第516話 私のチャーシューは厚めにスライスしてね

 モンスター食材スレを見終えた藍大達は苦笑していた。


「ゲテキングの『なんでもかんでも』がすごそうだったな」


「主はずっとこのままで良いの。雑食に走っちゃ駄目。特に虫」


『ご主人、キビヤックは臭いってテレビでやってたから嫌だよ』


「わかってるって。家族が嫌がる料理を作る訳ないだろ」


「『良かった』」


 サクラとリルがホッとした様子を見せた。


「ニンニクチョモランマヤサイマシマシアブラカラメオオメってどれぐらいの量かな~?」


「舞ならきっと食べられるよ。俺は小でも満腹だった」


「藍大ってば行ったことあるの!?」


「大学時代に1回行った。俺には向いてなかったからその1回しか行ったことないけど」


「良いな~。ラーメン食べたくなって来た。藍大、今日の晩御飯はラーメンが良い」


 掲示板の呪文のせいでラーメンが食べたくなった舞のリクエストを受け、藍大は仕方ないと首を縦に振った。


「わかった。麺はメロの神麦で作った物があるし、スープはこの前の鍋で多めに作ってあったからその残りを使おう。トッピングも作り置きを使っても良いなら作れるぞ」


「食べる! 藍大愛してる~!」


 舞は藍大に抱き着いた。


 ラーメンを食べられることがよっぽど嬉しいらしい。


 抱き締められて動けない藍大をつんつんと突く者がいた。


「逢魔さん、神麦ってなんですか?」


 千春が目を輝かせている。


 この状態の千春は神麦がどんな物なのか聞かないと梃子でも動かないだろう。


 千春に隠しておく理由もないので藍大は正直に話す。


「神宮ダンジョンを踏破した際に手に入れた小麦です。メロが育ててくれたのでパンにしたり麺にしたりと大活躍です」


「私もここで晩御飯食べたいです!」


 (ですよねー。そう言うと思ってました)


 ここでNOとは言えないから藍大は頷いた。


「わかりました。千春さんだけウチでラーメン食べるって聞いたら茂が泣くので電話してあげて下さい」


「は~い」


 千春はすぐに茂に電話したところ、その返事は当然ながら自分も食べるというものだった。


 それはさておき、ラーメン作りが始まった。


 衛は舞達が責任をもって面倒を見ているため、千春もラーメン作りに参加する。


「逢魔さん、何からやりますか?」


「野菜を切ることから始めましょう。使うのはキャロピノの鼻とオニコーンの玉葱部分、ウエポンリーキ、アングリーマッシュです」


「こ、こんなにレア食材が使えるなんて・・・」


「千春さん? おーい、戻って来て下さーい」


 千春はいつも自分が料理する時に最初からこんなにレア食材を使えないから感動していた。


 藍大は千春の目の前で手を振って千春の意識を戻す。


「はっ、すみませんでした。じゃあ、手分けして切りましょうか」


 逢魔家には藍大が使うミスリル包丁とユグドラシルのまな板以外にも包丁とまな板がある。


 これは藍大以外が料理する時に使える調理器具がないからだ。


 ミスリル製調理器具とユグドラシル製調理器具はいずれも藍大が使用するため、元々使っていた調理器具も家族や遊びに来た千春が使えるように置いてある。


 藍大と千春の包丁捌きを見てリルとリュカ、ルナがニコニコしている。


『ご主人達速いね』


「私もいつかあれぐらいできるようになりたい」


「ワフ?」


 リュカの発言にルナはママもあんなことできるようになるのかと首を傾げた。


「リュカ、焦らなくて良いんだ。できることから少しずつ覚えような」


「わかった。じっくり教わる」


 料理の師匠である藍大に声を掛けられれば、リュカはルナの前で見栄を張ることなく頷く。


 リル達のほんわかした会話をBGMにしている内に野菜を切る作業は終わった。


 次はミスリルフライパンにごま油を入れて切った野菜を炒める。


 ミスリルソルトミルで塩を振ったところで千春が食いついた。


「逢魔さん、なんですかこれは!?」


「ミスリルソルトミルです。中身はソルティネっていう塩でできたモンスターの欠片ですね。どっちも今日手に入れました」


「羨ましいです。この胡椒もダンジョン産ですか?」


「そっちはメロが育てた最高品質の物です」


「持つ者と持たざる者の格差を感じます」


 千春は頬を膨らませた。


 レア食材ばかりを扱える藍大を本気で羨ましく思っているらしい。


「まあまあ。千春さんは半熟のゆで卵の準備をお願いします。シャインコッコの卵があるので」


「わかりました」


 藍大は千春が文句を言う暇を与えないようにするため、千春にレア食材を扱う作業を任せた。


 その作戦は功を奏して千春はすぐに機嫌を良くした。


 野菜を炒める作業が終わったら、今度はチャーシューをスライスする工程に移る。


「私のチャーシューは厚めにスライスしてね」


「舞はいつの間に来たのかな?」


「チャーシューを取り出す時に来たの。これってブネチャーでしょ~?」


「そうだよ」


「厚めでお願い」


『僕も』


「はいはい。そんな念押ししなくてもわかってるから」


 舞とリルがそう言い出すのはわかっていたので、藍大は食いしん坊ズの分は元々厚めにスライスするつもりである。


 ちなみに、ブネチャーとはブネのチャーシューのことだ。


 豚じゃないのにチャーシューなのかと細かいことを言ってはいけない。


 逢魔家では美味しければそれで良いのだ。


 チャーシューのスライスとゆで卵作りが終わると、前もって用意していた麺を茹でる。


 湯切りの作業は藍大と千春が協力して行い、最後にブラドが<無限収納インベントリ>から熱々のスープの入った鍋を出してどんぶりに盛り付ければ完成だ。


 配膳中に仕事帰りの茂が102号室に駆け込んで来た。


「間に合ったか!」


「お疲れ。良いタイミングで来たな」


「ラーメンって聞いたからな。絶対残業しないぞって気合入れて仕事終わらせて来た」


「どんだけラーメン食いたかったんだよ」


「非戦闘職の俺が残像を出す速さで移動できるぐらい」


「そりゃ作った甲斐あったわ。麺が伸びる前に食べようぜ」


「おう」


 藍大達は席に座って号令をかける。


「「「・・・『『いただきます!』』・・・」」」


 箸を使えないメンバーはサクラの<幾千透腕サウザンズアームズ>で補助されたまま麺を啜る。


 リルは<仙術ウィザードリィ>を使って箸を器用に扱うから別枠だ。


「うっま・・・」


「これは美味しい。作ってる時からわかってた」


 茂と千春は逢魔家特製ラーメンを食べて感動していた。


 その隣では食いしん坊ズがすごい勢いでラーメンを食べている。


「美味しい! これ何杯でもいける~!」


『ラーメンは飲み物なんだよ!』


「こういうのは堪らんな」


「熱いニャ! でも美味いニャ!」


『美味しいの~』


「美味なのじゃ! ラーメン最高なのじゃ!」


 食いしん坊ズの食べっぷりは凄まじかった。


 藍大が3分の1しか食べ終わっていないにもかかわらず、替え玉とトッピングの追加を頼んで来たのである。


 食いしん坊ズは1杯じゃなくていっぱい食べたいというに決まっていたから、藍大と千春は多めに用意していたがその読みは正解だった。


『おめでとうございます。特製ラーメンを奉納したことで伊邪那岐の力が20%まで回復しました』


『報酬として逢魔藍大の収納リュックに神桃しんとうの種が贈られました』


 (桃かぁ。メロが育てたら絶対美味いのできるよな)


 藍大は後でメロに必ず渡そうと決めてラーメンを食べるのに集中した。


 桃の話をしたい気持ちはあるけれど、せっかく作ったラーメンが伸びたら勿体ない。


 自分の麵が伸びるのも話しかけた相手の麺が伸びるのも嫌なのだ。


 その後、食いしん坊ズは普通の胃袋を持つ藍大達が1杯食べる間に3杯食べた。


 それだけ食べればお腹いっぱいになると思いきや、舞が残ったスープを見て口を開いた。


「藍大、お米ある?」


『僕も欲しい!』


「吾輩もまだ入るぞ」


「ミーも食べるニャ」


『フィアも』


「妾もじゃ」


「嘘・・・だろ・・・」


「茂、逢魔家じゃこれが日常茶飯事だ」


 あれだけ食べてまだ満腹にならないのかと茂が戦慄するのを見て藍大は何を言っているんだと首を振った。


 結局、食いしん坊ズはラーメンライスを決めてフィニッシュした。


「いっぱい食べたな。舞、満足したか?」


「うん! 大満足~!」


「そりゃ良かった。喜んでくれたなら作った甲斐あったよ」


「また今度作ってね」


「わかった」


 笑顔でまた作ってほしいと舞に頼まれれば藍大は断れないあたり、藍大は自分の料理をこれだけ美味しく食べてくれる人がいる幸せを改めて感じたのだった。

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