま。会場に残る令息令嬢は自分たちの処分がどうなるのかの心配ばかり。

 何とも情けない状態で、パーティどころではなくなってしまうだろう。


「…そういえば、マリアさんは一言も話しませんでしたね…。この程度の展開にもついてこられないのかしら?」

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