第30話 伊達に酔狂 2

「おお、甘栗。見回りが終わったか、すまんな。助かる」

「甘栗さん、おかえりなさい」

「ただいま戻ったでござる」


 天津はそう言うと、若利達が集まっている場所へと歩く。そうして自分も彼らの隣に腰を下ろした。


「それで、どうしたでござるか?」

「ああ、独楽が、ちとな」

「ああ……まだ引きこもっておるのか……」


 そう言われて、天津は独楽の部屋の方を見た。


「甘栗は獣人について知っておるのか?」

「ええ。と言っても、某が知っているのも一般的なものでござるがな」

「一般的とは?」

「この継ぎ接ぎ世界パッチワークワールドでは、獣人が疎まれているという事実でござるよ」


 若利に問いかけられ、天津は肩をすくめて答えた。

 天津の答えに、小夜が思わず目を瞬く。


「……え? ど、どうして?」

「さてな。始まりが何であったのかは某は知らぬ。だが、最も多く話されるのが、獣人が獣の姿に近づくにつれて理性を失い、暴れるようになるという事。そして、魔獣がもともと獣人であるらしい、という事くらいでござる」

「魔獣は、もともと獣人なのか?」


 驚く若利と小夜に、天津は「まぁ魔獣に関しては想像の域を出ないが」と付け加える。


「魔獣の云々は、まだはっきりとは解明されておらんが、そういう説があると某は聞いた」


 そんな天津の言葉に若利と小夜は顔を合わせて、


「へー」

「そうかぁー」


 と、特に恐れる風ではなく、ごくごく普通の様子で、納得したように頷いた。

 そんな二人の反応に天津が指で顔をかく。


「……他所の区画では割と顕著なのだが、若様たちは結界に守らていたからか、反応が薄いでござるなぁ」


 信太と同じような事を思ったのか天津がそう言うと、若利は苦笑する。


「イナカマチは現状は半ば鎖国のようなものだからなぁ。まぁ、何より、独楽はそんな風にはならんだろう」

「うん、独楽先生はならないよね」

「そうそう」


 若利と小夜の言葉に、今度は逆に天津が目を丸くする。


「随分と信用しているのでござるな」

「当り前だ。あいつは助けを求めた相手を、二つ返事で助けてくれるようなお人好しだぞ。なぁ、小夜」

「はい!」


 天津は顎に手を当て、


「もし、独楽殿が理性を失って、暴れたかもしれぬと言っても?」


 と言うと、信太がぴん、と尻尾を立て、


「独楽さまが暴れたのは、小夜さまくらい小さな時だけです」


 と天津に言い返した。

 信太の様子に、若利達の視線が集まる。

 三人分の視線を受けた信太は、尻尾をぴんと立てたまま話を続ける。


「信太は、まだ独楽さまに出会って、ちょっとです。でも、暴れた事はそれだけだと、独楽さまは言っていました」

「嘘や誤魔化しかもしれぬぞ?」

「独楽さまは、そういう嘘はつかないです」


 信太はふるふると首を振って否定する。そして真っ直ぐに若利たちを見上げる。


「独楽さまが獣人の姿を見せるのは、誰かを助けようとした時だけです。……でも。でも、信じて貰えないです。いつもいつも、獣人だって知られると、人は独楽さまに石を投げます」

「……え?」

「何度も、何度も、出て行けって、追い出されました。武器を向けられて、追いかけられた事も、ありました」


 若利と小夜が同時に言葉を失くす。イナカマチ区画は穏やかな場所だ。喧嘩や言い争いはあっても、そういう物騒な出来事を目の当たりにした事はないのだろう。

 天津だけはその状況を予想出来たようでそれほど驚きはない。ただ目を伏せるだけだった。


「でも独楽さまは、助けを求められたら、助けます。恩人がそうしてくれたから、自分もそうするんだって」


 信太は少しだけ耳と尻尾をへにょり、と垂らした。


「……信太も追いかけられた事が、あります。痛かったです。怖かったです。でも、それを助けてくれたのは、独楽さまです」

「信太、きみは、もしや……」


 若利が言うよりも早く、信太は若利の目を見上げた。真っ直ぐな眼差しだ。


「若さま」

「うん?」

「独楽さまと、信太は、ここにいても良いですか?」


 ここにいても良いか。

 その言葉に、不意に若利の頭の中で独楽の言葉が蘇る。


――――別に背負っちゃいないんですけどね。結構ここ好きですし。


 思わず背筋が伸びた。若利はハッとして目を見開く。

 あれはもしかして『ここにいたい』と思っての言葉だったのではなかろうか。そしてあの時その独楽に、自分は何と言った。

 そう考えた途端に心臓がドクリ、と強く打って、若利は目を閉じる。


「……言わねば、分からんだろうが」


 懺悔のようにそう言うと、若利は目を開けた。

 そして自分を見上げる信太を両手で持ち上げる。信太は抵抗せず、ゆらゆらと尻尾を揺らしてされるがままだ。だが目だけはずっと若利を見つめている。

 そんな信太に若利はニッと笑って見せた。


「もちろんだとも」


 若利が笑うと、信太は嬉しそうに尻尾を揺らした。


「独楽さま、喜びますー」

「だと、嬉しいがな」


 若利はもう一度、独楽の部屋の方を見る。そうした後で、ふと、何か悪戯を思いついたような笑顔になった。


「若様?」

「うむ、良い手を思いついたぞ」

「良い手です?」

「うむ、良い手だ」


 信太は持ち上げられたまま、前足を器用に動かして、パチパチと拍手をする。


「どんな手でござるか?」

「先人の知恵を拝借、だな。――――天岩戸作戦だ」


 若利は信太を頭の上に乗せると、ニヤリと笑ってそう言った。

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