第21話 結界に挟まれた侍 10
「イナカマチ区画がそれこそただの田舎だと思っているようだが、俺とてここの区画主だ。全く情報が入らぬわけではない。きみ達が傘下に入れて来た他の小さな区画を、監視の上でこき使っている事くらい知っている」
「それは個人の感じ方の違いですよ。現に、喜んでいる人々もいらっしゃいます」
「そうか。だがな、残念ながら――――俺はそれを喜ばしいとは思わん。イナカマチ区画の区画主として、俺はイナカマチ区画の住人達の平穏を守る義務がある」
若利ははっきりと否定し、断った。それを聞いてパオロは大げさにため息を吐いた。
「そうですか、それは……残念です。我々は話で解決がしたかったのですが……」
そう言うと、パオロはパチリと指を鳴らした。彼の指示によって魔獣の鎖が引かれる。
「こういう手段を取る事も致し方ありませんね。……小さな子供もいらっしゃるでしょうし、危険な目には合わせたくないでしょう?」
パオロは独楽の背中に庇われている小夜を見て言う。若利はフン、と鼻で笑った。
「いつもやってるくせに良く言う」
「はっはっは。ほら、小さなお嬢さん、怖いでしょう? これを今からそちらへ放り込むんですよ。これだけではなく、もっともっと、たくさんの魔獣を放りこんでしまいますよ。こいつらの凶暴さは、リベルタ区画随一です。牙で噛みかれてしまえば肉は食いちぎられてしまうでしょうし、牙で裂かれれば血が噴き出すでしょう。人がたくさん死んでしまいますよ、怖いですねぇ」
パオロはあくまで楽しそうに残酷な事を口にする。小夜が独楽の着物の袖をぎゅっと握った。
「こいつ……」
独楽が嫌悪感を露わにした顔でパオロを睨みつける。それを聞いていた天津も小さな声で
「下劣な……」
と呟いた。目には怒りの色が灯っている。
だがパオロはどこ吹く風である。
「やめて欲しかったら、若様に説得を……」
「こ、こ、怖くなんてない、です!」
その時、小夜が独楽の後ろから飛び出した。若利が危ない、と手を伸ばし掛ける。
だが小夜はパオロを睨みながら、僅かに震える声を張り上げて言った。
「この区画は、若様と真頼様が守ってくれていました。魔獣とか、他の区画の人とか、怖い物から全部守ってくれていたんです!」
真頼様、のところで独楽がぴくりと反応した。それに気づいたのは信太だけだ。
「若様と真頼様は、いつだって小夜たちの事一番に考えてくれていました。小夜はまだ難しい事は分からないですけど、若様を困らせて、魔獣を放り込んで、イナカマチ区画の人達を危険な目に合わせるあなたたちは悪い人です。そんな人たちが脅したって、さ、小夜も、区画の皆だって、怖くなんてないです!」
小夜の言葉に若利が目を見開いた。同時にパオロが不機嫌そうに顔をゆがめる。
「そうですか、子供からこうとは、本当に救いようがないですね。残念ですよ、とても」
吐き捨てるように言うと、パオロは部下たちに指示を出す。部下たちは二匹の魔獣たちの鎖をぐん、と引くと、その背中目がけて神雷を打ち、イナカマチ区画の中に放り込む。魔獣たちを放り込んでも、やはり神雷結界は反応しなかった。
「魔獣があるのはイナカマチ区画への害意ではなく、僕たちへの害意ですから。それはもちろん、するっと行くでしょう。――――もっとも、全盛期ならこうはいかなかったかもしれませんが」
パオロがにこりと笑うのと、魔獣たちが襲い掛かって来るのは同時だった。
「若様、お小夜ちゃん頼みます」
独楽は若様の方へ小夜を押すと、フードを被り、錫杖をもって前へ出る。
そして錫杖の烏玉にバチバチと神力を込めると、神雷壁を発動し、跳び掛かる魔獣をガン、と受け止めた。
「正論言われて逆上ってのは、ちょっと格好悪いですね」
言いながら、独楽は魔獣を神雷壁で力任せに押し返す。昨日のより軽いな、と思いながら独楽が錫杖を降り抜くと、神雷壁がぐん、と魔獣ごと前に押し出された。
「それに話し合いってのは、対等の立場でするもんです。あなたの話し合いとは言わんでしょうよ。――――正直、不愉快です」
そして錫杖を構え直すと、ふわり、と若干フードが膨らみ、神雷壁が消える。半獣化しているのだ。
独楽はだん、と強く地面を蹴ると、魔獣の一匹を錫杖を振るって、区画の外へと殴り飛ばす。それから流れるような動作で人型に戻ると、跳び掛かって来たもう一匹を神雷結界で防いだ。
「神雷・相乗(しんらい・そうじょう)」
そこへ、若利が補助の神雷を使う。神雷壁が目に見えて強度を増した。
「お」
先ほどよりもずっと軽い力で受け止める事が出来た。ならば、このまま一気に押し出してしまおうか。そんな事を独楽が考えていると、その横を動く影が合った。
天津である。天津は刀を抜くと、力強い動作で魔獣を切り払った。
見事な一撃である。独楽と若利が驚いたように目を見張った。
「お見事」
「この程度、造作もない事でござるよ」
着物の袖で刀身を軽く拭いた後、天津は刀を鞘に戻す。
「某は雇ってもらうためにここへ来たのでござる。“あぴーる”には良い機会でござろう?」
そう言って天津はニッと笑った。
「な……」
思いのほかあっさりと魔獣を倒され、パオロは唖然とした顔になる。
「ぱ、ぱ、パオロ様! 魔獣が!」
しかも独楽が殴り飛ばした魔獣が、今度は彼らを標的に下らしい。部下の慌てふためいた声が響く。
パオロは悔しげに歯ぎしりをして独楽達を睨んだあと、
「撤退するぞ!」
と言って、部下たちを連れて逃げて言った。その背後を怒り狂った魔獣が追いかけて行く。
「手負いは怖いですねぇ」
「自業自得でござる」
それを見て、はっはっは、と独楽と天津が笑う。
そこへ若利と小夜、そして信太が近づいてきた。
「二人とも、助かった。感謝する」
「いえいえ。それにしても若様、補助系の烏玉を使えたのですね。助かりました」
「うむ、割と得意だ」
若利がニッと笑った。その隣では小夜が、
「独楽さん、甘栗さん、かっこいい!」
と目を輝かせて二人を褒める。独楽と天津は「いやぁ」と同じように照れた。
和やかな雰囲気の中、若利は天津に視線を向けた。
「さて、甘栗よ」
「何でござるか?」
「きみの腕に問題がないのは分かった。なので、きみを採用したいのだが」
イナカマチ区画の守り人の件だ。採用したいと告げられた天津は、感極まった様子でガッツポーズを作る。
「やったでござるぅぅぅぅ!」
独楽はそんな天津を見ながら、少し心配に思っていた。
神雷結界の事はもちろんではあるが、天津は魔獣を一撃で斬り伏せたのだ。若利の言う通り相当腕は立つ。
だが、それならばどうしてこの区画へ来たのか。天津ほどの腕の持ち主であれば他の区画でも引く手は数多だろう。
「…………まぁ、その時は区画の外に殴り飛ばせば良いか」
そんな事を考えながら、独楽は小さく呟いた。
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