第17話 結界に挟まれた侍 6

 源三たちと話した後。

 お茶の休憩に誘われた独楽は、源三たちと並んで土手に座り、冷たいお茶を飲んでいた。

 水を張った田んぼに映った雲が、ゆっくりと流れて行く。その中に区画の住人達と一緒になって、田んぼの手伝いをする若利と信太の姿が見えた。

 戦いの音はなく、都会特有の喧噪もなく、とても長閑である。


「この区画は、ゆったりとしていて良いですね」


 独楽が素直な感想を口にすると、源三が少し嬉しそうに笑う。


「娯楽も何もねぇけどな。それが嫌で、若い衆のほとんどは、外に行っちまった」


 いわゆる過疎化、という奴だ。

 独楽もイナカマチ区画を少し見たが、他所の区画にあるような様々な店や、煌びやかな遊び場はない。この自然自体が遊び場ではあるものの、だんだんとそれだけでは満足が行かなくなったのだろう。

 それにイナカマチ区画は元々は農村である。仕事を探しても、家業である農業を継ぐくらいになってしまうのだろう。

 作物を育て、収穫し、届ける。それは得難い喜びだ。だが、そこに辿り着くまでの仕事の大変さや資金繰りの不安さなどでだんだんと農業から離れ、都会で働く事が多くなったのだ、と源三は言う。


「それでも残ってくれたもんが、今、区画にいる若い衆なんだ」


 源三の言葉には感謝の気持ちが込められている。恐らく世界がこうなった事に関しても言っているのだろう。

 高齢者ばかりであったなら、遅かれ早かれ、区画は失われる。区画を奪われる事はなくても、本当の意味で無くなってしまう可能性があるのだ。


「そんなわしらや若い衆を引っ張ってくれているのが若様なんだよ」


 源三は田んぼの方を見て言った。視線の先にいるのは若利だ。独楽も「へぇ……」と言いながら若利を見る。ちょうど今、田んぼのはまった若利を信太が必死で引っ張り上げようとしている所だった。


「今は引っ張られてるの本人みたいですね」

「あっはっは。……ま! わしらもまだまだ若いもんには負けんがな!」

「この間腰痛めたっつってたろうが」

「うるせぇ」


 源三たちは軽口を叩いて笑い合う。仲の良い区画だ。独楽も何だか楽しくなって笑った。


「最近は余所の区画が魔獣を放り込む事も増えて来てねェ。やっぱり、結界が弱くなっているんだねぇ……」

「魔獣を放り込む、ですか」


 神雷結界は、基本的に結界を張った者や、結界を張った者が指定する対象に対して害意や敵意があるものを通さない。理性を失った存在である魔獣は、敵意や害意ではなく『本能』で動いているので、撥ね退ける対象とはならないのだ。

 だがそれを悪用するというのは独楽は初めて聞いたので、むむ、と目を細める。


「それはまた厄介な事をなさる」

「だろう? 若様がいつも魔獣を追っ払ってくれるてるんだけど、心配でなぁ。あんたが来てくれて良かったよ」


 そう言われて独楽はちょっと照れた。来てくれて良かったとか、ありがとうとか。この区画に来て何度も聞いたその言葉は、独楽にとっては本当に久しぶりのものだった。

 むずかゆさを感じながらちびちびちお茶を飲んでいると、源三たちも田んぼの仕事へと戻って行った。そこへ入れ替わりに泥だらけの若利が戻ってくる。

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