第553話 拙者はござるじゃなくてモルガナでござる

 藍大達は八王子ダンジョンを脱出してすぐに茂の部屋に直行した。


 自分の部屋にやって来た藍大達を見て茂は顔を引き攣らせる。


「なんか増えてね?」


「初めましてでござる。拙者が八王子ダンジョンの”ダンジョンマスター”、モルガナでござる」


「ヘイヘイヘーイ」


「大変だ。茂が壊れた」


 ラッパーのように手を動かしながら反応するなんて茂らしくない。


 茂がおかしくなったと考えるのは当然だ。


「この御仁は大丈夫でござるか?」


「大丈夫だ。茂は今までどんな報告をしても最後には立ち上がる奴だから」


「誰がフェニックスだ」


「言ってない。つーかフェニックスはフィアだろうが」


 茂が藍大とくだらないやりとりをしたことで正気に戻った。


「そうだった。とまあ、おふざけはこれぐらいにするとして、マジで”ダンジョンマスター”じゃんか。いつもなら倒したのになんで今回に限ってテイムしたんだ?」


「モルガナが俺達と対峙した時には既に戦意を喪失してたからだ。貝殻に引き籠ってたんだけど、舞達がどんな味だろうって話してたら貝殻から出て来て、最終的には平伏しながら命乞いするんでテイムした」


「貝殻を出て初めて見た殿達の強さに勝てる気がしなかったでござる。あれは命乞い不可避案件でござる」


 モルガナは藍大達と目を合わせた時のことを思い出してしみじみと言った。


「まあ、賢いモンスターは藍大達を見れば降参するよな」


「そうなのでござる! 拙者、賢いから降参したでござる!」


 先程までは自分が藍大達に降参した時のことを恥ずかしく思っていたが、茂に賢いと言われてモルガナは気分を良くした。


「モルガナが賢いかどうかはさておき、これからの八王子ダンジョンは”楽園の守り人”が管理するからそのつもりでよろしく」


「了解。モルガナを2体目の”アークダンジョンマスター”にするつもりか?」


「拙者、働いたら負けだと思うでござる」


「・・・”怠惰の王”は間に合ってるだろ」


「それな」


 キリッとした表情で駄目な発言をするモルガナを見て茂はジト目を向けた。


 藍大も怠惰枠はゲンだけで十分と思っているので頷いた。


 そこで口を挟むのはブラドだった。


「後輩よ、お主がダラけてると吾輩までそうなんじゃないかと疑われるのだ。ビシバシ鍛えてやるから覚悟するのである」


「せ、拙者は労働には屈しないのである」


「働かざる者食うべからずである」


「拙者をここまで連れ出しておいてそれはあんまりでござる!」


「安心するのだ。働けば食べられるのだから働けば良いだろう」


「とんでもない先輩でござる。でも、それしか選択肢がないなら仕方ないなら諦めるでござる」


 ”アークダンジョンマスター”としての先輩がいる以上、モルガナはその生き方を学んで自分も強くなるしかない。


 それゆえ、渋々ながら首を縦に振った。


「そうそう、思い出した。茂、モルガナが”ダンジョンマスター”として八王子にダンジョンと一緒に現れた時に伊邪那美様よりも上位の神様の声が聞こえたらしいぞ」


「胃薬胃薬」


 茂は厄介事の臭いを嗅いでわかりやすい所に置いてあった胃薬に手を伸ばす。


 藍大からダンジョンを生み出した元凶についてほとんど何もわからなかったと聞き、茂はホッとしたような困ったような顔をした。


 元凶の正体がわからないのは問題だが、聞いて胃の痛みが強くなるのを避けられたのはありがたいようだ。


 茂への報告を済ませて帰宅すると、藍大達を仲良しトリオをが待っていた。


「お供が1体増えてるのよっ」


「ブラドより細長いです」


『(´∀`∩<Hello』


「この者達が殿の残りの奥方達でござるか。遠慮がないでござるな」


 興味津々といった様子のゴルゴン達が自分の体をあちこち触って確かめているため、モルガナはされるがままになっている。


「新しい従魔のモルガナだぞ。八王子ダンジョンの”ダンジョンマスター”だ」


「ブラドの後輩になるのねっ」


「パシリかもしれないです」


『 ̄O ̄)ノヤキソバパンカッテコイヤ』


「それも悪くないのである」


「大いに問題があるでござるよ!?」


 ゴルゴン達の認識もそうだが、ブラドが自分をパシリにしようとしていることを知ってモルガナは抗議した。


 モルガナが少しかわいそうに思えて来たので、藍大はモルガナを助けてあげるべく収納袋から神葡萄の種を取り出した。


 その瞬間、メロの興味がモルガナから種に移った。


「マスター、その種は葡萄ですか!?」


「正解。神葡萄の種だ。これの世話は任せて良いか?」


「勿論です! 美味しい葡萄を育てるですよ!」


 メロが神域に駆け出せばゴルゴンとゼルもそれに続く。


 騒がしい3人と入れ替わりに優月達子供組がやって来た。


 優月を一目見た瞬間、モルガナが目をハートにした。


「カッコ良いでござる! 拙者の好みでござる!」


 モルガナは優月の”ドラゴンの友達”の補正込みで優月がイケメンに見えたらしい。


 だが、ユノはモルガナと優月の間に割って入る。


「優月、私の。お前、やらない」


「むっ、いきなりなんでござるか?」


「モルガナがカッコ良いって言ったのは俺の息子の優月だ。それで、優月の前にいるのがユノ。優月のパートナーだ」


「拙者、2番目でも全然OKでござるよ」


「駄目。優月、私の」


 ユノはモルガナを絶対に優月に近づけないように警戒している。


 そんなユノを優月が後ろからハグする。


「だいじょうぶ。ぼくのいちばんはユノだから」


「優月、大好き♪」


「くっ、何でござるかこの感情は? 目の前の甘い空間を見てリア充爆発しろって言葉が拙者の頭に浮かんで来たでござる」


 モルガナが目の前でイチャイチャする優月とユノにジェラっていると、蘭達が流れを無視して笑顔で挨拶する。


「わたし、らん!」


「ひなたなのっ」


「だいちだよ!」


「れい」


「よろしくでござる。拙者はモルガナでござる」


「「「「ござる、よろしく!」」」」


「拙者はござるじゃなくてモルガナでござる」


 モルガナの口調が特徴的だったせいで蘭達はモルガナをござると覚えてしまったようだ。


「「「「ござる」」」」


「・・・それで良いでござる」


 (折れたか。案外大人な対応をするんだな)


 働きたくないという意思を主張する時はそこそこ粘ったものだから、モルガナは自分の名前をござると勘違いされたままであることを良しとしないと藍大は思っていた。


 しかし、藍大の予想とは違ってモルガナはあっさりと妥協した。


 モルガナが良いならばそれで良いと思い、藍大は家の中にいるその他の家族にモルガナを紹介してから昼食のカレー作りを始めた。


 モルガナはカレー作りが気になって仕方ないらしく、食いしん坊ズと一緒に藍大の料理する姿を眺めていた。


 料理が完成して食卓に並べられ、いよいよ実食の時間だ。


 いただきますと号令をかけると、食いしん坊ズを筆頭にカレーがすごい勢いで消費されていく。


「今日のカレーはオニコーンカレーだね~」


『何杯でも食べれちゃうよね』


「カレーは飲み物なのだ」


「シーフードカレーも良いけど肉のカレーも美味しいのニャ」


『トッピングのチーズが絶妙だよ!』


「2日目のカレーも楽しみじゃが残らないのじゃ!」


 食いしん坊ズはコメントしているがスプーンは決して止まらない。


 なんとも器用なものである。


 その一方、初めてカレーを食べるモルガナも食いしん坊ズに負けないぐらいカレーを夢中になって食べていた。


「美味いでござる! 美味いでござる! 今までこんな料理を知らなかったなんて損してたでござる!」


「そこまで気に入ってくれたなら作った甲斐があった」


「拙者、八王子ダンジョンの外に出ると決めて本当に良かったでござる! これで勝つるでござる!」


「誰に勝つんだよ」


 藍大のツッコミは既にモルガナには聞こえていない。


 食べるのに夢中なのだから仕方ない。


 今日も今日とて2日目のカレーがなくなるまで食べてしまい、食休みには食べ過ぎて苦しそうなモルガナの姿があった。


「腹がパンパンになるまで食べるなよ」


「食べられる時に食べとかないとと思ったでござる」


「リル君、モルガナは食いしん坊ズに入会させても良いんじゃない?」


『異議なし』


 舞とリルにその食べっぷりを認められ、モルガナも食いしん坊ズに入会した。


 藍大はそんな食いしん坊ズを見てやれやれと首を振りつつ、モルガナをテイムしたと報告するためにスマホで”楽園の守り人”専用掲示板を開いた。

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