第16話 結界に挟まれた侍 5
源三が立っている場所に辿り着くと、他にも数人、田んぼで作業をしている住人達がいた。若利が源三たちに独楽を紹介すると、
「ほうほう、あんたがリベルタ区画の連中を追っ払ってくれた人か。昨日はありがとうよ」
と、口々に昨日のお礼を言う。大勢に「ありがとう」なんて言われたものだから、独楽は何だか照れ臭くなって、顔をかいて笑った。
「顔が赤いぞ?」
「いやぁ、何だかこう、お礼を言われる事が少なかったので」
嬉しいのだけれどむずかゆい、と独楽が言うと、若利は目を丸くした。
「そうなのか? それはずいぶんと礼儀知らずな輩がいたものだ。助けて貰った事、して貰った事を有難いと思えば、礼を言うのは当然の事だろうに」
呆れたように言う若利に、今度は独楽が目を丸くした。そんな風に言われた事がなかったので驚いたからである。
そして少しして、
「…………ふ、あはははは」
と、噴き出して笑った。何がおかしかったのか分からない若利は首を傾げている。
「何かおかしな事でもあったか?」
「いえ、すみません。ただ、似てるなぁって。でも、そうですね、本当は、そうなんですね。ありがとうございます、若様、それに皆様」
独楽は笑い過ぎて目尻に浮かんだ涙を指で拭うと、そう礼を言った。
「まぁそれは置いておいて、若様。さっきの……あれ?」
「どうした?」
「いえ、あそこを歩いているの、お小夜ちゃんでは?」
そんな話をしていると、遠くに小夜が歩いてるのが見えた。独楽が小夜の方を指差すと、若利達もそちらを向く。
若利はすいすいと歩く小夜に向かって、
「おーい、お小夜ー! あまり遠くに行ったらいかんぞー!」
と声を掛けた。小夜は若利の声に気が付いて振り向くと
「はーい!」
と、手を振り返した。
「お小夜ちゃん、何だか楽しそうですね。お友達と遊びに行くんでしょうか」
小夜を見送りながら独楽が呑気にそう言うと、源三が首を振った。
「いや、あの方向は違う。お小夜はバス停の方に行ったんだろうよ」
「バス停というと……あれですか。馬がいない鉄の乗合馬車」
独楽のいた世界にはバス、というものが存在しないので、持っていた知識から似たものを上げると、若利が苦笑する。
「きみのいた世界にバスはないのか。似たような世界に見えてもやはり違うのだな」
「そうですねぇ。……バス停があると言うと、バスも来るのですか?」
来るならばちょっと見てみたいな、と独楽が思っていると、
「いや、バス自体はあるが、元の区画にある乗り物の類は、燃料がないので全滅だ」
と若利は言った。バスなどの乗り物だけではなく、農作業に使っていた機械も燃料がないため動かないそうだ。
「神力で代わりが出来ないか、と試行錯誤してはいるんだが、なかなか上手くはいなくてな」
神雷とは烏玉を媒介にして発動するものだ。その烏玉を何とかうまく加工出来ないか、と若利がやっているそうだが、難航しているらしい。
「それならお手伝いしますよ。わたし、烏玉いじるのは結構好きですし」
独楽が手を挙げると、若利は「それは助かる!」と嬉しそうに言った。源三たちも少し期待の眼差しを向けている。
だが信太だけは尻尾を揺らし、
「独楽さま、烏玉いじる時、マッドですー」
と言った。その言葉で若利たちが感じていた期待に、どばっと不安が混じる。複雑な視線を向けられ始めた独楽は大慌てで手を振った。
「ここここら信太、何を言い出すのですか。え? あの、若様、皆様? いやいやいやいや、大丈夫! 大丈夫ですよ!? 確かにちょーっと変なテンションになる時はありますけど、あくまでちょーっとですし! 仕事はちゃんとしますので、信用してください!」
弁解すればするほどに怪しく見える。あまりに必死にアピールする独楽に、やがて若利たちは噴き出して笑った。
「ああ、大丈夫だ。昨日の一件で、きみの事は信用しているよ」
「あ、あはは……ど、どうも……」
何だか居た堪れなくなってきて、独楽が信太を見て肩をすくめた。信太は素直で正直だが、多少空気も読む事を教えるべきか、と独楽は思った。
「えっと、それで話を戻しますが……バスはないんですよね? それならお小夜ちゃんはどうしてバス停に?」
独楽が尋ねると、若利は少し目を伏せる。
「……人を待っているのだと思う」
苦さを交えたその言葉に、独楽は何となく理解した。恐らく小夜が待っている相手は、この世界が継ぎ接ぎ世界になる前に離ればなれになった相手なのだろう。
数多の世界に同時に起きたこの異変。それは切り取られた世界の内側と外側の完全な断絶を意味する。
こうなった理由も分からず、元の世界に戻れるという可能性も見当たらず。せめて切り取られた世界の中に大事なものや、大事な人がいればまだ良かっただろう。
異変が起きたのは十年前だ。小夜が産まれたばかりの頃に離ればなれになった人、若利の家に住んでいる事。それを合わせて考えられるのは、小夜が待つ相手は彼女の家族なのだろう。
「イナカマチ区画には、わしらみたいなじいさんばあさんばかりで、若様やお小夜みたいな子供はほとんどおらんくてなぁ。あんたも気に掛けてやってくれると嬉しいよ」
僅かに暗くなった雰囲気を振り払うように、源三は明るい声で独楽にそう頼んだ。独楽は胸を叩いて「お任せを!」と力強く頷く。信太もそれを真似して「おまかせをー」と言うと、それが面白かったのか、源三たちは噴き出して笑った。
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