後日譚7章 セタンタ、神に見初められる

第879話 筋肉が斧を振るえと命じた

 2月2日の月曜日、司と健太、マージ、アスタ、モルガナのパーティーはシャングリラリゾートの北端にある迷路ダンジョンにやって来た。


 迷路ダンジョンとは元々N12ダンジョンと呼ばれていたダンジョンであり、モルガナが管理している場所だ。


 シャングリラリゾートにあるダンジョンなのにいつまでも旧C国時代の名称にしておくのもいかがなものかと思い、昨日改装が終わった時に名称も変えたのである。


 今日は改装後のお披露目ということで、司達がシャングリラダンジョンの探索を中断してこちらに来た。


 また、今はパーティーを離脱している麗奈と未亜だが、それぞれ礼基れいきという男の子とあんという女の子を無事に出産して育休中だ。


 礼基も杏も両親と同様に超人として生まれ、礼基は拳闘士で杏は笛戦士の職業技能ジョブスキルだった。


 礼基と杏がどんな職業技能ジョブスキルを持って生まれるかだが、これは占術士の蘭が予言を命中させたことで軽く騒ぎになったことは置いておこう。


「今日こそパンドラに尻尾ビンタされないようにしなければ」


「健太、それオフの日以外毎日聞いてるけど毎回ビンタされてるじゃん」


「今日こそパンドラに尻尾ビンタされないようにしなければ」


「繰り返して自分に暗示をかけてるのかな?」


 健太が一言一句同じことを言うものだから、司が苦笑してそう言うとモルガナがやれやれと首を振る。


「無駄でござる。拙者、健太がパンドラに尻尾ビンタされることに今日手に入れるだろう魔石の権利を賭けても良いでござるよ」


「私も同じだ。アスタもそうだろう?」


「Oh, Yes」


 マージに話を振られてアスタはポーズを決めながら同意した。


 誰からも自分がパンドラに尻尾ビンタされない未来は来ないと認識されて健太は抗議する。


「なんてことを言うんだ! 俺だってパンドラに尻尾ビンタを喰らわない日が来るかもしれないだろ!」


「「「ない」」」


「ナッシング」


「あァァァんまりだァァアァ!」


 パーティーメンバー全員からある意味信頼されている健太は精神的に傷ついたふりをしてボケに走った。


 その流れは呼吸をするように自然であり、司達にそういうところが駄目なんだとジト目を向けられている。


 気を取り直して迷路ダンジョンに入った司達だが、ダンジョン内は背の高い生垣のある庭園のようだった。


「迷路っていうからもっと無機質な感じで来ると思った。モルガナ、意外とお洒落に仕上げたんだね」


「拙者、誰よりも熱心にブラド先輩のダンジョン経営学を学んでる自負があるでござる。モンスターがいて宝箱さえあればダンジョンだなんて考えでは駄目でござる。景観にも拘ってこその”ダンジョンロード”でござる」


 インタビューを受けている匠のように気持ち良く喋っているモルガナの隣で、マージとアスタは生垣に攻撃を仕掛けていた。


「ふむ、植物ゆえよく燃えるな」


「ムッ筋!」


「ちょっ!? 何やってるでござるぅぅぅ!」


 マージは片側の生垣を<緋炎柱クリムゾンピラー>で燃やせるか確かめており、アスタは<破壊斬撃デストロイスラッシュ>で反対側の生垣に特大の斬撃を放っていた。


 マージもアスタも司のパーティーに派遣されているとはいえ、元々は藍大の従魔だ。


 主人と同じで常識に囚われないダンジョン探索を行う癖がついているらしい。


 生垣は植物だからマージの予想通りによく燃える。


 あっという間に炎が通路の奥へと燃え広がっていった。


 アスタの斬撃も威力が強く、生垣自体はダンジョンの壁よりも強度が低かったせいで斬られた部分が地面にずり落ちた。


 これには改装したモルガナもなんてことをしてくれたんだと抗議した。


「迷路とは迷わせるためにあるもの。ならば壁を壊して自分が思う最短経路を進めば良かろう?」


「それは”ダンジョンロード”泣かせの発想でござるよ!」


「筋肉が斧を振るえと命じた」


「アスタに関しては訳がわからないでござる!」


 パンドラがいない今、マージもアスタも自由に振舞っており、モルガナは気づけば司と一緒にツッコミ役になっていた。


 マージの場合はボケとツッコミが半々ぐらいだけれど、アスタがボケに振り切れているからモルガナは司のパーティーに正式に派遣されてからツッコんでばかりだ。


 入口でわちゃわちゃしている間に通路の奥からモンスターの群れが集まって来た。


 それは入口付近が騒がしいからでもあり、いきなり生垣が燃えてびっくりして入口方面に逃げようとしたからでもあった。


 向かって来るモンスターの外見は切り株と蜘蛛を融合させたようなものであり、蜘蛛型モンスターとは比べ物にならないぐらい重厚な足音を鳴らしている。


「ツリースパイダーLv50。雑魚モブだね」


 マージはパンドラがパーティーを抜けてから会得した<学者スカラー>で敵の正体を鑑定した。


「マッスルイズビューティフォー!」


 アスタが<絶対注目アテンションプリーズ>を発動したことで、ツリースパイダーの群れがアスタ目掛けて速度を上げる。


「ヒャッハー! 燃えろ燃えろー!」


 健太は火の玉を発射し、ツリースパイダーを燃やしていく。


 Lv50の雑魚モブモンスターではシャングリラダンジョンで鍛えられた健太の火の玉ですぐに黒焦げだ。


 それを見て司は健太にジト目を向ける。


「健太、調子に乗り過ぎ。素材が駄目になってるじゃん。今日もパンドラに尻尾ビンタしてもらおうか」


「しまったぁぁぁ!」


「やっぱり健太はパンドラに怒られる運命だったでござる」


「成立しない賭けだったな」


 頭を抱える健太に対してモルガナとマージはやれやれと首を振った。


「あぁ、炭になっちまったな。いや、ちょっと待ってくれ。この炭、バーベキューで使えるんじゃね?」


「そりゃ使えなくはないだろうけど、帰ったら藍大に相談だね」


「そして健太はパンドラに往復尻尾ビンタされるでござる」


「バーベキュー開催の口実ができたんだし恩赦じゃ駄目?」


「尻尾ビンタをするかしないかは拙者の判断ではござらぬ。パンドラに直接異議を申し立てるでござる」


「終わった」


 調子に乗ってやらかしたのは事実だから、健太は今日も尻尾ビンタを受けることになるだろうと察した。


 大量の木炭になったツリースパイダーを回収した後、司達は通路を狼形態になったマージの案内で進んだ。


 <梟狼切替オウルフチェンジ>を使えば、マージは梟紳士と狼の2種類の姿になれる。


 狼形態は探し物や敵の察知に都合が良いので、最近のマージはダンジョン探索中に狼形態でいることが多い。


 迷路を最短経路で進んでいくと、ツリースパイダー以外のモンスターが現れる。


 それは生垣の中に潜んでいた。


「「「「「シャァァァァァ!」」」」」


「今度は僕がやる」


 司はそう言ってゲイボルグ=レプリカを投擲した。


 いくつもの蔓が編み込まれて大蛇を模ったモンスター達は分裂したゲイボルグ=レプリカに貫かれて動かなくなった。


「ヴァインパイソンLv55じゃゲイボルグ=レプリカを一度投擲すれば片が付いてしまうな」


「アラドヴァル=レプリカにしなくて良かったよ。ヴァインパイソンは燃えたら何も残らなそうだし」


 ヴァインパイソンの死体を回収して先に進むと、しばらくはツリースパイダーとヴァインパイソンが司達の探索を阻もうと現れた。


 その度に瞬殺していくこと数回、広場に辿り着いた司達を2体のモンスターが待ち構えていた。


「ウィードレックスLv60とウィードウィザードLv65。それぞれ”掃除屋”とフロアボスだな」


「なんで”掃除屋”とフロアボスが一緒にいるんだ? 俺達だから平気だけど、一般的な冒険者がこの事態に直面したら少々厳しくね?」


「どこかの誰かさん達が生垣を壊して進んだからでござる。生垣が壊されなかったら、”掃除屋”とフロアボスが合流するなんてことはなかったでござる」


 健太の疑問に対してモルガナは戦犯の2体が悪いのだと答えた。


 モルガナとしてもこの事態は想定していなかったらしく、これで文句を言われるのは勘弁してほしいと言外に訴えている。


「つまりあれだ。マージとアスタも俺と一緒に尻尾ビンタされる訳だ」


「凍りたまえ!」


「マチャア!」


 マージが<吹雪砲ブリザードキャノン>でウィードレックスを氷漬けにしたのと同時に、奇声を上げたアスタの<破壊投擲デストロイスロー>がウィードウィザードを真っ二つにした。


 自分達のせいでパーティーにピンチを招いてしまったと知れば、パンドラに尻尾ビンタされると思って慌てて敵を片付けたのである。


「この程度なら何も問題もない。そうだなアスタ?」


「Yes, yes, yes」


「いやいやいや。これは尻尾ビンタ案件でしょ。尻尾ビンタソムリエの俺が言うんだから間違いない」


 健太はなんとしてでもマージとアスタを道連れにしようとしており、マージとアスタは絶対に道連れにはされないとわちゃわちゃ言い争い始めた。


「モルガナ、尻尾ビンタソムリエってなんだと思う?」


「拙者が知る訳ないでござるよ。健太が尻尾ビンタされまくって変なことを言ってるだけでござる」


「だよね。とりあえず、僕達だけでも戦利品を回収しようか」


「了解でござる」


 司とモルガナは言い争う健太達を放置して戦利品をさっさと回収した。

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