第514話 美味しくいただくまでがダンジョン探索だよ

 午後になって千春と衛がシャングリラの102号室にやって来た。


「こんにちは~! 遊びに来ました!」


「いらっしゃい。丁度お茶の準備ができたところですよ」


「良かったです。私も自作のお菓子持ってきました」


「『お菓子!』」


 舞とリルは待ってましたと嬉しそうに声を合わせる。


 今日は千春が育児の気分転換に藍大達とお茶会をする日だった。


 舞達も子持ちの母親だから、少しの間であれば衛を舞達に任せられるので千春にとって藍大達とのお茶会は気楽に息抜きできる貴重な機会なのだ。


 千春が作って来たのはマフィンだった。


「匂いだけでもわかる! これは美味しい!」


『ご主人のお菓子も美味しいけど千春のお菓子も良いね!』


「自信作です。逢魔さんは何を作ったんですか?」


「俺はロールケーキです。バナホーンタロスのバナナも使ってます」


「むむっ、また腕を上げましたね逢魔さん」


「本職にそう言ってもらえると嬉しいです」


 千春は藍大の作ったロールケーキを見て唸った。


 調理士の職業技能ジョブスキルもないのにここまでのクオリティを仕上げられるのかと感心している。


「良い匂いがする」


「ワフ」


「あ!」


 マフィンとロールケーキの匂いに誘導されてリュカとルナが来ると、それに気づいた衛がニパッと笑った。


「良かったね~。ルナちゃん来たよ~」


「あい!」


 千春は衛の嬉しそうな反応を見て調理士の顔から母親の顔になった。


「私達もいるのよっ」


「よっ」


「こんにちはです」


「えう」


『(*´∀`*)ノコンニチハ』


「あい」


 リュカとルナに遅れて仲良しトリオもそれぞれの子供を連れてやって来た。


 子供が全員集まった。


 幼児が集まると背の低い千春も相対的に大きく見えるから、今の彼女を見てちみっこ調理士と呼ぶ者はいないのではなかろうか。


 お茶会が始まってから千春はお茶を一口飲んでピクッと反応した。


「このお茶は良いですね。ティーポットの性能が良いだけではなく、香りが良くて飲むと口の中が爽やかな感じになります」


「フフン、わかる人にはわかるですね。何を隠そう私が育てたお茶です」


「メロさんの仕事でしたか。これは上流階級の人がいくら払っても良いから飲みたいと言いますよ」


「家族と来客で楽しむ分しか作らないです。一時期の奈美を見たら売り出そうなんて考えないです」


 メロはかつて奈美しか覚醒の丸薬を作れなかった時のことを思い出し、自分は絶対同じ目に遭いたくないと強く思っていた。


 覚醒の丸薬とお茶の葉では比較にならないかもしれないが、お茶の葉がきっかけで歴史的事件だって起きたのだから何が起きるかわかったものではない。


 馬鹿な富裕層が何かやらかすかもしれないと思えば外に出そうとは思わないのだ。


 もっとも、馬鹿なことを考えたと察知された時点でサクラの<運命支配フェイトイズマイン>で破滅待ったなしなのだが。


「強いられて作るのと自分から作ろうと思うのでは完成度に明確な差が出ます。メロさんがこのお茶の味を守ろうとするなら、今まで通り自分のペースで育てた方が良いですね」


「そうするですよ。私は家族と美味しい物を食べたり飲んだりしたいだけです。その他大勢のことなんて知らないです」


「私はいつもメロちゃんに感謝してるよ~」


「・・・舞、両手を広げて何やってるですか?」


「ハグ待ち~」


「行かないです! 絶対行かないですよ!」


 舞がハグしようとするのでメロは拒否した。


 大事なことだからただ繰り返すだけではなく、2回目には絶対という言葉まで付けているあたりメロは本気で嫌がっている。


 折角のお茶会で言い合いをするのは良くないから、藍大はその場で別の話題を振った。


「千春さん、もしも自分が作れる最高のフルコースを注文されたら何を作りますか?」


「フルコースですか。私だったら・・・」


 千春は少し考えてから自分の最高傑作を発表した。


 オードブルはレッドブルのローストビーフ。


 スープはバロンポテトのポタージュ。


 サラダは自家製ドレッシングをかけたシーザーサラダ。


 魚料理はグサダーツのアクアパッツア。


 肉料理はトリニティワイバーンの唐揚げ。


 主菜はクフトマトとブルーシェルのボンゴレロッソ。


 デザートはバトルトレントのアップルパイ。


 ドリンクは贔屓にしている店のブルーマウンテン。


 シャングリラダンジョン産の食材もふんだんに使っている。


「逢魔さんがもっとレア食材を外に出してくれたらグレードアップするんですが」


 チラチラと期待を込めた視線を向けるので藍大は苦笑する。


「すみません。月見商店街に売る物以外はみんなが食べちゃいますから」


 その言葉に舞とリルが胸を張る。


「お残しはあり得ないよね~」


『美味しくいただくまでがダンジョン探索だよ』


「とまあこんな感じです」


「ですよね」


 千春も藍大の答えがわかっていたのでそれほど落ち込んでいない。


 言うだけならタダだから、最前線の食材をほんのちょっぴりでも分けてもらえればラッキーぐらいの気持ちだった。


 もっと美味しい物を作りたいと上を目指せばキリがないが、千春が発表したフルコースは世間の認識で言ったらレア食材だらけである。


 藍大達が普段食べている料理と比べるからいけないのだ。


「ところで、いきなり私のフルコースを質問するなんてどうしたんですか?」


「実は、週刊ダンジョンの200号記念の『Let's eat モンスター!』でフルコースを作ろうと思ってるんですが、何を作ろうかと悩んでるんです」


「200号記念回は逢魔さんだったんですね。確かに記念に相応しい人選です」


「ハードルを上げないで下さいよ」


「だって今でも逢魔さんのレシピが読者の選ぶ食べたい料理ランキングでトップ5から外れたことないんですよ? 期待しないはずないじゃないですか」


 千春が言ったランキングは3月と6月、9月、12月末の年に4回行われる。


 そのランキングで今までの「Let's eat モンスター!」で取り上げられたレシピの中から読者が食べたい料理を投票で決める。


 ダブルチーズin照り焼きバーガーは「Let's eat モンスター!」でもかなり前の記事だが、今でも根強いファンがいるらしい。


 その根強いファンがいる要因として舞やリルの美味しそうに食べる写真も挙げられるから、逢魔家が力を合わせてトップ5の地位を守っていると言えよう。


「そう言われると頑張らなきゃとは思いますけどね」


「大丈夫だよ藍大。いつも通り自由に作ってくれれば私達が後は美味しくいただくよ」


『僕達はご主人が作ってくれるご飯ならペロッと平らげちゃうからね』


「舞達の熱量には敵わないけど、私も主のご飯が好きだよ」


「アタシもマスターのご飯が好きなんだからねっ」


「私の作った野菜と果物でマスターをサポートするです」


『Σ>―(*・д・*)→ 好きやねん』


「・・・なんか行ける気がしてきた」


 藍大は舞達の言葉を受けて根拠はないけれど大丈夫だと思えるようになった。


「ぼくもパパのごはんすき」


「わたしも」


「「「あい!」」」


「キュイ」


「ワフ」


「よーし、今のパパなら絶対なんとかできるぞ~」


 優月達にもエールを送られれば藍大は抱いていた悩みなんてどこかに行ってしまい、やれるという自信で満たされた。


「私も茂と楽しみにしてますね。そう言えば、少し話は変わりますけど逢魔さんは最近食材関連の掲示板を見てますか?」


「モンスター食材スレは毎日見てますね。ゲテモノ万歳スレは時々ですが見てます」


「意外ですね。逢魔さんはゲテモノ万歳スレなんて見ないと思ってました」


「時々ゼルがすごいの見つけたって教えて来るんです。ついでに言えば、ゲテキングからも雑食をいかに受け入れてもらえるようにするかアドバイスしてほしいと頼まれまして、アドバイスした時は完成品をスレでチェックしてるんです」


「ゲテキングさんの行動力ってすごいですね」


 (千春さんの行動力もなかなかだと思いますけどね)


 新しいレア食材や調理器具を見つけたとなれば、茂よりも千春の方がシャングリラに見に行きたいと言うぐらいだ。


 千春のフットワークが軽いのは間違いない。


「藍大~、丁度今モンスター食材スレが賑わってるみたいだよ~」


「マジ? ちょっと見てみるか」


「私も見ます」


 舞に言われて気になったため、藍大と千春もモンスター食材スレを覗いてみることにした。

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