第6話 イナカマチ区画の来訪者 6

 ――――ふと、懐かしい夢を見て、独楽は目を覚ました。


 その耳に、サラサラと水の流れる音が聞こえる。どうやら川の傍にいるらしく、時折、ポチャン、と何かが跳ねる音も聞こえて来ていた。


「おお、信太は魚を捕まえるのが上手いな。ほら見ろ、こちらももう一匹だ」

「わーお魚、大漁ですなー」


 涼やかな音に加えて、賑やかな声も聞こえて来る。片方は信太のようだ。そんな事を考えながら、独楽は目を開けた。


「…………う、お」


 目を開けた一瞬、飛び込んで来た眩い光に、チカチカと目が眩む。その眩しさに独楽は目を細めた。だんだんとはっきりとしてきた視界に、原色の青空と、濃い緑色に染まる木々の葉が映る。正に鮮やかという言葉通りの夏の風景だった。


「ここは……」


 寝起きのぼんやりとした頭で独楽が呟くと、その声が聞こえたようで、


「独楽さまー」


 と、信太がぴょんと跳ねて駆け寄って来た。

 信太はテトテトと独楽の顔の近くまでやって来ると、頬にすり寄る。川に入っていたようで、信太の体は水に濡れていた。普段ならばふわふわとした毛並は濡れて冷たい。夏の暑さの中にいる独楽には、その冷たさが心地よく感じた。


「信太?」

「おはようございますー」

「おはようございます。……という時間では、なさそうですね」


 独楽は信太に手を伸ばして触れると、頭から背にかけてゆっくりと撫でる。信太は独楽に撫でられて気持ちが良さそうに目を細めた。

 そうしていると、信太に遅れてもう一人、独楽に近づいて来る者がいた。


「ああ、気が付いたか」


 独楽が顔を向けると、そこにはつい先ほど魔獣に追われていた青年がいた。

 青年は独楽の傍までやって来ると、ひょいとしゃがんで独楽の顔を覗きこむ。微妙に近い。何か言おうかと独楽が考えている内に、納得したように青年は離れた。


「うむ、顔色は悪くないな」

「あなたはさっきの魔獣の……って、うん? あれ? わたし、どうなっていました?」


 独楽はどうにも倒れた前後の記憶があやふやになっているようだ。まだ少し寝ぼけているからだろう。ぼんやりとした顔で独楽が首を傾げて尋ねると、


「空腹と神力切れで目を回したのであろう? 信太が言っておったぞ」


 と、青年は答えてくれた。


「空腹と神力切れ……ああ」


 独楽は右手をペチンと顔にあてて、小さな声で「不覚」と呟く。青年に言われて、ようやく記憶が繋がってきたようだった。


「独楽さま、独楽さま。若利さまが、独楽さまをここまで運んできてくれたんです」

 頭を抱えている独楽に、信太もそう教えてくれた。若利と信太に呼ばれた青年は、右手をひらひらと軽く振って、

「いやいや、俺など、引き摺って進むくらいで精いっぱいだったよ。……ところで数回程諸々にぶつけたが、大事ないか?」


 と、後半は若干言い辛そうに言った。言われてみれば確かに、頭やら体やらのあちこちが痛い気がする。どうやら信太の言うように、若利が独楽をここまで運んできてくれたようだ。


「いえ、大丈夫です。こう見えて割と頑丈ですので」


 独楽は笑ってそう言うと、体を起こし、若利に向かって頭を下げた。


「それよりも、大変お手数をお掛けしました。あのまま倒れていたら、他の魔獣に食われるところでした。わたしは相良独楽と申します」

「いやいや、お互い様さ。俺は上賀茂若利(かみがもわかとし)と言う。こちらこそ、先ほどは助かった。改めて礼を言わせてくれ」


 若利と名乗った青年も頭を下げる。信太も二人を真似してちょこんと頭を下げる。


――――その途端、独楽と信太の腹の虫が鳴いた。


「ぶはっ」


 腹の虫がほとんど同時に鳴いたものだから、若利はおかしくなって噴き出した。独楽は「ぐおお」と恥ずかしそうに呻いて片手で顔を覆う。


「何だ、腹ぺこか?」

「いや、その、ははは………ハイ」

「なら、飯にしよう。そろそろ良い感じに焼き上がる頃だぞ」

「飯?」

「魚です。お魚です。信太もがんばりました」

「ああ、なかなか上手だったぞ」 


 若利に褒められて、えへん、と信太が胸を張りながら、トテトテと歩いて行く。

 独楽がその後ろ姿を目で追っていくと、その先にはパチパチと燃える焚火があった。その焚火の周りでは魚が焼かれている。念願の食べ物に独楽の目が輝いた。

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