第43章 大家さん、フルコースを披露する

第507話 世界は俺がすごいと勘違いしてるけど周りがすごいんだ

 11月20日の月曜日、茂がシャングリラの102号室にやって来た時には疲れた顔をしていた。


「おいおい、まだ朝だぞ茂。なんでそんな疲れた顔してんだよ」


「ここ最近国際情勢が目まぐるしく変わってるからその影響だ。何かしらが藍大達に関わって来るんじゃないかと考えるだけで胃が痛くなる」


 茂がうんざりしているのには理由がある。


 伊邪那岐ショックからは意外に早く立ち直ったものの、日本以外の情勢が大きく動いたせいで嫌な予感しかしないのだ。


 ”大災厄”三国志状態からレラジェが脱落したC国だが、ブエルとグシオンの討伐が思うようにいかず多くの国民が命を落とした。


 C国は西部にブエル、東部にグシオンがいてそれぞれと戦うC国の冒険者もいるが、国外に逃げるように移住する者も少なくなかった。


 そんな移住組がどこに向かうかと言えば、空っぽの旧NK国と旧SK国である。


 もっとも、それらの土地には放置されたダンジョンがいくつもあり、スタンピードが続いてモンスターが溢れるハードな場所になっている。


 それでも”大災厄”のブエルとグシオンと戦うよりはモンスターだらけの土地の方がマシと考える者が一定数いるのは事実だ。


 C国と仲の悪いA国に話を移すと、国内で暴れている”大災厄”フルカスをCN国と合同で討伐した。


 いや、合同と表現するのは適切ではないだろう。


 何故なら、フルカスはA国が再びCN国にフルカスを追いやろうとしたのをCN国が阻止し、結果的に挟撃されたことで力尽きたのだから。


 同じ戦場で戦っていても足並みは揃っておらず、リーアムの従魔がフルカスにとどめを刺した後にA国はその死体はA国に帰属されるべきだと難癖を付けて揉めた。


 A国とCN国の溝が埋まらないものになってしまったのは言うまでもない。


 残る大国のR国はウァレフォルを数で押し潰す形で倒したけれど、ウァレフォルの催眠術のせいで国内の治安は最悪の状況だ。


 巨大な国土にヒャッハーな連中がゴロゴロいるような状況である。


 次にT島国についてだが、こちらは日本と仲良くして覚醒の丸薬を大量に購入している。


 レラジェが現れた時は麗奈達がいたから良かったけれど、”楽園の守り人”のメンバーがいなかったらT島国は滅亡していたかもしれないのだ。


 そんな危機に直面すれば、独立は後回しでC国から日本に鞍替えして自国の強化を優先しようと考えるのも頷ける。


 以上の動きが11月に入ってから今日にいたるまでの出来事であり、この中のどれかが”楽園の守り人”に面倒を持ち込むのではないかと茂は気が気でない。


 そんな茂のスマホが突然鳴り始めた。


「悪い、ちょっと出るわ。はい、芹江です」


「茂も大変だな」


「そうだね~」


「主、私が流れを変える?」


 茂の様子を見て藍大と舞が感想を口にすると、サクラが少し摘まむような身振りをしながら言った。


 <運命支配フェイトイズマイン>で未来を茂が少し楽できるものに変えてあげるべきかと藍大に訊ねたのだ。


「俺達に直接害が出てない段階でやるのは不味い。あれは最終手段だ」


「わかった。やる必要があったら言って」


「了解」


 サクラによる未来の改変は藍大が待ったをかけたことで見送られた。


「それ、本気で言ってるんですか?」


 そう言った茂の表情は嫌そうに引き攣っていた。


「訊くだけ訊きますが期待しないで下さい。はい、失礼します」


 茂が電話を切ったのを確認してから藍大は話しかける。


「茂、今のは吉田本部長?」


「そうだ。俺の嫌な予感が的中した」


「聞くだけ聞こうか」


「テイマー系冒険者を有する国のDMU本部長が藍大に教わる機会を設けてほしいって吉田さんに連絡して来たんだってさ。以前藍大が思いついてやった合宿を国際的な枠組みで開催してほしいんだと」


「えっ、嫌だ。めんどい」


 藍大は茂から事情を聞いて即座に拒否した。


 ただ教えるだけならばまだしも、絶対にそれだけで終わるはずがない。


 各国とも藍大との貴重な接点を合宿だけで済ませる訳ないので藍大は嫌がった。


「俺が藍大の立場だってそー思う」


「というか板垣総理からその話は来ないんだな」


「板垣総理に話しても無駄だって相手もわかったんだろ」


「なるほど。それで目を付けられたのが吉田本部長か。DMUのトップ同士で政治のお話をしてるんだな」


 一国の為政者から外国のDMU本部長に直接話を持ち込むことはまずないが、DMU本部長同士のやり取りならば十分あり得る。


 冒険者達が持ち帰るダンジョン産資源はあらゆる産業を発展させるのに欠かせないから、気づけば各国でDMU本部長の地位が事実上その国のNo.2になっているのだ。


「俺は政治家になりたくてDMUに入ったんじゃないんだが、昇進するにつれて政治色の強い仕事を任されるので困る」


「大変だなぁ」


「世界一の戦力を持つ幼馴染のせいでな!」


「世界一の戦力だって~」


「主がNo.1なのはこの世の真理」


『誇らしいよね』


 今までおとなしく藍大に撫でられていたリルも茂の言葉を聞いて会話に参加した。


「世界は俺がすごいと勘違いしてるけど周りがすごいんだ」


「そこはもう世の中には2種類の人間がいる。俺か俺以外かぐらい言っちゃえば良いじゃねえの」


「驕る平家は久しからずって言葉があるだろ。つーか、俺自体は貧弱だから偉そうにしてあっさりやられたくない」


「大丈夫! 私達が守るから!」


「主が危険な未来は私が変える」


『僕達が全力で守るから大丈夫だよ』


「「頼もし過ぎる」」


 藍大と茂の声が揃った。


 外出時はゲンが<超級鎧化エクストラアーマーアウト>を使うから余計に安全だ。


 というよりも、藍大を襲撃すればその報復が割に合わないものになるだろうから誰も手を出さないに違いない。


「ところで、どこの国から強化合宿希望の連絡が来たんだ? テイマー系冒険者ってリーアムとE国の人しかいなかった気がするんだけど」


「その2国に加えてA国とD国、F国だ。それぞれ人形士と鳥教士、蟲士だって聞いてる」


「反対! 国際合宿断固阻止!」


 蟲士と聞いてサクラがそれだけ主張して藍大に抱き着いた。


 サクラは虫も虫型モンスターも大嫌いだからF国の蟲士が来日することは認められないようだ。


「ゲテキングは良いのか?」


「ゲテキングは私が嫌がるラインを弁えてる。ディアンヌも私に喧嘩を売るなんてありえないから例外」


「いつの間にそんなことになってたのやら」


「強化合宿のサウナでディアンヌと恋バナして仲良くなった」


「マジか。こっちは持木さんとゲテキングのせいで騒がしかったのに」


「あれは酷かった」


 サウナーな泰造とポーションを使った雑食を作る気満々なゲテキングがポーション風呂を使った時にどうなったか思い出し、藍大と茂が苦笑した。


「それはそれとして、A国とD国、F国にテイマー系冒険者なんていたんだな。知らなかった」


「俺だって初耳だよ。きっと外国に引き抜かれないように各国が対策したんだろうさ」


「引き抜かれる奴なんているの?」


「今のところはいないな。国が逃がさないようにしてるんだろうさ。忘れてくれ」


 茂は藍大の指摘を受けて自分の発言を撤回した。


 そこでリルが藍大に話しかける。


『ご主人、CN国のテイマー系冒険者は天敵だから僕も国際合宿には反対だよ』


「そっか。その問題もあったわ」


 サクラに苦手なものがあるようにリルにも苦手な天敵がいる。


 向付後狼さんを筆頭とするモフラーのことだ。


 サクラとリルが関わりたくないメンバーがいる以上、国際合宿が現実になることはないだろう。


「吉田さんには俺の方から断っとくわ。あの人も期待はしてなかったけど話はしたってポーズが必要そうなだけだったし」


「そう言ってもらえると助かる。今日の午後はテイマー系冒険者に転職した理人さんと小森さんの相談に乗るから、国内の方で俺は頑張るさ」


「他が育てば藍大は楽できるもんな」


「それな。”楽園の守り人”とマルオ以外でもそろそろ”大災厄”に余裕で勝てる戦力を用意したい。把握してる限りだと、神田さん、持木さん、真奈さん、ゲテキングは戦えるぞ」


「強化合宿の成果が出てるようだな。有馬さんも加えて転職テイマー第二陣の育成もよろしく頼む。藍大が楽できるってことは俺にかかる負担も減るってことだから」


「了解。茂の胃の平和のためにも頑張らせてもらおう」


「頼む。マジで頼む。本気で頼む」


 (目がマジだわ)


 それだけ茂の胃痛問題は深刻なのだ。


 この後茂は悪いと思った藍大にアップルパイをお土産で貰ってご機嫌な様子でDMU本部へと帰った。

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