第46章 大家さん、八王子ダンジョンに挑む

第543話 結婚式のスピーチはリル君にお願いして良いかな?

 4月1日の日曜日、リルとリュカ、ルナがソファーに座る藍大に密集してプルプルと震えていた。


「真奈さん達が来たら部屋の中にいても良いんだぞ?」


『だ、駄目だよ。ご主人の傍が一番安全だもん』


「安全第一」


『ご主人の傍にいるの』


 今日は全ての引継ぎを終えたリーアムが来日し、その足で真奈と一緒に藍大に挨拶に来ることになっている。


 リル達はこれがエイプリルフールの嘘ではないかと願ったけれど、残念ながら嘘ではない。


 奥の部屋でやり過ごすという手段もあるが、天敵が2人も来るなら一番安心できるのは藍大の傍だから一緒にいるというのがリル達の考えだ。


「よしよし。愛い奴等め」


「「「クゥ~ン」」」


 藍大に撫でてもらったことでリル達の鳴き声から不安の色が取り除かれた。


 そこに102号室のインターホンの音が響く。


『来ちゃった』


『嫌だ~』


「リル、やっぱりルナを連れて部屋に戻るね」


『うん。僕とご主人様にここは任せて部屋に行って』


 (死亡フラグみたいになってるんだが)


 天敵襲来の事実で再び震え出すルナを見て、ここに置いてはおけないとリュカが判断するのも無理もない。


 リルは追い詰められた状況で仲間のために時間稼ぎをする殿しんがりのような表情だ。


 リュカとルナが部屋に隠れて鍵を閉めた後、藍大は真奈とリーアムを出迎える。


「「リル君、私は帰って来た!」」


『ここは僕達の家だよ。寝惚けたことを言わないで』


「塩対応のリル君も良いね」


「我々の業界ではご褒美です」


「仲良しですね。早く結婚してしまえば良いんじゃないですか?」


「6月に結婚します。私もジューンブライドに憧れがない訳ではありませんでしたから」


「結婚式のスピーチはリル君にお願いして良いかな?」


『お断りだよ! なんで僕が天敵カップルの結婚式でスピーチしなきゃいけないの!』


 リーアムのお願いの内容にリルは絶対嫌だと首を横に振る。


 従魔に結婚式のスピーチを頼もうとするのは後にも先にも真奈とリーアムだけだろう。


 余談だが、マルオ達の結婚式では藍大がスピーチを頼まれて引き受けた。


 結婚の決め手となった命の賛歌を入手したサクラがスピーチをしてもおかしくなかったが、今の自分達があるのは藍大のおかげだとマルオが藍大にお願いしたのだ。


 チャラそうに見えてもマルオはしっかりしており、裏表のないモフラーとは違うことがよくわかる一幕だった。


「冗談です。結婚式を挙げると決まってから両国のDMUと兄からスピーチを逢魔さんに頼むよう言われておりますので。ということで逢魔さん、お願いできますか?」


「まあ、そうなりますよね。わかりました」


 今年の国際会議でリーアムの移住決定に大きく関わってしまった以上、藍大は色々ツッコミたい気持ちはあっても真奈の頼みに首を縦に振った。


「リル君も結婚式に参加してくれるかな?」


『・・・前向きに検討することを善処するよ』


「リル君が政治家みたいなこと言ってる!?」


「そんなリル君も大好きだ!」


 リルが何を言っても真奈とリーアムは大はしゃぎだ。


 これには藍大もリルも苦笑いである。


「ところで、リーアム君は”レッドスター”に加入するの?」


「その通りです。真奈と結婚するのに別のクランに入ったり無所属でいるのもおかしいですから」


 (三原色クランの力の差がまた大きく広がりそうだ)


 ”グリーンバレー”と”ブルースカイ”にも調教士と釣教士が1人ずついることで”レッドスター”との差が少しずつ埋まっていた。


 しかし、ここでリーアムが”レッドスター”に加われば国内二番手の座は盤石だろう。


 ”グリーンバレー”と”ブルースカイ”がリーアムの”レッドスター”入りに思うところがないと言えば嘘になるが、自分達のクランに加入してもらえるとも思っていない。


 それゆえ、現状では日本で騒がしいのは掲示板の住人ぐらいだと言える。


「リーアムにはモフランド2号店の店長を任せようと思ってるんです」


「モフランドの支店を出すんですか?」


「勿論です。町田本店だけじゃ全国のモフラーが不便ですから」


『ご主人、こんな恐ろしい話はないよ』


「よしよし、俺がいるから怖くないぞ」


「クゥ~ン」


 リルがモフランド2号店の話を聞いて膝の上で震えるので、藍大はリルの頭を撫でて気持ちを落ち着かせた。


 そんな様子を見てモフラー達が黙っていられるだろうか。


 いや、そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ない。


「逢魔さん、私もリル君をモフりたいです」


「僕もモフりたいです」


『嫌だ!』


 拡大解釈を許さぬリルの絶対的な拒否の返事を受け、真奈とリーアムはモフ欲を鎮めるために自分の従魔を召喚する。


「【召喚サモン:ガルフ】」


「【召喚サモン:ニンジャ】」


 ガルフもニンジャも召喚された途端に主人にモフられた。


 ただし、両者の違いを挙げるならば、ガルフはモフられることで目が諦めているのに対してニンジャはとても嬉しそうにしていることだ。


 ニンジャはリーアムにモフられても全然OKらしい。


 むしろもっとやってほしいという表情ですらある。


『ガルフ、強く生きてね』


「クゥ〜ン・・・」


 そんなぁと言いたげにガルフが悲しみ全開で鳴く。


「それで、2号店は何処に出店するんですか?」


「横浜の客船ダンジョン付近です。”レッドスター”の本拠地ならリーアムのフォローもしやすいですから」


「なるほど。その通りですね」


「マナは本当に僕に良くしてくれます。獣人なマナも良いですけど、いつものマナも素晴らしいです」


 (リーアム君が普通に惚気てるのは良い傾向だ)


 日本のアニメ文化に毒されてオールラウンダーな変態予備軍だったリーアムが真奈とモフモフしか見ていないのは良いことだ。


「真奈さん、リーアム君がベタ惚れで良かったじゃないですか」


「嬉しいのは事実ですけど、兄がリーアム君によく私と結婚する気になってくれたって満面の笑みで握手するのを見てなんとも言えない気分になりました」


 真奈の気持ちもわからないではないが、藍大の気持ちは誠也寄りだ。


 結婚するには条件が厳しい真奈に実力のある調教士であるリーアムはうってつけの存在である。


 誠也の中では藍大や”ブルースカイ”の理人を除けば真奈と結婚できる相手はいなかったのだから、リーアムが移住しても真奈と結婚したいとプロポーズしたのは大変喜ばしいことだろう。


 リーアムと真奈がくっついてくれれば、誠也によって真奈を藍大に押し付けられることはない。


 だからこそ、モフラー同士の結婚は藍大にとっても心配事が1つ減る意味で歓迎できる訳だ。


「まあまあ、良いじゃないか。僕はセイヤに受け入れてもらえてとても嬉しいよ。それに、姉さんもマナと姉妹になれて喜んでるし家族間の関係が良いに越したことないって」


「そりゃそうだけどね」


 シンシアの話が出て来たため、藍大は気になったことがあって訊ねる。


「シンシアさんはCN国でダンジョンの管理をしてるの? ニュースで”ダンジョンマスター”を引継ぎしたって見たけどどうやったの?」


「裏技を使って姉が僕の管理してたダンジョンを経営できるようにしました」


「裏技?」


「僕が”ダンジョンマスター”の従魔契約を解除し、その直後に姉にテイムさせたんです。同系統のモンスターをテイムできる僕と姉だからこそできた手段ですね」


「その手があったか。従魔契約の解除なんて考えたこともなかったから気づかなかった」


 藍大が盲点だったと頷いていると、リルが慌てて藍大に話しかける。


『ご主人はそんなこと考えちゃ駄目だよ!』


「わかってるって。俺はリル達みんなを大事にしてるんだ。従魔契約を解除するなんてあり得ないよ」


『ワフン、それでこそ僕のご主人だよ♪』


 リルはホッとした様子で藍大に頬擦りして甘える。


 藍大が従魔契約の解除をするはずないと信じているが、やはりそれでも言質を取れて安心したようだ。


「実際、僕も断腸の思いでしたよ。でも、姉に譲った子達は姉にも懐いていましたから、安心して託すことができました」


 仲の良いモフラー弟からモフラー姉への譲渡であれば、”ダンジョンマスター”の住環境も変わらないだけでなく彼等に対する態度も変わらない。


 そのおかげで引継ぎ自体は滞りなく行われたようだ。


 この後もリーアムの移住に伴う用事があるということで、藍大達は真奈達を見送った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る