第529話 私の力は主と家族のために使う

 オークションが終わってホテルに移動したら懇親会が始まった。


 ご機嫌なリーアムが藍大に挨拶しに来る。


「逢魔さん、本当にありがとうございます! 手に入れたチャンスをものにして真奈と結婚してみせます!」


「張り切り過ぎて空回りしないようにな」


「はい! 程々に頑張ります!」


 (顔に全力で頑張るって書いてあるぞ)


 絶対に程々じゃ済まないと思った藍大だが、これ以上言っても結果は変わらないと判断して笑顔を張り付けたまま黙っていた。


 リーアムの隣でニンジャが足ダンすると彼が苦笑する。


「ごめんよ。今、ご飯を用意してあげるからね。逢魔さん、そういう訳で失礼します」


 リーアムは従魔達の食事を取りに行くために藍大の前から去って行った。


 天敵3号がいなくなったことでホッとしたリルが藍大に声をかける。


『ご主人、お腹空いた! ご飯取って』


「よしよし。今準備してやるからな」


「私も手伝う」


「ありがとう」


 藍大とサクラは協力してパーティー料理を皿に盛り付け、それをリルが平らげるのを3回繰り返した。


 まだまだお腹が空いているリルだが、藍大とサクラが食べる番なのでおとなしくしている。


 そこに料理を盛りつけた皿を持ったシンシアがやって来る。


『リル、私が食事を持って来たぞ。食べて良いからモフらせてくれ』


『天敵がくれるご飯は下心ありきだからお断りだよ!』


『ぐぬぬ、ガードが固い。毛並みはこんなにも柔らかそうなのに』


『怪しい人からご飯を貰っちゃ駄目ってご主人に言われてるもん』


『くっ、賢いリルが大好きだ』


 シンシアは藍大によく躾けられたリルを見てもっとリルを好きになったらしい。


 藍大は気になったことがあってシンシアに訊ねた。


「転職の丸薬(調教士)を飲んだんですか?」


『勿論だ。日本のDMU本部長が先払いで1つだけ丸薬をくれたから早速飲んだぞ』


「そうでしたか」


 志保はリーアムを迎え入れて転職の丸薬(調教士)を2つ渡す交渉において、引継ぎの必要性からシンシアの分の丸薬だけ先払いした。


 残りの丸薬はリーアムが日本に移住したことが確認できたら渡す予定らしい。


 リルに断られてもめげないシンシアが自分達の前から去るのと入れ替わるようにして真奈がやって来た。


「真打ち登場です」


「ア、アォン」


『ガルフ、大変だったね』


「クゥ~ン・・・」


 真奈に連れられてガルフがやって来たが、その姿はとても疲れていた。


 リルは交渉中ずっとガルフが真奈にモフられ続けていたことを察して同情的だった。


 ガルフは理解者に出会えて嬉しそうに近寄って甘えた。


 マッサージで肉体的疲労はリセットされたとはいえ、モフられ続けた精神的疲労は取れていないから頼れる兄貴分に愚痴っているのだ。


「逢魔さん、模擬戦の時はありがとうございました」


「今回の国際会議は私よりも真奈さんの方がやらかしてますよね。昨日も今日も」


「昨日はやらかした記憶がないんですけど」


「マジかよこのモフラー」


 向付後狼少佐に二つ名が変わる程の演説をしたにもかかわらず、それはやらかしには該当しないという真奈の思考回路に藍大は戦慄した。


『ご主人、天敵の常識は僕達の非常識なんだよ』


「確かに」


「おかしいですね。モフラー界では常識人として定評があるのですが」


「そんな世界の常識は知りません」


 真奈の言い分に何言ってんだこいつと思っている藍大にソフィアが話しかけて来た。


『ランタ、少し別の場所でお話したいです。お時間をいただけませんか?』


 藍大は”オルクスの巫女”となったソフィアの話に興味を持ったので頷いた。


「わかりました。では、行きましょうか」


『はい』


 藍大達はホテルに用意してもらった小さめの会議室に移動した。


 この会議室を含めて全ての会議室を日本のDMUが懇親会の間だけ貸切で予約してある。


 懇親会の途中で内密な相談をしたい時のために場所を用意しているのだ。


『ご主人、監視カメラや盗聴器はないよ』


「ありがとう。流石はリルだ」


『ワッフン♪』


 リルは藍大に撫でてもらえて嬉しそうにしている。


 席に着いてすぐにソフィアが口を開いた。


『単刀直入にお聞きします。ランタ達は神様と邂逅してますね?』


「なんでそう思うんですか?」


『オルクス様がランタとリルさんから神の力を感じると教えて下さいました』


「そうでしたか。オルクス様とソフィアさんは仲が良いんですね。オルクス様は姿を現したりしないんですか?」


『残念ながらオルクス様とは夢の中でしかお会いできてません。そのように訊くということは、ランタは日本の神様と夢以外でもお会いできるんですね』


 どう答えたものかと悩んでいると伊邪那美の声が藍大の耳に届く。


『藍大よ、イタリアの小娘には妾の存在を伝えても良いぞ。他国の神の状況が気になる今、向こうの情報だけ引き出すのは難しかろう』


 伊邪那美からの許可を得た藍大は保険を掛けることにした。


「私とのやり取りで知り得た情報を口外しないと約束して下さい。さもなくば、I国に災いが降りかかります」


『わかりました。C国とR国のようにはなりたくありませんから命を懸けてその約束を守りましょう』


 ソフィアはC国とR国で起きたことが日本の神による天罰と勘違いしているらしい。


 実際のところは伊邪那美ではなくてサクラの仕返しなのだが、わざわざ訂正することもないので藍大は黙っておいた。


「言質は取りましたのでこちらもお話ししましょう。私は”伊邪那美の神子”です」


『イザナミ様とはビッグネームですね。イザナミ様も夢の中に現れたんですか?』


「そうです。リルが布団に潜り込んできた日に伊邪那美様と出会いました」


『僕が伊邪那美様とご主人を引き合わせたんだよ』


『リルさんはそんなこともできたんですね。さすリルです』


 リルにはそんな力もあったのかとソフィアが感心するとリルは胸を張った。


「国際会議でオルクス様の話をするとは思い切ったことをしましたね」


『あれはランタを帰らせまいと仕方なくです。本当なら、国際会議では話さずに懇親会のタイミングで藍大にだけ相談するつもりでした。でも、これで他国の神が力を取り戻していけば世界を”大災厄”から救えるので結果オーライです』


「そうでしたか。オルクス様を復活させるのにソフィアさんが行うのはどんなことでしょうか?」


『私の場合、とにかく人の命を救うことです。治した怪我や病気の症状が重いもの程オルクス様は回復されます。ランタの場合はどうなんですか?』


「伊邪那美様はもう完全復活しました」


『え?』


「伊邪那美様はもう完全復活しました」


 ソフィアが聞き間違えたと思っている様子だったので、藍大は聞き間違いではないとわからせるためにそのまま繰り返した。


 これにはソフィアも目を丸くした。


『完全復活したんですか?』


「はい。今では我が家で一緒にご飯を食べてます」


『神様と一緒にご飯を食べるんですか?』


『伊邪那美様も食いしん坊だよ』


『そ、そうなんですね』


 藍大とリルから教えてもらった情報が想定外であり、ソフィアはその事実を受け入れるのに少しだけ時間を要した。


『ランタはイザナミ様にどのような力を授かったんですか?』


「私の料理の腕が上がりました」


『平和な世の中でも役に立つ力ですね。料理が美味しいことは良いことです』


『そうだよね! ご飯が美味しいのは良いことだよ!』


 リルの無邪気な発言にソフィアは微笑んだが、すぐに表情が真剣なものに戻る。


『それはそうと、酷いじゃありませんか。サクラさんはずっと前から私よりも優秀な回復系アビリティをお持ちだったんですって? どうして教えて下さらなかったんですか?』


「他者を傷つける力と死の淵にいる者も治す力。どちらが面倒事を呼び込むか考えたらわかるでしょ?」


 サクラにズバリ指摘されて心当たりがあったらしく、ソフィアは何も言い返せなかった。


「私の力は主と家族のために使う。私は貴女が誰をどれだけ助けようと構わない。でも、私を巻き込もうとするなら全力で断ち切る。人の価値観はそれぞれなの。それだけは覚えといて」


『・・・わかりました』


 ソフィアからすれば自分よりも優れた力を周りのために使ってほしいと思ったが、それは価値観の押し付けでしかないと言われてソフィアはモヤモヤした。


 この場で話すべきことは話し終えたので、藍大達はパーティー会場に戻った。


 パーティー会場では特にトラブルもなく、藍大達の国際会議は志保と真奈、CN国への貸し1つずつと他国の神に関する情報を仕入れて終わった。

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