後日譚3章 モフ神、MOF-1グランプリで審査する

第831話 モフらないモフ神はただの人よ

 モフ神こと赤星真奈の朝は早い。


 7月に入ると朝でも暑く感じる日は多い。


 そんな暑さの中、真奈はガルフと一緒にランニングをしていた。


「ガルフは本当に走るのが好きね」


『健全な精神は適度な運動によって保たれるんだよ』


 なんということでしょう。


 ガルフは自分が走って気分転換するだけでなく、真奈に運動ランニングさせることで少しでもモフ欲を発散させようとしていたのだ。


 残念ながら、ランニング程度では真奈の溢れて床がびちゃびちゃになるぐらいのモフ欲は収まらないのだが、それでも止める訳にはいかない。


 最初は赤星家からガルフが真奈を背中に乗せて移動し、日によって変わるランニングスポットに到着したら真奈を降ろして並走する。


 真奈が早起きしてでもガルフに付き合う理由だが、ガルフが自分にお願いすることが珍しいからだ。


 モフらないでほしいとか、モフるのも加減をしてくれとお願いされても対抗話法えっ、なんだって?を使って誤魔化すけれど、ガルフが一緒に走りたいと言えば真奈は喜んでそれに付き合う。


 従魔の食事や戦闘にも真奈は気を遣っているので、本当にモフり始めなければ真奈は良い主人である。


 もっとも、モフラーがモフ欲を我慢できるはずないから、モフり始めなければなんて前提に意味はないのだが。


「ガルフが素直で良い子なのは運動してるお陰ってことね」


『そうだけどそうじゃない』


 自分がまともという前提で発言する真奈にどうしたものかとガルフは顔が引き攣った。


「何か含みのある言い方じゃないの。言ってごらん。聞いてあげるから」


『主人も毎日一緒に走ってるんだから、そろそろ健全な精神を手に入れてほしい』


「健全だよ? 1日はモフモフから始まってモフモフで終わってるし、ストレスに悩むことのない生活を送ってるわ」


『そのモフモフで解消してる欲求のことを言ってるんだけど?』


「モフらないモフ神はただの人よ」


 ガルフは悩んだ。


 真奈のモフ欲を抑えるにはどうすれば良いか。


 どうすれば良いかなんてわからなかった。


 自分自身を惨めに感じ、同時に悔しさが溢れて来た。


 無力感に襲われてしばらく一言も喋れなかった。


 そうだとしても、走る脚だけは止めたりしないのはガルフがまだ諦めていないからだろう。


 どうにか反論したいガルフは知恵を振り絞って口を開く。


『モフ神ってモフモフのことを考えない神様なの?』


「・・・か、考えてるよ?」


『愛でる対象モフモフがもう止めてって言ったら止めるのがモフモフを司るモフ神様だと思うんだけど』


「モフラーの中のモフラーであり、極まったモフ欲を持つから私はモフ神なのよ」


『それはもう悪神なのでは?』


「うぐっ」


 神として認定された真奈は悪神にならないようにと伊邪那美達から注意されている。


 悪神認定されてしまうと、状況によっては善神に退治されてしまうのだ。


 自分が悪神と見做されて退治されてしまえば、もう二度とモフモフをモフることはできなくなる。


 というよりも存在ごと消滅させられる。


 その事態だけは避けたい真奈がこの段階になって初めて慌てた。


「話せばわかる。話せばわかるわ」


『どうしようかな』


 形勢を逆転したガルフは初めて優位な立場に立てたことにより、先程の無力感が嘘のような清々しい気分になった。


「かくなる上は」


『かくなる上は?』


「ガルフを説得ハードモフモフする」


「クゥ~ン・・・」


 なんで反省しないで口封じに回ろうとするんだとガルフはしょんぼりした。


 ガルフの脚が止まってしまったあたり、もうお手上げだと思っているようだ。


 ランニングによって真奈が健全な精神を得られなかったため、ガルフはランニングを切り上げて帰ることにした。


 意味のないことをこれ以上続けても仕方ないと諦めたのだ。


 この場では引き下がったが、ガルフは真奈のモフ欲をどうにかすること自体を諦めた訳ではない。


 どうにかして藍大やリルに相談しなくてはとガルフは帰り道で頭を回転させるのだった。


 帰宅してシャワーを浴びてから朝食を取った後、真奈は書斎で8月に行われるビッグイベントの企画書をノートパソコンの画面に映し出した。


 そのビッグイベントとはMOF-1グランプリである。


 モフラーにとって一番熱いイベントはと訊かれたら、100人中100人がMOF-1グランプリと答えるのは間違いないだろう。


 真奈は第2回MOF-1グランプリに優勝したことから、審査員になったのである。


 第3回MOF-1グランプリは審査員長が藍大&リルで、審査員はDMUの本部長である吉田志保と前回優勝者の真奈&ガルフなのだ。


 優勝者は大会に選手としてエントリーすることはできず、大会に関わりたいならば審査員になるしかない。


 番組スタッフも真奈というモフ神を審査員にしないはずがなく、モフモン大好きクラブの会長と期間限定で呼ばれた青空理人は審査員ではなくなった。


 しかし、理人もただ審査員の枠から追い出された訳ではなかった。


 驚くべきことに理人も水棲型モンスターのモフモフのテイムに成功したのである。


 それはつまり、理人が第3回MOF-1グランプリに選手として参加する権利を得た訳だ。


 これで大手クランで唯一MOF-1グランプリからハブられたなんて悲しい取り上げられ方をされずに済む。


 モフモフは国を動かす。


 これはCN国が証明しており、日本もDMU本部長である志保がモフラーの中でも危険な天敵としてリルに認定されている程だ。


 加えて言うならば、モフランドやモフリパークは毎日盛況で経済効果があるのは間違いないとされている。


 そんなモフモフ業界から大手クランが撤退する訳にはいかないだろう。


 仮にそのようなことになってしまったら、理人の妻で”ブルースカイ”のクランマスターである瀬奈が理人をしばき倒すに違いない。


 理人と共に参加するモフモフについてはMOF-1グランプリ当日まで秘密とされている。


 このやり方は前回の大会で”ブラックリバー”の黒川重治が取った手段と同じだ。


 ギリギリまでクラン内部にしかモフモフ従魔の存在を知らせず、当日にお披露目するやり方は注目を集めるのにぴったりである。


 ただし、このやり方には当然リスクもある。


 期待させるだけさせておいて大会での結果が芳しくなかった場合、二つ名が微妙なものになってしまう恐れがあるのだ。


 現に重治と一緒に出場したダニエルを例に挙げると、第2回MOF-1グランプリであまり目立てずに花獅子という見たままの二つ名になってしまった。


 そんなダニエルは重治が”ブラックリバー”のコネやダンジョン探索動画での印象操作により、吠える太陽という二つ名に変化させつつある。


「今回は参加者が増えるから楽しみだなぁ」


 第1回と第2回ではテイマー系冒険者とモフモフ従魔のペアが1組変わっただけだったので、第3回も同じように1組変わっただけでは観客に飽きられてしまう。


 番組スタッフは今回の大会でも高い視聴率を維持するべく、盛り上げるための努力は怠っていない。


 その努力の中に含まれるのが参加者の拡充である。


 参加するテイマー系冒険者とモフモフ従魔のペアを増やせば、抽選に当たった観客も番組の視聴者もワクワクしてくれると考えてのことだ。


 今までMOF-1グランプリに出たことがないペアが今回は参戦することになっている。


 参戦が決まっているペアはMOF-1グランプリのホームページ上で発表されているけれど、今回初参戦のペアだけはシルエットだけしか映し出されていない。


 ちなみに、今回初めて参加するのは3組のペアだ。


 いずれも黒ずくめの人型と丸いシルエットになっているため、シルエットの形からどのペアなのか予想できなくなっている。


「できることなら私も参加したかった」


『主人、何に参加したかったの?』


「ん? 第3回MOF-1グランプリだよ」


『あぁ、うん。そうだね』


 書斎にやって来たガルフは真奈が参戦したがっているイベントの正体を知り、納得して苦笑した。


 自分が第2回王者になれたことは嬉しく思っているが、それはそれとして真奈がやっぱりモフモフのことしか考えていないとわかってガルフは苦笑したのである。


「ガルフ、これからMOF-1グランプリに関するWeb会議があるから一緒に出てよ」


『会議中絶対モフモフするから嫌だ』


「会議中モフモフさせてくれたら今日はモフモフしない」


『・・・しょうがないなぁ』


 どの道モフモフされるのならば、せめて疲れがマシな方を選ぶガルフは付き合いが長い分だけ真奈の扱いに慣れていると言えよう。

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