第41章 大家さん、モフ神様と崇められる

第483話 茂がショックのあまり難聴系主人公になっちまった

 8月1日の火曜日、朝からシャングリラ102号室には奈美と茂が藍大と話し合うべく集まっていた。


「茂、日本国内の冒険者の三次覚醒率はどれぐらいになった?」


「今朝時点で7割だな。全国のダンジョン探索で覚醒の丸薬Ⅱ型を買えるだけの資金集めができた冒険者が増えたんだろう。今購入できてないのは散財傾向にある冒険者や最近ダンジョン探索の機会自体が減ってる冒険者だけだ」


「確かにいっぱい作りました。一応、残り3割の冒険者の分も用意できてますよ」


「奈美さん仕事速いな。流石だわ」


「ありがとうございます。覚醒の丸薬Ⅱ型作りから解放されたくて大急ぎで頑張りました」


 奈美が覚醒の丸薬Ⅲ型の再現に成功してから2ヶ月半以上経った今でも、覚醒の丸薬Ⅲ型は”楽園の守り人”と茂以外に使った者がいない。


 覚醒の丸薬Ⅲ型の素材と値段が問題だからである。


 作成に必要な素材はスフィンクスの爪とリャナンシーの血、能力値平均3,000以上のドラゴン型モンスターの鱗、”〇聖獣”の称号を持つモンスターに祝福された液体の4つだ。


 スフィンクスとリャナンシーはそれぞれシャングリラダンジョンの地下12階と地下13階にいる。


 能力値平均3,000以上のドラゴン型モンスターはラードーンでその条件をクリアしている。


 ”〇聖獣”の称号を持つモンスターに祝福された液体はリルが<神狼魂フェンリルソウル>で清めた飲猿殺しがある。


 藍大のパーティーにとっては素材集めも苦ではないが、それ以外のパーティーでは安定供給するのが難しいのは言うまでもない。


 余談だが、奈美は飲猿殺しにアジ・ダハーカの肝を漬け込んで酔龍殺すいりゅうごろしなる薬用酒を完成させた。


 麗奈の二つ名変更を受けて今まで手を付けて来なかったレシピを使ったのだ。


 度数はキツいが疲労回復と滋養強壮の効果があり、月見商店街で数を限定して販売した酔龍殺しは酒好きを唸らせた。


 奈美が気まぐれで作るものだから、酔龍殺しは高値でも市場に出たらすぐに売り切れる人気商品となった。


 覚醒の丸薬Ⅱ型が500万円であり、酔龍殺しも1,800mlの瓶1本で50万円する。


 この2つの薬品アイテムで”楽園の守り人”はかなり稼いだ。


 覚醒の丸薬Ⅱ型と酔龍殺しの販売により、既に”楽園の守り人”は三原色クランそれぞれの総資産額と並んでも見劣りしないレベルで拡大している。


 茂の鑑定によれば覚醒の丸薬Ⅲ型には2,000万円の価値があるので、これを売り出せば更に”楽園の守り人”は日本一の資産を持つクランになるだろう。 


 藍大達は貯め込み過ぎないように月見商店街の土地を買ってシャングリラの結界の庇護下に入れたが、それでもお金は有り余っているのでこれ以上荒稼ぎしたくないのが現状である。


 また、限られた数の四次覚醒の冒険者がいることよりも日本中に三次覚醒者がいた方が”大災厄”による被害は少なくて済む。


 藍大と茂は相談して以上の理由から覚醒の丸薬Ⅲ型を売り出すのを見送った。


「解放されたくてって言い方が引っ掛かりますね。奈美さん、今度は何作ったんですか? 今日はその件で俺を呼んだんですよね?」


「そう慌てるなって。そんなに早く知りたいのか?」


「・・・いや、ちょっと待ってくれ。俺の視界で藍大と奈美さんが黄色く点滅してる。胃薬の時間だ」


 茂はそう言って携帯している胃薬を飲んだ。


 茂の視界で藍大と奈美が黄色く点滅したのは四次覚醒によって発現した能力が影響している。


 鑑定士が四次覚醒で会得する能力は危険察知であり、その鑑定士にとって危険に該当する何かを起こす対象が黄色く点滅して見えるようになったのだ。


 つまり、茂は自分の危険胃のピンチを目から事前に察知できる手段を手に入れたということになる。


 それが良いのか悪いのかは考え方次第だろう。


 胃薬を飲み終えた茂は中断させた話を再開させた。


「よし、これで大丈夫だ。バッチ来い」


「奈美さん、言ってやって」


「えっ、あっ、はい。実は転職の丸薬(調教士)の作成方法がわかって再現しました」


「え? なんだって?」


「茂がショックのあまり難聴系主人公になっちまった」


「これは重症ですね。サクラさんを呼びますか?」


「呼ばなくて良いです。聞こえてますから」


 茂の些細な抵抗はあっさりと終わった。


 聞こえなかったことにしたかったけれど、それでは全く話が進まないので茂には諦めるしかなかったのだ。


「藍大、どうしてそうなった?」


『ワッフン、パンドラがダンジョン探索中だから僕が代わりに説明するよ』


「リルが?」


 今までの話し合いの間、藍大の膝の上でおとなしく撫でられていたリルがぴょこんと顔を出したので茂は首を傾げた。


 藍大はリルが説明すると言ったことに対してそれを許可するように頷いた。


 リルは藍大の許可を得たと判断して話し始める。


『事の発端はパンドラ達がT島国のN1ダンジョンで2つの宝箱を手に入れたことだよ』


「そういえばそんな報告を受けたな。あの時はレラジェ討伐に気を取られて宝箱から何を手に入れたかまでは聞いてなかったっけか」


『それでね、2つの内1つの中身はパンドラの物ってなったんだけど、パンドラがサクラにお願いしたのが転職の丸薬(調教士)だったの』


「なんでだ? パンドラがそれを手に入れたがる理由なんてないだろ?」


『国際会議に出てパンドラは天敵対策が必要だって考えたんだよ』


「天敵? あぁ、モフラーか。でも、なんで天敵対策が転職の丸薬(調教士)になるんだ?」


 茂はパンドラがCN国のシンシアに撫でさせてほしいと迫られた話を思い出した。


 しかし、それがどうしてパンドラに転職の丸薬(調教士)を求めさせることになったのかさっぱりわからなかった。


『天敵が僕やパンドラから興味を移すには自分だけのモフモフが必要だよね?』


「・・・なるほど。マイモフモフをテイムしたモフラーが増えれば増える程自分達は安全だって考えたのか」


『そうだよ!』


 リルは正解だと嬉しそうに言った。


 藍大はリルの頭を撫でてここからは自分が説明を引き継ぐ意思を示した。


 リルは藍大に頭を撫でられて気持ち良さそうにしている。


「とまあそんな事情でサクラが宝箱から転職の丸薬(調教士)を引き当てて、調教士量産計画が始まったんだ。奈美さんに研究してもらって素材が集まれば実行できると思ったんだけど、奈美さんが昨日作成に成功したんだ」


「調教士量産計画というパワーワードのせいで奈美さんの偉業を素直に喜べねえ」


 茂は真奈やシンシア、リーアムのキャラを理解しているため、あの3人と同類のモフラー冒険者が転職の丸薬(調教士)に飛びつくだろうことを容易に想像できた。


 モフラーが自分だけのモフモフをテイムすることは悲願なので、彼等は転職の丸薬(調教士)が売られているとなれば是が非でもそれを手に入れようとするだろう。


 テイムできないモンスターモフモフスレの住人達は、最近だとダンジョンのモンスターをどうやってモフるかお互いのテクニックを披露している。


 町田ダンジョンにはモフラー冒険者が集まっており、自分達がどうやってモフっているか動画に収めてそれをモンスターモフモフスレに投稿していたりする。


 だがちょっと待ってほしい。


 果たして転職の丸薬(調教士)はモフラーだけが欲しがるものだろうか。


 否、断じて否である。


 ダンジョンを自分の手中に収めるチャンスを冒険者ならば見逃すはずがない。


 自分の職業技能ジョブスキルに愛着や使命等がない限り、転職の丸薬(調教士)に手を出さない冒険者はいないだろう。


 調教士になってしまえば、クダオこと元2代目ジェラーリのように自身が”ダンジョンマスター”になる必要がない。


 ダンジョン内に縛られずダンジョンを支配できるメリットは藍大達テイマー系冒険者の活動記録を見れば誰だってわかる。


 モフラーだけでなく勝ち組になりたい者までもが調教士になろうとして転職の丸薬(調教士)を求めるようになるのは間違いない。


 そして、転職の丸薬(調教士)を求めてトラブルが起きるであろうことも想像に難くない。


 だからこそ、茂は奈美が転職の丸薬(調教士)を作ったという偉業を素直に喜べなかったのだ。


「ということで、茂には転職の丸薬(調教士)を巡るトラブルが起きないように協力してほしい」


「そりゃ協力するさ。しない訳がないだろ。それにしても奈美さんも藍大と同じやらかす側に人間になっちゃいましたか」


「おい、やらかす側ってなんだよ」


「転職の丸薬(調教士)作りはとても楽しかったです。作ったことを後悔してません」


「はぁ・・・。やれやれだな」


 茂はこれからするであろう苦労を思い浮かべて大きな溜息をついた。

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