第493話 この子お持ち帰りする!

 14日の午前11時、藍大は舞とサクラ、ゲンと一緒に町田ダンジョンのはす向かいにあるモフモフカフェの裏口にやって来た。


 カフェの表には既にモフラー達による長蛇の列ができており、もしも藍大達が現れたら騒ぎになることは間違いないから裏口に来たのだ。


 基本的に藍大といつも一緒のリルの名前が同行メンバーになかった理由だが、リルがモフモフカフェに行くのを拒んだからだ。


 同胞モフモフが店内のあちこちで天敵モフラーにモフられるところを見たくないのもそうだが、どさくさに紛れて自分のことをモフろうとする不埒者がいるかもしれないので留守番することにした。


 そういう訳で今日の移動はサクラと手を繋いで空を飛んでの移動だった。


 <透明千手サウザンドアームズ>があればサクラが腕力だけで藍大と舞を引っ張る必要がなく、傍目には仲良く3人で空を飛んでいるように見えただろう。


 藍大達はモフモフカフェの裏口のドアに記された店名を見た。


「モフランドって店名はありなのか?」


「そのものずばりだね~」


「モフラーが押し寄せそう」


 店名に対して3人がコメントしていると、裏口のドアが開いて中から真奈が出て来た。


「逢魔さん、舞さん、サクラさん、おはようございます。あれ、リル君はどこですか?」


「おはようございます。真奈さんにそう訊かれたら『僕が天敵の巣窟に行く訳ないでしょ』って言ってほしいとリルに頼まれました」


「なんでですか!? リル君と会えるのを楽しみにしてたんですよ!?」


「クゥ~ン」


 真奈の後ろからガルフが現れ、リルの不在を知った彼は悲しそうに鳴いた。


 今日が自分にとって大変な1日になるだろうと思っていたため、頼りになる先輩リルにこの場にいてほしかったのだ。


「ガルフおいで」


「アォン?」


 藍大がしょんぼりしているガルフを手招きすると、ガルフはどうしたのかと言いたげな表情で藍大に近づく。


「リルの主人としてお詫びにリルが好きな撫で方をしてあげよう」


「クゥ~ン♪」


「お、逢魔さん! あんまりです! 私のガルフを寝取るつもりですか!?」


「誰も寝取ってないですから誤解を招く発言をしないで下さい」


 冷静かつ迅速に真奈の発言を否定しないと掲示板でもっと酷い内容で噂が広がりかねない。


 だからこそ、藍大は動揺することなく速やかに真奈の発言を否定した。


 藍大のお詫びが終わってから、真奈に案内されて藍大達はモフランドの中に入った。


 モフランドの内装はクラシックモダンと表現すべきものであり、来店客は靴を脱いでスリッパに履き替える。


 スリッパを履いた藍大達を待ち構えていたのはアルミラージとカーバンクル、グレイウルフ、コッコベビー、ハイドキャットが3体ずつだった。


 コッコベビー3体は白雪の従魔であり、それ以外の12体は真奈の従魔である。


 15体のモフモフを目にして舞のテンションが急上昇した。


「か~わ~い~い~♡ こっちおいで~!」


 舞は膝を床に付けてから両手を広げてモフランドの従魔達に声をかけた。


 ところが、1体のコッコベビーを除いて全ての従魔達は藍大に駆け寄った。


「おいおい、俺はお前達の主人じゃないぞ」


「どうしてみんな私よりも逢魔さんに懐いてるんですか!?」


 特に呼びかけた訳でもないのに14体のモフモフが集まって来たため、藍大はやれやれと苦笑しつつも順番に撫でてあげた。


 その様子を見てオーナーの真奈はどうしてこうなったと悔しがった。


 最初に両手を広げて迎え入れようとした舞はと言えば、最初のポーズのまま固まっていた。


「こればかりは仕方ない。みんな本能的に舞が危険ってわかってる」


「そんなぁ・・・」


 サクラにショックなことを言われて舞はしょんぼりした。


 しかし、舞にもまだ希望は残っていた。


 マイペースなコッコベビー1体がゆっくりとだが確実に舞に向かって向かって歩いて来たのだ。


 そして、舞の正面で立ち止まったコッコベビーは一鳴きする。


「ピヨ」


「この子お持ち帰りする!」


「舞さん、駄目です! カームは白雪さんのレンタル従魔ですから!」


 カームと呼ばれたコッコベビーを抱え上げた舞に対して真奈が止めに入るという珍しい状況になった。


 普段ならば真奈も止められる側の人間のはずなのに、モフランドのオーナーになったことで真奈は止める側の人間になったらしい。


 藍大は舞がこれ以上暴走しないように声をかける。


「舞、帰ったら好きなだけルナを抱っこできるだろ?」


「ルナちゃん好きなだけ抱っこできるんですか!? カームと交換して下さい!」


「落ち着け駄モフラー」


 普段ならばですます調で対応する真奈に対し、藍大はジト目たっぷりなタメ口で止めた。


 藍大にルナをトレードする意思がないこともそうだが、そもそもカームは白雪のレンタル従魔だ。


 真奈にトレードする権利もなければ先程と言っていることが真逆である。


 モフラーを狂わせるルナは恐るべきモフモフベビーと言えよう。


 舞と真奈を落ち着かせた後、藍大は収納リュックから丸薬の入ったフラスコを1つ取り出した。


「真奈さん、こちらが昨日持って来ると予告した例のお祝いです」


「逢魔さん、本当に持って来て下さったんですね!」


「持って来れないのに持って来たなんて言いませんよ」


「逢魔さんが私を騙して楽しむような人じゃないのはわかってますが、それでもこれが目の前にあるだなんて普通は信じられません!」


 藍大は昨日、真奈にお祝いに転職の丸薬(調教士)を持っていくと連絡した。


 これは奈美が創薬の力を使わず調薬したものである。


 ちなみに、転職の丸薬(調教士)を作るには以下の素材が必要だ。



 ・Lv100の獣型モンスターの魔石を砕いた粉

 ・Lv90以上の獣型モンスターの歯を砕いた粉3種類

 ・Lv90以上の獣型モンスターの爪を砕いた粉3種類

 ・リャナンシーの血



 藍大達からすれば素材集めは大した問題ではないかもしれないけれど、他の冒険者からすれば大問題としか言えない。


 Lv90以上の獣型モンスターの歯や爪ならば、部位破壊して手に入れれば倒さなくても済む。


 しかしながら、Lv100の獣型モンスターの魔石はそのモンスターを倒して手に入れなければならない。


 この条件をクリアするというのが1つ目の問題だ。


 だが、リャナンシーの血を手に入れる2つ目の問題はもっと厳しい。


 Lv100の獣型モンスターの種族は問われていないが、リャナンシーの血はリャナンシーと種族が限定されている。


 今のところ、リャナンシーはシャングリラダンジョンの地下13階でしかその存在を確認されていない。


 ”ダンジョンマスター”の従魔を持つテイマー系冒険者なら手に入れられる可能性はあるけれど、従えずに倒すには戦う必要がある。


 戦えば魅了されてリャナンシーの駒にされてしまう恐れもあるので、既にテイマー系統の職業技能ジョブスキル持ちの冒険者がわざわざリャナンシーと戦ったりしないだろう。


 なお、転職の丸薬(調教士)は客寄せイベントに使ってもらうために”楽園の守り人”から真奈に1つだけ無償でプレゼントすることにしたのだ。


 本来であれば、転職の丸薬(調教士)は1,000万円の価値があるのだが、モフラー冒険者が第二のクダオになることを阻止することとモフランドの成功を祈って藍大が開店祝いにプレゼントした。


 転職の丸薬(調教士)が量産できるとバレれば面倒事が起きるのは間違いないので、この場においては1つだけ提供するべしとアドバイスしたのは茂だったりする。


 量産できたとしても、適度に間隔を開けて世に出さねば国内外問わず大騒ぎになるのは間違いない。


 それゆえ、モフランド開店というニュースである程度注目を真奈に集めてもらえる今回は転職の丸薬(調教士)を単発で世に出さずに済むから都合が良かった。


「これはいつ使いますか?」


「正午のオープンで満席になったらサプライズ企画として案内します。できれば逢魔さんとのじゃんけんに勝った人に販売としたいのですがいかがでしょうか?」


「真奈さんがじゃんけんするんじゃ駄目ですか?」


「私には司会の仕事があるので特別ゲストの逢魔さんにお願いしたいです」


 真奈が真面目な理由で頼めば藍大としても断れない。


「わかりました。引き受けましょう」


「ありがとうございます!」


 真奈は藍大から承諾を得て嬉しそうに笑った。


 その後、じゃんけんイベントの流れについて打ち合わせをしているとあっという間に正午を迎え、いよいよモフランドの開店時刻になった。


 ドアが開けられてモフラー達がスタッフの案内で順番に店内に入っていく。


 それからすぐにモフモフ達を見てモフラー冒険者達の歓声が店内に響いたのは言うまでもない。

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