第517話 すみません、タッパーウェアはありませんか?

 11月29日の水曜日、藍大は102号室で「Let's eat モンスター!」に載せる記事のために遥から取材を受けていた。


 料理する過程で遥が食材についてちょくちょく質問したが、完成した時には食いしん坊ズが配膳をてきぱきとこなして他の家族と一緒に着席した。


「藍大、試食の準備はできてるよ~」


『ご主人、早く食べよう!』


「お預けは精神衛生上良くないのである」


「美味しそうな匂いなのニャ~」


『パパ、もう待ちきれないの』


「妾もこれだけの料理の前には待っておられそうにないのう」


「はいはい。すぐ行くよ」


 藍大はしょうがないなと笑いながら食卓に移動する。


「逢魔さん、料理の写真を撮っても良いですか? 皆さんが入った写真とそうでない写真も」


「妾は事務所クランの方針で写真NGなのじゃ」


 (どこぞの芸能人みたいなこと言ってるじゃん)


 藍大はそう思うものの伊邪那美の写真が外に出回ると面倒事はさけられない。


 それゆえ、遥もそうだったと頭を下げた。


「失礼しました。そうしましたら、伊邪那美様は雑誌用の写真撮影の時だけは外れてて下さい。クラン向けの写真であれば構いませんよね?」


「その通りなのじゃ。妾も”楽園の守り人”を見守る者として写真に映れないのは寂しいのじゃ。外に出ない写真ならOKじゃよ」


「わかりました」


 遥は料理が冷めない内に素早く写真を撮った。


 藍大が今日作ったのは次のフルコースである。


 オードブルはローストベヒモス。


 スープはジズのスープ。


 サラダはメロが育てた野菜の中から厳選したものとダンジョン産野菜のシーザーサラダ。


 魚料理はトロリサーモンのムニエル。


 肉料理兼主菜はピュートーンのステーキ丼。


 デザートは神桃のタルト。


 ドリンクはメロが育てたお茶の葉から淹れた紅茶。


 写真撮影が終わったら、すぐに食べない物はブラドが<無限収納インベントリ>に収納していつでも作り立ての状態で食べられるようにする。


 まずはローストベヒモスから実食である。


 最初から他の冒険者に真似させる気がないとツッコんだら負けだ。


 ローストベヒモスを一口食べた瞬間、遥は額に手をやった。


「今まで食べて来たローストビーフはお遊びでした」


「遥さん、まだオードブルですからね? 落ち着きましょう」


「・・・失礼しました」


 自分のリアクションに藍大が苦笑しているのを見て遥は気持ちを切り替えた。


 藍大の言う通りでまだオードブルなのだから、ここで立ち止まっていては最後まで辿り着けないと思ったのだ。


 ローストベヒモスの次はジズのスープである。


 ジズの肉とメロの育てたキャベツをソルティネで味を調えた逸品だ。


 一口飲んだ瞬間、優月達が笑顔になった。


「「おいしい!」」


「「「あい!」」」


「キュイ!」


「クゥ~ン!」


 スープは子供達のために濃くなり過ぎないように味を調整されていたが、それがハマったのだろう。


 その一方で遥は無言でスープを飲み続けていた。


 リアクションを忘れて夢中になっているようだ。


 飲み終えたことに気づかず皿の底をスプーンで突いて初めて正気に戻った。


「はっ、いつの間になくなったの?」


「遥さんが夢中で飲んでましたよ。一口飲んだら今までノンストップでした」


「言われてみればまだスープの味が口の中に残ってますね。なんて恐ろしいスープなんでしょう・・・」


 (我が家では偶に食べてるって言ったら卒倒するかもな)


 遥のことを考えて藍大は黙っておいた。


 スープの次のシーザーサラダを食べると、メロがその出来栄えに満足そうに頷いていた。


「流石はマスターです。素材の味が活かされてるです」


「メロの協力があってこそさ。ありがとう」


「どういたしましてです」


 藍大とメロがお互いのことを褒め合っている間、遥はこのサラダに感動していた。


「このサラダを食べて野菜が嫌いになる子はいませんね」


 どの野菜からも甘味を感じるため、この野菜を小さい頃から食べていれば野菜嫌いにはならないだろうと確信した。


 現に優月達は少しも嫌そうな顔をせずにサラダをパクパク食べている。


 サラダまで食べ終わると次からボリュームのある料理が始まる。


 トロリサーモンのムニエルの出番だ。


 チーズをトッピングすると匂いだけでもご飯3杯はいけると舞が言ったこともある代物である。


「美味」


 それは今まで何も喋らずモシャモシャと食事をしていたゲンのコメントだった。


 ゲンは魚介類が好物であり、トロリサーモンのムニエルはその中でも一二を争う料理なのだ。


 ゲンが言葉を発するぐらい美味しい料理を食べた遥はと言えば・・・。


「すみません、タッパーウェアはありませんか?」


「お持ち帰りは認めません。冷めて味が落ちてしまいますから」


 家族にも食べさせてあげたいという衝動に駆られるぐらい美味しかったらしい。


 藍大は美味しい物を美味しい状態で食べてほしいと思っているので、遥のリクエストを却下した。


 決して意地悪で言っている訳ではない。


 それがわかっているから遥は再びおとなしく食べ始めた。


 食卓から1つ残らずムニエルがなくなったことを確認すると、いよいよピュートーンのステーキ丼が登場する。


 ステーキ丼の匂いを嗅いだ瞬間、遥は何を思ったのか五体投地をしてみせた。


 (伊邪那美様じゃなくてステーキ丼に五体投地って良いのかこれ?)


 藍大がチラッと伊邪那美の方を見てみれば、そんな遥のことなんて視界に入らない様子でステーキ丼をモリモリ食べていた。


「美味いのじゃ、美味いのじゃ」


 (気に入ってくれてるならそれで良いか)


 伊邪那美が良いのなら自分も気にする必要はないと判断し、藍大も自分のステーキ丼を食べた。


 我ながら食べ応えのあるメインディッシュを作った物だと思って周りを見てみると、食いしん坊ズがペロリと平らげて感想を言い合っている。


「ステーキとお米って最強だよね~」


『ハンバーガーも良いけどどんぶりも良い』


「無駄に格式張った料理よりも食べやすくて美味い。これが良いのである」


「これをお茶漬けにしても美味しそうなのニャ」


『それも美味しそう』


 まだまだ食べられると余裕そうな食いしん坊ズと対照的に、ステーキ丼を食べ終えた遥はお腹いっぱいだった。


 その表情から藍大は遥を心配して訊ねる。


「遥さん、デザートは食べられそうですか?」


「甘い物は別腹なので大丈夫です。私の胃袋は甘い物を拒みません」


「そ、そうですか。では準備しますね」


「よろしくお願いします」


 遥の真剣な表情に押されて藍大は神桃のタルトを全員に配膳した。


「ピーチタルトさん! 待ってました!」


『ピーチタルトさんならいくらでも食べられるよ!』


 舞とリルはピーチタルトもさん付けすべきと認定したらしい。


 遥はピーチタルトを一口食べて涙を流した。


「ピーチタルト様、とても美味しゅうございます」


 (遂に様付けされちゃったよ)


 さん付けを通り越して様付けの評価をされたため、藍大は嬉しく思う反面で「Let's eat モンスター!」の記事がどうなるのか少し不安になった。


 過大評価されたらどうしようと思ったのである。


「妾の神生じんせいでも殿堂入りするレベルに美味しかったのじゃ。伊邪那岐もフルコースだけで5%力を取り戻すなんて驚いておったわ」


 最後に紅茶を飲んで一休みしていると、伊邪那美が嬉しそうに言う。


 だが、この後サクラがポロッと呟くことで事態が変わる。


「この後運動しなきゃ」


 藍大のフルコースはほっぺたが落ちるぐらい美味しいけれど、その分カロリーも高い。


 自分の体形を維持したい女性陣にとって、太るという事態は絶対に避けたい。


「なんの話~?」


「舞は私を怒らせたって話だよ」


「なんで!?」


「決めたのよっ。午後は舞と鬼ごっこするのよっ。そうしたら良い運動になるのよっ」


「捕まってハグされるリスクを負っても体型をキープしたいです」


『σ・ω・)σ全面的に同意』


「やってやるニャ」


『フィアも逃げる!』


「妾も参加しようかのう・・・」


「なんかよくわからないけど、私が捕まえたらハグしても良いんだね? それならやるよ~」


 逢魔家の女性陣は舞に追いかけられてカロリーを消費するつもりのようだ。


 それに対して遥はその鬼ごっこに参加できる実力がない。


「だ、大丈夫。全力の執筆作業はカロリーを使うもの。私は大丈夫。きっと平気よ」


 (無理矢理自分に言い聞かせてるなぁ)


 この手の話題に口を挟むと碌なことにならないので、藍大は黙ってリルの頭を撫でた。


 なお、12月に発売された週刊ダンジョン200号は藍大のフルコースが載っていると話題になり、創刊してから過去最高の売り上げだったことを記しておこう。

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