第913話 ご主人、僕には茂が輝いて見えるよ

 翌日の午前8時50分、藍大はDMUが主催するWeb会議に参加するべくノートパソコンの電源を入れた。


 藍大の膝の上には小さくなったリルが待機しており、いつでも藍大に撫でてもらえるようにしている。


『ご主人、今日の会議は出席者が多いよね。無事に進むのかな?』


「どうだろうな。利権争いにならなけりゃスムーズに進むと思うが」


『いざとなったら伊邪那美様の名前を出しちゃえば良いよ。この国の神々の取りまとめをしてる伊邪那美様に会議の結果は全部報告するんだから、醜い争いをしたらどうなるかわかるよねって言えば変な欲をかく人はいないと思う』


「よしよし。リルは賢いなぁ」


「クゥ~ン♪」


 藍大に頭を撫でられてリルは嬉しそうに鳴いた。


 Web会議のアプリを開き、ミーティングルームに入った時には既に藍大以外の出席者が待機していた。


 5分前行動のできる者達しかこの会議には参加していないようだ。


 カメラをオンにしている者は誰もいなかったが、藍大が会議に参加したことで真奈と志保がカメラをオンにして身を乗り出す。


『『逢魔さん、リル君、おはようございます!』』


 藍大はまだカメラもマイクもオンにしていないにもかかわらず、リルがいる前提で声を揃えて挨拶する真奈と志保はリルを怯えさせる。


『ご主人、天敵1号と天敵5号が怖い。なんでカメラもマイクも切ってるのに僕がいるってわかるの?』


『リル君が会議の際に逢魔さんの膝の上に座るのはモフラーの常識です』


『これを知らないモフラーはモフラーに非ずです』


『ご主人! やっぱり天敵はヤバいよ! 僕の声が聞こえてないはずなのに応答してくる!』


「よしよし。リル、落ち着こう。大丈夫だ。俺が一緒だからな」


 マイクをミュートにしているにもかかわらず、自分の疑問に答えて来る天敵の存在はリルにとって恐怖でしかない。


 尻尾を股下にしまい込んでプルプルと震えるリルに対し、藍大は優しくその頭を撫でて落ち着かせた。


 こんなやり取りをしている間に午前9時になり、カメラをオンにした茂が1柱と1人を注意する。


『定刻になりましたのでモフラーは静かにして下さい。皆さんのカメラがオンになりましたら会議を始めます』


『ご主人、僕には茂が輝いて見えるよ』


「そうだな。あいつは言う時にビシッと言う奴だ」


 リルは茂が天敵達に遠慮せず注意したのを見て尻尾をブンブン振った。


 藍大はリルが元気になったのを見て微笑みながらそれに同意した。


『本日は急なお呼び立てにもかかわらず、朝早くからご参加いただきありがとうございます。この会議に参加いただきましたのは国内トップ10のクランの代表者に加え、DMU本部長の吉田と司会の私、芹江です。皆様、円滑に会議が進行するようにご協力よろしくお願いいたします』


 茂は画面の先にいる出席者達に向けて頭を下げた。


 本日の出席者をクランのランキング順に並べると以下の通りだ。


 ”楽園の守り人”の藍大とリル。


 ”レッドスター”からはモフ神にしてサブマスターの赤星真奈。


 ”グリーンバレー”からはサブマスターの緑谷麗華。


 ”ブルースカイ”からはクランマスターの青空瀬奈。


 ”ホワイトスノウ”からは白雪のマネージャーにしてサブマスターの宇佐美仁志。


 ”ブラックリバー”からはクランマスターの黒川重治。


 ”迷宮の狩り人”からはクランマスターの薬師寺成美。


 ”近衛兵団”からはクランマスターの神田睦美。


 ”雑食道”からは雑食神にしてクランマスターの伊藤狩人。


 ”ゲットワイルド”からはクランマスターでバーバリアンの二つ名を持つ未開拓みかいひらく


 クランマスターが参加していないクランもいるが、どれも抜けられない用事があってのことだ。


 ”レッドスター”の赤星誠也は弐番隊~陸番隊を率いてF国に遠征しており、今もF国の冒険者と共にダンジョン探索をしているので欠席している。


 ”グリーンバレー”の緑谷大輝は地元の大学で講演会を開くことが3ヶ月前から決まっており、学生達が楽しみにしているのを知っていたのでスケジュール変更ができなかった。


 ”ホワイトスノウ”の有馬白雪は近日公開予定の映画の番宣で生放送の番組に朝から出演する都合上、代理として仁志を会議に出席させた。


 なお、成美は奈美の弟である薬師寺研と結婚して名字が薬師寺になっているけれど、それはまた別の話である。


『それでは本部長の吉田より挨拶を行い、これ以降の進行をバトンタッチします』


『皆様、おはようございます。吉田です。本日はお忙しいところ集まっていただきありがとうございます。皆様に急遽お集まりいただきましたのは、逢魔さんが宝箱から引き当てた羽化の丸薬の件で相談するためです』


 そう言って志保は羽化の丸薬をカメラに映し出した。


 藍大から羽化の丸薬を手に入れたと事前に知らされていた成美と睦美は驚いていなかったが、それ以外の出席者は目を丸くしていた。


 原則として、会議中は発言した時に挙手ボタンを押して指名された時以外はマイクをミュートにすることになっている。


 そうしなければ、10人以上いる会議でそれぞれ自分のタイミングで言いたいことを言ってしまい、誰が何を話しているのかわからなくなる恐れがあるからだ。


 何人か挙手ボタンを押したが、最速でボタンを押したのは瀬奈だったので志保は瀬奈を指名する。


『一番速かった青空さんから伺います』


『ありがとうございます。早速質問させてもらいますが、この会議は羽化の丸薬の作成を分担するためのものでしょうか?』


『その通りです。現在、国会にて国民総覚醒案が可決され、日本に居住する未覚醒者を羽化の丸薬で覚醒させることが決まりました。一度に未覚醒者全員を覚醒させるのは難しいですが、日本国籍を持った15~64歳の未覚醒者を第一優先、0歳から14歳を第二優先、65歳以上を第三優先として順番に覚醒させます』


『重ねて質問します。生産年齢を優先するのは理解できますが、冒険者は40~64歳で戦闘職の職業技能ジョブスキルに覚醒したら無駄ではありませんか? ダンジョン探索を行う冒険者の国内最年長が39歳だったと把握しております。もしかして、ダンジョン探索に期待ができない方々には転職の丸薬を提供するのですか?』


 瀬奈の言い分は頷けるものだったが、それに対して異議ありと主張するように麗華が挙手ボタンを押していた。


『ご主人、”ブルースカイ”のクランマスターと”グリーンバレー”のサブマスターって犬猿の仲だったよね。喧嘩しそうじゃない?』


「喧嘩するビジョンしか見えない。ほら、茂を見てみろ。胃薬を飲み始めたぞ」


『ほんとだね。茂が胃薬を飲んでるなら間違いなく喧嘩するよ』


 藍大とリルが苦笑しながら話していると志保が麗華を指名した。


 麗華は藍大達の予想通りに瀬奈に食って掛かった。


『瀬奈の主張に異議ありだわ。私の父は60歳を超えたけど、名前の売れてない冒険者なら軽く倒せるぐらいには強いの。父のような隠れた実力者が他にもいるだろうし、最初から可能性を狭めるのは良くないわよ』


『ニッチな層を拾い上げるために貴重な羽化の丸薬を捨てるにも等しい行為を許容することはできない。もしも貴女がそうしたいなら、貴女のクランで作った丸薬を40歳以上の未覚醒者に渡しなさい。私のクランまで巻き込まないでもらえるかしら』


『何を~!?』


 早速喧嘩し始めた瀬奈と麗華を見て、茂は藍大に個人チャットでなんとかしてくれと助けを求めて来た。


「茂はモフラーを止められても喧嘩っ早い代表者達は止められないか」


『ご主人、茂は僕のことを助けてくれたんだ。お礼に助けてあげて』


「そうだな。リルを助けてくれたんだから、そのお返しぐらいはしてやるか」


 藍大はリルに頼まれて瀬奈と麗華を仲裁することに決めた。


 藍大の挙手ボタンが押されて志保が指名すると、言い争っていた瀬奈と麗華がピタッと止まった。


 お互いにムカつく相手を言い負かそうとした結果、自分達がやってはいけないことをやってしまったと察したようだ。


「二度目はありません。良いですね?」


『『はい』』


 藍大にそう言われれば瀬奈も麗華もNOとは言えず、それ以降はずっとおとなしくしていた。


 会議は藍大が睨みを利かせたおかげでこれ以上揉めず、志保が用意したプランで各クランに羽化の丸薬の作成ノルマが課された。


 転職の丸薬についてはテイマー系冒険者以外の物について少しずつレシピが公開され始めたため、用意したいならば各自で勝手に用意することが決まった。


 最後に羽化の丸薬が大流行した感染症と同様に国の負担で未覚醒者に支給されることが近日中に報道されることが知らされ、本日の会議は終了した。


 余談だが、会議が終わった後にリルと茂が互いに感謝の言葉を交わしたと補足しておこう。

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