第658話 吾輩はれっきとしたファフニールなのだ!

 翌日、藍大は朝からサクラとリル、メロ、ブラドと共に旧C国のリゾート予定地にやって来た。


 まずは施設から用意してしまおうと作業に欠かせないメンバーだけで来ている。


「主君、瓦礫や廃墟諸々は<解体デモリッション>で建築素材に変えといたのだ」


「主、結界内の浄化は完了したよ」


 ブラドが片付けと建築資材の節約を兼ねて<解体デモリッション>を結界内を掃除した後、サクラが作業によって生じた汚れを浄化した。


 そのおかげで結界内は荒れ果てた旧C国とは思えない領地に変わった。


「お疲れ様。次は中心部の別荘を建てよう。デザインは渡した通りだ。メロとブラドの共同作業だな」


「頑張るです。ブラド、ちゃんと合わせるですよ?」


「吾輩に不可能はないのだ」


「舞のハグから逃げられてないですよ?」


「・・・何事にも例外はあるのである」


 メロのツッコミがブラドにグサッと刺さった。


 自信満々だった顔から哀愁の漂う遠い目になってしまうあたり、ブラドにとって本当にそれだけは回避不可能なのだろう。


 藍大がブラドを励ましてから、メロの<強欲女帝グリードエンプレス>とブラドの<創造クリエイト>の合わせ技で藍大達の別荘が完成した。


 それは3つの建物を繋ぎ合わせた三角柱の別荘であり、S6ダンジョンから見れば和風の屋敷、E9ダンジョンから見れば中華風の屋敷、N12ダンジョンから見れば洋風の屋敷という外観だ。


 気分によって出入りする場所を変えられるだけでなく、建物も3つのエリアで和洋中を楽しめる。


 その建物の中心には巨大な中庭が吹き抜けでできており、天井には開閉可能な正三角形のガラスが嵌め込まれていて日光も取り込める。


 今の中庭はバーベキューのできる神社になっているのは食いしん坊ズと神々の強い要望である。


 神社を設置することで中庭が簡易的な神域になるらしく、この状態であれば月読尊と須佐之男命も顕現できる訳だ。


『逢魔藍大が国外に神域を創り出したことで月読尊と須佐之男命の力が30%まで回復しました』


『報酬としてブラドの本体が分体と位置を入れ替えてダンジョンの外に出られるようになりました』


 別荘が完成したのを見てサクラとリルが口を開く。


「『なんということでしょう』」


「それは俺のセリフかな」


 先にそのネタを使われてしまったため藍大はやられたと苦笑した。


「ブラド、よく合わせてくれたです」


「ふむ。エルフの奥方こそ吾輩に付いて来れて安心したのだ」


 メロとブラドはお互いを職人としてライバル視しているのかもしれない。


「よしよし。メロもブラドもお疲れ様。早速中に入ってみようか」


「はいです」


「うむ」


 藍大達は実際に別荘の中をぐるっと一回りしてデザイン通りになっていることを確認し、満足した表情で外に出て来た。


 その後、グルメエリアと娯楽エリア、アウトドアエリアを順番に作成して昼前にはリゾート地が完成した。


「主、このリゾート地に名前を付けた方が良いと思う」


「シャングリラリゾートで」


『ご主人はシャングリラが大好きだね』


「リルは嫌いか?」


『大好き!』


「愛い奴め」


「クゥ~ン♪」


 満面の笑みで答えるリルが愛らしくて藍大はわしゃわしゃとその頭を撫でた。


 その後ろにサクラ達が行儀良く待っていれば、藍大は勿論全員の頭を順番に撫でるのを忘れない。


 突発的な家族サービスの時間が終わってから、藍大は伊邪那美のアナウンスの内容について触れることにした。


「ブラド、外に出られるようになったんだ。折角なら外に出たらどうだ?」


「そうであるな。ちょっと待っててほしいのだ」


 ブラドの分体はそう言って本体と自分の位置を交換した。


「久し振りに見たけど本体はデカいな」


「愛らしいぬいぐるみじゃなくなった」


『そう言えばブラドってファフニールだったよね』


「すっかり舞の抱っこ人形だと思ってたです」


「吾輩はれっきとしたファフニールなのだ!」


 サクラ達のあまりにもあんまりな感想を聞いてブラドは抗議した。


 ドラゴンサイズの抗議の声は大きく、近所に人が住んでいたら騒音で怒鳴り込まれるレベルである。


 もっとも、結界の外に声は漏れないしこの場には藍大達しかいないから問題ないのだが。


 藍大達はシャングリラリゾートの完成を記念して現地でバーベキューを行うべくシャングリラにいるクランメンバー全員を連れて来た。


 その瞬間、舞と優月、ユノがブラド本体を見て目を輝かせた。


「あっ、大きいブラドだ~」


「ブラドかっこいい!」


「ブラド先輩すごい」


 自分を見上げる舞達にブラドが気分を良くする。


「そうであろう、そうであろう」


 そんなブラドのご機嫌な表情も舞の次の言葉ですぐに凍りつくことになる。


「これならおもいっきりハグしても大丈夫だね!」


 その発想はなかったと言わんばかりに衝撃を受けて固まったブラドに対し、舞はニコニコしながら抱き着いた。


 全力で抱き着いたせいでブラドの体が少し持ち上がっているのを見てサクラ達が戦慄する。


「これが舞。ドラゴンを素手で持ち上げる女」


「アタシ達、いつも手加減されてたなんて絶望なのよっ」


「どんなモンスターよりも舞の方が強いです」


『アイエエエ!?(゚o゚〃)マイ、マイナンデ!?』


 ゼルの驚き方だけふざけているようにしか思えないのは気のせいではない。


「麗奈、ドラゴンブレスで対抗しなくてええんか?」


「未亜、ブラドに勝てると思ってるのかしら?」


「無理やな」


「でしょ?」


 未亜は麗奈を揶揄おうとしたけれど、麗奈のマジレスに真顔になった。


 その一方で健太は舞がブラドを持ち上げている写真を撮っていた。


「おっと、良い写真が撮れたぞ」


「健太、なんで撮ったんだ?」


 健太がその写真を何かに使うつもりではないかと気になって藍大は訊ねた。


「え? 後で茂に送りつけるつもりだけど?」


「なんで?」


「ブラド本体の全体が写ってる写真が欲しいって前に言ってたのを思い出したから」


「それは舞が持ち上げてなくても良かったんじゃないか? 茂の胃が不意打ちされてそうだ」


 仮に健太からそんな写真が送られて来たのなら、茂が胃痛になるのは必至だ。


 何故なら、あくまで可能性の段階ではあるもののブラド以外の”ダンジョンロード”や”アークダンジョンマスター”、”ダンジョンマスター”が外に出られるかもしれないからだ。


 それが従魔ならば問題ないけれど、従魔以外の人類に敵対する”ダンジョンマスター”であれば国の存亡にかかわる問題である。


 幸いなことに日本は全てのダンジョンが誰かの従魔によって管理されているが、外国はそうではない。


 ”大災厄”を輩出したダンジョンの”ダンジョンマスター”がダンジョンの外に出られたならば、とんでもない事態が起きる可能性は高いのだ。


 とてもではないが、この発見をなかったことにはできないだろう。


 つまり、健太の撮ったネタ写真が茂の胃を刺激する未来は遠くない。


 それはさておき、お腹が空いたと目で訴える食いしん坊ズがいるのでバーベキューが始まった。


「リゾート地のバーベキューは格別だね!」


『バーベキューは正義!』


「本体でバーベキューを食べられる日が来て嬉しいのだ!」


「トロリサーモンのホイル焼きもいけるニャ!」


『パパ、おかわり!』


「美味いのじゃ! 美味いのじゃ!」


 食いしん坊ズは元気にモリモリ食べており、食休み後は間違いなく運動が必要になるだろう。


「主、食べさせてあげる」


「いつもすまないねぇ」


「それは言わない約束だよ。あ~ん」


「あ~ん」


 食材を焼くのに忙しい藍大をサクラが甲斐甲斐しく世話をするのはお馴染みの光景だが、今日はそこに仲良しトリオも混じっている。


「アタシのも食べてほしいんだからねっ」


「マスター、お疲れ様です」


『はい、あーん╰( ^o^)╮-=ニ=一=三』


「ゼル、それは違うからな」


 無論、顔文字の通りにゼルが投げて食べさせようとしている訳ではない。


 ゼルのツッコミ待ちのボケである。


 藍大が周りはどうなっているだろうと気にして見渡してみると、子供達は1ヶ所に集まって仲良く食べており、麗奈と未亜、健太は騒がしくしてはパンドラのお仕置きされている。


 そんな中、奈美が司に落ち着くように言われていた。


「う~ん、やっぱりブラドさんの素材が欲しい。血とか爪とか貰いたいな」


「奈美、落ち着いて。バーベキュー食べながらする話じゃないよ」


 ファフニールのブラドの本体ならば、まだ作ったことのない未知の薬が作れそうだと奈美がソワソワしているようだ。


 司に何度も同じことを注意されるぐらいにはブラドの素材が気になるらしい。


 (ブラドに奈美さんには近づかないように言っとこう)


 静かではあるが目がギラついている奈美の目を見て、藍大はそれとなくブラドに助言をした。

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