第888話 そんなに急がなくたってボスは部屋から出られないぞ

 5階はボス部屋の扉から始まった。


「モルガナ、いきなりフロアボスなの?」


「違うでござるよ。ボス2連続でござる」


「何故2連続?」


「5階は現時点で最上階でござる。中ボスをどちらにするか悩んだでござるが、DPに余裕があったから両方ぶち込んでみたでござる」


 モルガナは中ボスの候補を2体に絞り込んだようだが、どちらを選ぶか悩んだ結果どっちも配置してしまえと思いきった選択をしたらしい。


 ボス部屋の扉を開けてみると、その中には煙の精霊とも呼ぶべき存在がランプから飛び出していた。


「ジンLv100。物理攻撃無効。魔法系アビリティが得意なだけじゃなく、敵の攻撃をコピーして反撃できるようだ」


 マージは4階で強化された<梟狼道化オウルフクラウン>を使ってジンのステータスを暴いた。


 ジンに物理攻撃は一切聞かないが、アスタは<闘牛気砲ブルキャノン>を会得していて司も槍に風を付与できるから攻撃手段はある。


 自分も戦えると張り切るアスタは早速自分の役割を果たそうと動き出す。


「Look at me!」


 <絶対注目アテンションプリーズ>を発動してアスタはジンの注目を集めた。


 てっきりアスタが攻撃してくると思っていたため、ジンは<模倣反撃コピーカウンター>を発動していた。


 ところが、アスタが使ったのは<闘牛気砲ブルキャノン>じゃなくて<絶対注目アテンションプリーズ>だったから、真似して反撃しようとしてもそもそも攻撃じゃない時点で不発に終わった。


 ジンの<模倣反撃コピーカウンター>が不発に終わった隙に、アスタは<賛筋昂耐マッスルインプライド>で存分に盾役を行えるように準備する。


「よっしゃ行くぜぇぇぇ!」


 健太がダメージを小さく積み重ねられるようにエネルギー弾を発射していく。


 しかし、ジンの体は竜巻に守られてエネルギー弾を防いだ。


「蠅が鬱陶しいぞ」


「あ? 誰が蠅だって?」


「そう言えば健太はサクラに虫扱いされてたな」


「マージ!? なんでジンと一緒に俺を精神的に攻撃するの!?」


 ジンの言葉にマージが反応した後、健太が味方であるはずのマージに庇ってもらえずに抗議した。


「何遊んでんの!」


 司は健太達にツッコミつつグラスカルプに風を付与して投擲した。


 回転するチェーンソーの刃によって竜巻の壁が削り取られ、それだけでなく風を付与していたことで竜巻をすり抜けたグラスカルプがジンにダメージを与えた。


 まさか竜巻の壁を突破されるとは思っていなかったらしく、負ったダメージで集中が途切れて竜巻の壁が消えた。


「凍りたまえ」


「カチコチにしてやるでござる!」


 マージとモルガナがそれぞれ<吹雪砲ブリザードキャノン>と<冷獄吐息コキュートスブレス>を放ち、それらに命中したジンの体が凍り付いた。


 アスタはここぞとばかりに<闘牛気砲ブルキャノン>を放って氷像になったジンを砕いた。


「う~ん、ナイスバルク」


「自分で言うのかよ!?」


 健太のツッコミに司達は頷いた。


 最後の一撃はツッコミどころがあったけれど、ジンを無事に倒したため司達はランプと魔石を回収した。


 魔石はモルガナに与えられ、<分解吐息デモリッションブレス>が<霧分解ミストデモリッション>に上書きされた。


 今まではブレスに触れた物を分解する効果だったが、上書きされたことで霧に触れた任意の物を分解できるようになった。


 分解の技術に柔軟性が出た強化だと言えよう。


「残念でござる。やはり神様の名前の付いたアビリティがゲットできないでござる」


「こればっかりは仕方ないよ。僕もどうすれば神様に興味を持ってもらえるかわからないんだもん」


「ゲンが言ってたでござる。楽をしてるのに神の力なんか借りられるはずないって」


「なんだかんだゲンって色々とよく見えてるよね」


 司とモルガナは神に興味を持ってもらえない者同士しょんぼりした。


 ジンを倒して次の部屋に行こうとした時、マージは部屋の隅にとある窪みを見つけて待ったをかけた。


「こっちに来てくれ」


「何かあったの?」


「宝箱か?」


「プロテイン?」


「「「それはない」」」


「そんなもの置いておかないでござるよ」


 アスタの疑問に司と健太、マージの反応がシンクロしてモルガナは”ダンジョンロード”としてあり得ないと首を横に振った。


 マージが指し示す場所には丁度ランプが填まる窪みがあったため、司は収納袋に一度しまったジンのランプを填め込んでみた。


 その直後にランプは地面の下に沈んでいき、それが底まで到着して見えなくなったら今度は三つ又の祠が代わりに地上に出て来た。


「マージ、鑑定よろしく」


「うむ。これは合成の祠だ。簡単に言えば、ドライザーの<鍛冶神祝ブレスオブヘパイストス>みたいにそれぞれの祠に納めた物を合成するギミックだな」


「むぅ、バレたでござるか。案外気付かれないかと思ったのでござるが」


「残念、3つか。2つなら俺のコッファーを合成させてもらおうと思ったが、ここは司の3本の槍でどうだ? レプリカ2つとそれに準ずるグラスカルプを合成したら、神器ができるかもしれないし」


 健太が物わかりの良いことを言うものだから、司は目をパチパチさせてから訊ねる。


「良いの?」


「良いってことよ。その代わり、今度パンドラに尻尾ビンタされそうになった時には庇ってほしい」


「・・・わかった」


 まずは尻尾ビンタされないようにしなよと言いたいところだったけれど、司も今回ばかりは自分の武器が神器になるのではと期待しているので一度だけ健太を助けることにした。


 そして、ゲイボルグ=レプリカとアラドヴァル=レプリカ、グラスカルプを合成の祠に納めた。


 次の瞬間、合成の祠が光に包み込まれた。


 光の中で合成の祠のシルエットが圧縮されて1本の槍に代わり、光が収まると稲妻に似た切れ込みがあるノコギリのような独特の形状の穂先をしている黒い槍だけが残った。


「司、良かったではないか。その槍はアナザーゲイボルグ。神器だぞ」


「本当!? マージ、効果も教えて!」


 マージは司に訊かれてアナザーゲイボルグの性能について説明した。


 1つ目は投げると最大30本まで分裂し、攻撃が命中する度にVITの数値が一時的に5%削れる。


 2つ目は黒炎を付与できること。


 3つ目は破壊不能であること。


 4つ目は使用者が死ぬまで変わらず、今は司専用であること。


 マージの説明を聞いて司が舞い上がっている隣で健太は疑問を呈する。


「すごい性能だなぁ。でも、なんでアナザーとか付いたんだ?」


「そこまでは私にもわからぬ。だが、本来のゲイボルグは筋骨隆々のクー・フーリンが使ってたのだろう? 性能は落ちていないが司に合わせて変わったからアナザーなのだろう」


「司がアナザーゲイボルグを手に入れたって公表したら、司の二つ名が変わっちゃうかもなぁ」


「早くアナザーゲイボルグを試そう。さあ行こう」


「そんなに急がなくたってボスは部屋から出られないぞ」


 司は早くアナザーゲイボルグを試したくて仕方ないらしく、健太達を急かした。


 健太達は司もはしゃぐことってあるんだと微笑ましい気持ちで司の後に続いた。


 5階はボス部屋が2体いるというのはモルガナから教えてもらっている。


 つまり、この扉の先にいるのは2体目のボスということになる。


 司達は扉を開いてその中に足を踏み入れた。


 そこで待ち構えていたのは中世的な見た目だが格の高そうな悪魔だった。


 手にはハルバードを握っており、司達を視界に捉えた悪魔は不敵に笑った。


「よくぞここまでたど」


「それっ!」


「ギニャァァァァァ!」


 長い口上を聞いている時間を惜しいと思ったようで、司が敵の喋っている途中でアナザーゲイボルグを投擲した。


 それはいきなり限界本数の30本まで分裂し、黒炎を纏った状態で悪魔に次々と突き刺さった。


 情けない叫び声と共に仰向けに倒れた悪魔を見てマージは哀れなものに向ける目をしながら説明する。


「出会って5秒で力尽きたのはシャイターンLv100。というか健太よ、何をしておるのだ?」


「ん? 折角だから司がどんな風に戦うか撮ってたんだ。ばっちり撮れてるぜ。動画のタイトルは司きゅんのスーパー虐殺タイムかな」


「その動画が世間に公表されたら、司が舞殿のように危険視されるでござる! それは駄目でござる!」


「モルガナ、まだ録画中なんだけど舞に知られたらどうなるだろうな?」


「なっ、汚いでござる! 拙者を脅して何をさせるつもりでござる! そんなことをしたらパンドラに健太が拙者をいじめたと言いつけてやるでござる」


 健太がニヤニヤしながら言えば、モルガナは対抗話法を用意していてそれで応じた。


「OK。わかった。公表するのは司がシャイターンを倒した5秒間だけだ。後はお互い黙っておこうじゃないか」


「・・・それで手打ちでござる」


 健太はパンドラを恐れ、モルガナは舞を恐れているため事態は平和な解決を迎えた。


 その後、シャイターンの魔石はマージに与えられ、マージの<緋炎柱クリムゾンピラー>が<緋炎領域クリムゾンフィールド>に上書きされた。


 探索を終えた司達はダンジョンを脱出し、掲示板を騒がせることになった。

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