第55章 大家さん、リゾート開発をする

第651話 僕、バティンさん。君の後ろにいるよ

 4月1日の月曜日、A国DMU本部の本部長室ではパトリックがデスクを力一杯殴っていた。


「どういうことだ!? どうしてまたスタンピードが起きた!?」


『申し訳ございません。私にも詳細な事実はわかりかねます。ただ、確実に言えるのは我が国のテイマー系冒険者では太刀打ちできない化け物がダンジョンの外に出たということだけです』


「クソッ、なんでA国がこんな目に遭わなきゃいけないんだ! 強くて偉大なA国だぞ!?」


 パトリックはスタンピードの再発を阻止できなかったこととA国唯一のテイマー系冒険者を失ったことに激怒した。


 事の発端はA国内にひっそりと誕生していたスクエアダンジョンで異常が発見されたことだった。


 今頃見つかったこともあり、当然だが間引きなんて全くできていないからモンスターがダンジョン内にうじゃうじゃいるという報告がDMUに上がって来た。


 それだけで終わらず、出現するモンスターの種類が他のダンジョンよりも豊富だという続報もあったため、パトリックはA国で最も力を持つテイマー系冒険者をスクエアダンジョンに派遣した。


 それが3時間前のことだが、スクエアダンジョンの監視任務に当たらせていた職員から今になってスタンピードが発生したという連絡が入った訳だ。


『本部長、私はこのまま見張りをキャアァァァァァ!?』


「おい、どうした!? 何があった!?」


 連絡していた職員の悲鳴が電話越しに聞こえ、パトリックは返答がないと思っても訊ねずにはいられなかった。


 嫌な予感は的中し、電話の向こうから返答はなかった。


 それゆえ、パトリックはテレビでニュース番組を放送しているチャンネルを確認した。


 ヘリコプターから報道するアナウンサーが上空からスクエアダンジョンを見下ろしている。


 カメラがアナウンサーの視線を追うように地上を映し出すと、多種多様なモンスターが溢れてあちこちで悲鳴や銃声が聞こえていた。


『スクエアダンジョン上空に到着しました。酷い有様です。A国は再びスタンピードの恐怖と戦うことになってしまったようです』


『ふ~ん、これでスタンピードの様子が広まるんだ』


『誰!?』


 突然、自分達の前に姿を見せた存在にアナウンサーは驚いた。


 ヘリコプターに乗っていないにもかかわらず、自分達と同じ高度に人型の存在がいるなんてあり得ないと思ったのである。


 カメラマンはプロの意地なのか驚いた声を漏らすことなく、声の主の全体をカメラに映した。


 声の主はタキシードを着た金髪碧眼の男性のようであるが、人間ではない証拠に背中と尾骶骨あたりからそれぞれ悪魔の翼と蛇の尻尾を生やしていた。


 よく見れば目も蛇のそれと同じようになっており、怪しく輝いていることがわかる。


『僕が誰かって? 僕に名前はない。ただのバティンさ。君達を恐怖のどん底に突き落とす者でもあるけどね』


 そう言い終わった瞬間、バティンがヘリコプターから離れてすぐにヘリコプターが爆発した。


 その爆発によって放送は中断されてパトリックは現場からの情報を手に入れる手段を失った。


「Oh, my God」


 パトリックはショックを隠せなかった。


 いや、本部長室にはパトリックしかいないのだから隠すも何もないのだが。


 少しの間惚けていたパトリックだったが、ブルブルと首を横に振るって自分が最も信頼する鑑定士の職員に連絡を取る。


「俺だ。スクエアダンジョンに現れたバティンのステータスはわかるか?」


『勿論です。鑑定結果を直ちにメールでお送りします』


 30秒も経たない内にその職員からパトリックにメールが届いたため電話を切り、パトリックはすぐにそのメールを開いてバティンのステータスを確かめた。



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名前:なし 種族:バティン

性別:雄 Lv:75

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HP:2,000/2,000

MP:2,200/2,200

STR:2,000

VIT:1,800

DEX:1,800

AGI:2,000

INT:1,800

LUK:1,500

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称号:災厄

   外道

   蠱毒のグルメ

アビリティ:<武器精通ウェポンマスタリー><創魔武器マジックウェポン><刃竜巻エッジトルネード

      <変身メタモルフォーゼ><短距離転移ショートワープ

      <自動再生オートリジェネ><全半減レジストオール

装備:バトルタキシード

   ホースシューズ

備考:愉悦

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「くそったれ。スクエアダンジョンであいつ等を喰らいやがったなこいつ」


 ”蠱毒のグルメ”はグシオンも所持していた称号であり、藍大が暴いたその効果はA国にも共有されている。


 それもあって、テイマー系冒険者とその従魔はバティンに喰われたのだと悟った。


 Lv75にしては全体的に高い能力値の持ち主だったため、パトリックの判断に間違いはない。


 このまま手を出さずにいればバティンが”大災厄”になるのは時間の問題だ。


 1ヶ月もかからずに死者は”大災厄”になる条件である1万人に及んでしまうだろうから、早急に倒さなければならない。


 パトリックは緊急事態宣言を発令し、危険区域に住む者達を避難させるのと同時にA国の冒険者達にバティンの討伐を指示した。


 それだけでなく、もしもの時に備えて近隣諸国と国際会議参加国に対してA国にイレギュラーな”災厄”が誕生したと知らせた。


「いざとなったらCN国に頼るしかないか。だが・・・」


 隣接するCN国は日本に次いで国内が安定している国だ。


 シンシアともう一人の調教士のおかげでスタンピードの心配はなく、戦力についても既にA国を突き放すレベルで保有している。


 そんなCN国に頼ればA国滅亡という最悪のシナリオは防げるかもしれない。


 しかし、そうなれば今後はCN国に頭が上がらなくなる。


 それは世界の警察と呼ばれた時代のA国は終わったことを自ら証明することに他ならない。


 日本に頼れば日本の力を削ごうとしているのにその反対に事が進んで行くことになるため、パトリックはCN国に頼らざるを得ないと判断した。


 加えて言うならば、日本というよりも藍大がA国に力を貸してくれるはずがないという確信もある。


 藍大は自分達に微塵も興味を示しておらず、鬱陶しいとすら思っているのは国際会議での態度から明らかだ。


 そうは言ってもCN国も力を貸してくれるかどうかも怪しい。


 旧C国遠征の件で意見が対立しただけでなく、CN国のDMU本部長からは何かあっても勝手に滅びろと言われてしまった。


 そう考えていく内にどんどんCN国に助けてもらえないかもしれないと思う気持ちが強まった。


「こうなったら非難されるのを覚悟で押し付けるか?」


 結局、パトリックは全く学習していない結論に至った。


 自分達さえ良ければそれで良いという考えである。


 パトリックは思いついた案を実行するために必要な情報を集めるべく、スマホを手に取った。


 その瞬間、パトリックの背後から声が聞こえた。


「僕、バティンさん。君の後ろにいるよ」


「な」


「バイバイ」


 バティンは<創魔武器マジックウェポン>で創り出した剣で振りむこうとしたパトリックの首を刎ねた。


 自分の意識が消えていく中、バティンの歪んだ笑みを見てパトリックは後悔したがもう遅い。


 バティンはパトリックが死んだのを確認した後、パトリックの死体を綺麗に平らげてから<変身メタモルフォーゼ>でパトリックの姿に化けた。


 飛び散った血を片付けた後、バティンはパトリックの顔でニヤリと笑う。


「僕が成り上がるための舞台は整った」


 バティンが<短距離転移ショートワープ>で奇襲をかけられたのは、今までに喰らった者達からパトリックの位置を訊き出したからである。


 パトリックというA国の中枢に成り代わってしまえば、情報操作で自分の安全を確保するのも容易い。


 パトリックのポジションはバティンにとって好都合なのだ。


 バティンはX地点にいると発表しておきながら、実際にはDMU本部でA国の冒険者達に指示を出す。


 ダンタリオンが旧C国のDMU本部長を乗っ取った時と同じく、自分に都合の良いようにA国をかき乱す気満々である。


 そして、秘密を知られて邪魔になった者や強い冒険者にこっそり呼び出して食べれば強くなれる。


 A国にとって恐怖の時間はこれから本格的に始まる。

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