第862話 脱ちみっこ調理士を目指して頑張ります!

 掲示板を閲覧した後、時間が来てディレクターが藍大達を呼びに来た。


 ディレクターに連れられてスタジオの近くまで来ると、藍大達は暗いスタジオの中心で白雪がスタンバイしているのを見つけた。


 事前に打ち合わせした通り、スポットライトが白雪を照らしたことで彼女は口を開く。


「ダンジョンが誕生して世界は変わり、冒険者達は富と名声を求めてダンジョンに挑んだ。ダンジョンがもたらした恩恵は世界を発展させたが、宝箱やモンスター素材だけだと誰が決めた? そう、ダンジョンは我々の食事すら変えてみせたのだ!」


 白雪が一旦言葉を切るのと同時にスタジオの照明が全て点いた。


「モンスター食材で頂点を目指せ! 『Let's cook ダンジョン!』」


 番組名を白雪が言い終えた後、オープニングの音楽が流れてそのまま出場者の名前がアナウンスされていく。


『エントリーナンバァァァ、ワァァァン! 銃士に転職しても腕前は上がるばかり! ”ブルースカイ”が誇る美食屋は今度こそ優勝の二文字を勝ち取るのか!? 速水秀!』


 秀は髪をファサーっとやってアピールしてからスタジオに入場する。


 観客席ではキャーキャー騒ぐ女性陣とは対照的に、男性陣へ唾でも吐きそうな苛立ちっぷりが目立った。


 ”リア充を目指し隊”でも紛れ込んでいるのだろうかと思うぐらいには秀がヘイトを集めており、藍大はよくやるもんだと感心と呆れる気持ちが半々だった。


『エントリーナンバァァァ、トゥゥゥ! 扱う食材の幅を広げて表現力は留まることを知らない! ”雑食道”への加入が戦う料理人にどんな奇跡を齎すのか! 伊藤美海!』


 美海は準備できることはやり尽くしたと言わんばかりの堂々とした態度でスタジオに入場する。


 その自信に満ち溢れた姿勢に観客席では男女問わず息を吞む者が多かった。


『エントリーナンバァァァ、スリィィィィィ! 雑食を布教し続けるこの男は世界に信者ができる程の影響力を持った! ”雑食道”のクランマスターにして雑食ミュージアムの主! ”雑食神”伊藤狩人!』


 この時、スタッフや共演者、観客の全てが油断していた。


 秀と美海が普通に入場するものだから雑食神も同様に入場すると思っていたのだ。


 ところが、現実は非情である。


 雑食神が蕎麦を啜って入場エントリーしたのだ。


 わざとらしく大きな音を立てているあたり、その蕎麦は間違いなくただの蕎麦ではないとアピールしている。


 (デジャヴかな?)


 藍大はその光景に見覚えがあった。


 第5回冒険者国際会議の時と同じだったのだ。


 雑食について語るために現れた雑食神は入場する時から雑食を印象付けさせる徹底ぶりだったのだが、なんと「Let's cook ダンジョン!」でもやらかした。


 これには掲示板も大盛り上がりになっているけれど、それはまた別の話である。


 入場した時には汁を飲み干してから手を合わせてご馳走様でしたと言っており、器を収納袋にしまったところで次の出場者のアナウンスが続く。


 アナウンスのタイミングは決まっていて、それまでにパフォーマンスを終わらせる雑食神は流石だと判断すべきなのだろう。


『エントリーナンバァァァ、フォォォォォ! 魔神軍は死皇帝だけではない! 魔神様に料理を教わった秘蔵っ子が優勝を狙う! 進藤綾香!』


 雑食神のパフォーマンスのせいで若干笑顔が硬いけれど、それでもどうにか綾香は笑顔を保ったまま入場した。


 雑食神を除く全ての者から同情の視線を集めるが、それは当然のことだろう。


 常人では雑食神が破壊した空気にやられて足がすくむのだが、綾香は精神的にタフだったから被害は最小限で済んだようだ。


『エントリーナンバァァァ、ファァァイブ! DMU職人班に所属し、魔人様を陰で助ける八王子の父の妻は只者ではない! 食材の目利きもその腕も調理士界隈で知らぬ者はいないちみっこ調理士! 芹江千春!』


 千春が精いっぱい胸を張って歩いて入場するが、他の出場者と比べて身長が低くて子供のように見えてしまう。


 その姿はとてもではないが二児の母とは思えないけれど、家庭ではしっかり母親の役目を果たしている。


 観客席からは小さくて可愛いという声がちらほら聞こえ、これが生放送でなければ小さいって言うなとツッコみたい所を千春は我慢していた。


 出場者が揃うとBGMが止んだ。


「さあ、『Let's cook ダンジョン! 第2回料理大会』が始まりました。司会は”ホワイトスノウ”の有馬白雪が務めます。今日はどんな料理が飛び出すんでしょうかとっても楽しみですね!」


「「「・・・「「そーですね!」」・・・」」」


「実はちゃっかり料理が一品テレビに映ってましたけど、審査員の紹介に移っちゃっても良いですよね?」


「「「・・・「「良いですね!」」・・・」」」


 白雪は観客を巻き込んで雑食神がオープニングで雑食の布教をする雰囲気にはさせない。


 有馬さん、やりますねと言いたげな笑みを浮かべる雑食神はさておき、番組は次の審査員紹介に移っていく。


「それでは審査員の方々を紹介しましょう。今回の審査員はこの方々です!」


 BGMと共に藍大、舞、リルの順番でスタジオに入場した。


「それでは順番に紹介します。”楽園の守り人”から逢魔藍大さん、逢魔舞さん、リルさんにお越しいただきました」


「こんにちは。逢魔藍大です。本日は審査員長として皆さんの作る料理を審査する立場として呼んでいただきました。よろしくお願いします」


「逢魔舞です。食べるのは得意です。よろしくね~!」


『ワフン、僕はリルだよ。今日は美味しい物を期待してるね』


 藍大達の簡単な自己紹介を受けて観客席から拍手が聞こえた。


「自己紹介ありがとうございました。ここで出場者の皆さんから意気込みを伺ってみましょう」


 白雪が話を振ったことでエントリーナンバーの順に意気込みを語ることになった。


「今度こそ優勝するためにやってきました。調理士の枠組みから抜けてパワーアップした僕の力を見せてあげましょう」


 秀は気障っぽく髪をファサーッとしながらコメントをした。


 (この人は髪をファサーっとしないと喋れないのか?)


 藍大はそんなことが気になったけど、生放送でその質問をするのも憚られたので口には出さなかった。


 白雪は秀のコメントに笑顔を崩さずに応じる。


「はい! リベンジ頑張って下さい! 続いて美海さんに意気込みを聞いてみましょう!」


「自分を知り、食材を知った今なら120%の実力で料理を作れる! 楽しみにしててくれよな!」


 120%の実力で料理を作ると聞いてリルの尻尾がゆっくりと横に揺れた。


 藍大の料理程ではないがちょっと気になるようだ。


 それは白雪も同じである。


「120%の実力の料理、気になりますね。楽しみにしてます。続いて雑食神の意気込みを聞いてみましょう!」


「どーも皆さん、雑食神です。今日は手を出しやすい雑食料理で皆さんの心をグッと鷲掴みします」


 スタジオにいる雑食神以外は掴んだらその手を決して離さないのではないかと思ったが、誰もそれを口にしたりしなかった。


 下手に口にして現実になっては困るからだ。


「番組をご覧の皆さんにお伝えしますが、逢魔さんチェックが入ってますので放送できない食材は出てきませんのでご安心下さい」


 白雪がこの注意文言を口にするのは元々決まっていたことだ。


 雑食神が出演すると決まった時点で番組側から必ず言ってほしいとリクエストがあったのである。


 当事者の雑食神は若干物足りなさそうな表情をしているが、「Let's cook ダンジョン!」は雑食神のための番組ではないので仕方あるまい。


「続いて進藤さん、意気込みをお願いします!」


「はい! 今日は逢魔さんに料理を教わってる身として悔いのない料理を作ります!」


「フレッシュな感じがして良いですね。最後に芹江さん、意気込みをお願いします!」


 綾香が雑食神のざわつかせた空気をリセットしてくれたことに感謝し、白雪は千春にコメントを求めた。


「脱ちみっこ調理士を目指して頑張ります!」


 グッとファイティングポーズになった千春に対し、その場にいる者全員が温かい目を向けた。


 ちみっこ調理士の二つ名から脱却することは難しいと思うけれど、千春を応援したい気持ちは誰しもが抱いたのである。


 少し予想外な事態は起きたが、概ね予定していたスケジュールで出場者と審査員の紹介が終わったため、白雪は料理大会のルール説明に移ることにした。

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