第472話 そういうことかよ畜生! 気遣いありがとな!

 茂がシャングリラに到着すると、エルに102号室に通された。


 リルに出迎えられて102号室に入った茂は藍大と両脇から藍大に抱き着く舞、サクラとテーブル越しに向かい合うスーツ姿の女性を見つけて困惑した表情になった。


「お前、黄美鈴コウメイリンか?」


「久し振りだね芹江君。覚えてくれてて良かった。逢魔君は最初忘れてたから心配だったんだ」


「無茶言うな。高校以来一度も会ってないクラスメイトのことを覚えてられる訳ないだろ」


「えー? 自慢じゃないけど私ってクラスで一番人気だったんだけどなー」


 藍大達の前にいるスーツ姿の女性は藍大と茂と同じ高校に通っていた黄美鈴だ。


 T島国から親の都合で来日していた彼女は高校の3年間、2人と同じクラスだった。


 3年間同じクラスとは言ってもグループが違えば話す機会はほとんどない。


 当時から彼女は日本語がペラペラだったが、学校でグループが違えば本当に話す機会なんてないのである。


 藍大が言う通り高校卒業後一度も会っていないのならば、記憶から薄れてしまっても仕方のないことだろう。


「家庭科の調理実習で同じ班だったこともあったろうに」


「あの頃はみんな俺の料理をつまみ食いしに来るから誰が同じ班だったなんて覚えてない」


 高校時代には藍大の料理の腕前が料理好きな主婦レベルに達していたため、家庭科の調理実習の時は藍大の班にクラスメイトが群がってつまみ食いする者ばかりだった。


 藍大は当時から周囲の人間の胃袋を掴んでいたのである。


「アハハ。確かにそうかも。というか芹江君は記憶力がホントに良いね。流石は学年トップクラス」


「昔の話だ」


「そうだね。今は日本のDMUビジネスコーディネーション部長様だ」


 美鈴が真剣な表情になったことに気づいて茂も気を引き締めた。


「黄さん、いきなり藍大を訪ねるとは驚きの行動力だな」


「ちゃんと逢魔君に連絡したんだよ?」


「シャングリラの前で連絡されても困る。スマホに登録してあったけど名前に覚えがなかったから出るのも躊躇った。舞が知らない女から電話が来たって言った時はガクブルだったぞ」


「そりゃそうだ」


 舞は普段おっとりしているけれど、戦闘モードになったらキャラがオラオラする。


 藍大の浮気を疑って舞が戦闘モードになってしまったらと想像し、茂は心の底から藍大に同情した。


「ごめんねー。ニュースを見て結婚してるってのは知ってたから、浮気を疑われなさそうな服装を選んで来たんだけど電話までは気が回ってなかった」


「私は藍大のこと信じてるもん。ビクビクし過ぎだって」


「そうだよ主。主が浮気するはずないって私達は信じてるよ」


「信じてもらえて嬉しいんだけど、そろそろ離れてもらえないかな?」


「「嫌だ」」


 舞とサクラはまだ藍大の腕を離すつもりがないらしい。


 美鈴は高校時代と変わらず美人なので、舞もサクラも美鈴に対して藍大の妻は自分達だとアピールしているようだ。


「という訳で先程から警戒されっ放しで話がなかなか進められなかったんだ。芹江君が来てくれて良かったよ」


「なるほど。藍大が切羽詰まった感じで俺を呼び出した理由がわかった」


 舞とサクラにとって美鈴は歓迎せざる客人だ。


 藍大はそれを理解しているからこそ、早く用件を聞いてお引き取り願おうと思っているのだが美鈴は舞とサクラに警戒されてなかなか具体的な話をできずにいた。


 これは自分が大急ぎで呼ばれるのも仕方ないと茂は悟った。


「とりあえず、私は逢魔君に色目を使ったりする気はないんだ。そろそろ警戒を解いてくれても良いんじゃない?」


「そんなのとっくにわかってるよ」


「私達が警戒してるのは貴女が面倒事を持って来たこと」


「・・・面倒事か。うん、これは何も言い返せないね」


 面倒事を持って来た自覚があった美鈴は苦笑するしかなかった。


「舞さんもサクラさんも黄さんに早く帰ってほしいなら話を聞いちゃった方が良いですよ。このままただ居座られるのも嫌でしょう?」


「わかった」


「仕方ない」


「なんだろう。間違っちゃいないけど私に棘のある言い方をするね」


「黄さんは俺の胃痛の原因の1つだからな。優しくしてもらえると思ったら大間違いだ」


「酷い。私には味方がいないのね」


 そう言いつつ美鈴は少しも悲しそうではないあたり、まだ心に余裕があるのだろう。


「黄さん、本題に入ろう。T島国独立の件でどんな面倒事を持ち込むつもりだ?」


「逢魔君、そこまで露骨に嫌がるのは流石に酷いと思うんだ」


「でも面倒事だろ?」


「それは否定できない。実は、T島国にはスタンピード間近まで追い詰められてるダンジョンがあるんだ。逢魔君達のクランにここの踏破をお願いしたい」


「だってさ」


「俺に振るんじゃない。藍大が頼まれてるんだから」


 藍大が他人事のように自分に話を振るものだから、茂はそうじゃないだろうと冷静にツッコんだ。


「俺達が外国のダンジョンに乗り込むとなれば色々面倒な手続きがあるだろ? それを担ってもらう茂に話を振った訳だがどう思う?」


「そういうことかよ畜生! 気遣いありがとな!」


「芹江さんツンデレ~」


「ここに未亜がいなくて良かった。もしも居たら主とのBL妄想してたに決まってる」


「それな」


「やかましい!」


 茂はキレッキレだった。


 T島国のダンジョンに藍大達の誰かが行くとなると、パスポートを用意しなければならない。


 冒険者制度ができてから冒険者が国を行き来するのに専用のパスポートが必要になった。


 気軽に旅行という気持ちで手続きできないだけでなく、どれくらいの期間で何をするのか旅程もきっちり報告しなければならない。


 藍大のパーティーはSランク冒険者で構成されており、緊急事態に備えて国内にいてほしいのは日本国民の総意だ。


 そういった諸々の調整をする身からすれば、藍大が自分にボールを投げてくれたことは面倒な仕事を自分の都合に合わせて調整できるからありがたいと言える。


「黄さん、そのダンジョンはスタンピードが起きるまでどれぐらい猶予がありそう?」


「短く見積もって5日かな」


「そんな短期間じゃ藍大のパーティーがT島国に行く準備は整わない。広瀬達ならギリギリだな」


「それなら麗奈が二つ名変えたがってたし、麗奈と未亜に任せてみようかな」


「人数絞ってくれると助かる。その分だけ処理速度が上がるし」


「麗奈と未亜に話してみるか」


 藍大と茂がてきぱき話を進めていくと、美鈴がちょっと待ってほしいと口を開く。


「え? 逢魔君達は来てくれないの? 代わりが2人? 大丈夫なの?」


「不安そうだけど麗奈と未亜も日本トップクラスだからな? しかも、俺の従魔を2体連れて行かせるし」


「多分これでも過剰な戦力だと思うぜ。黄さん、そのダンジョンのモンスターで確認されたレベルの上限はどれぐらい?」


「過去に発見された話だとLv80だね」


「余裕だな」


「間違いない」


「えぇ・・・」


 藍大と茂が断言するのを見て美鈴はショックを隠せなかった。


 自分達が必死に戦ってもどうにもできないダンジョンを余裕と断言されればそうなるのも無理もない。


「ところで、報酬として何を貰える? まさか報酬なしで働かせたりしないよな?」


「勿論だよ。T島国の最高級ホテルの無料宿泊券でどうかな?」


「・・・どうだろう?」


「俺達が判断することじゃないな」


「あれ? なんでそんな反応薄いの?」


 藍大と茂の反応が薄いのはシャングリラの生活が充実しているからだ。


 ”楽園の守り人”で活動している以上、稼ぎは三原色クランの最上位パーティーよりも上である。


 それだけお金があれば家具や服は充実しているし、食事はシャングリラダンジョンのモンスター食材で舌が肥えている。


 麗奈も未亜も観光大好きという訳ではないので、美鈴の提示した報酬では心が動かないのではないかと藍大と茂は考えたのだ。


「だったらT島国で大人気の美容グッズも付けるよ」


「まだウェパル素材の美容グッズがあるから惹かれない気がする」


「そんな物があるの?」


「ウェパルって”大災厄”の素材と諸々の素材を調合してできた美容グッズがあるから、しばらくは他の美容グッズに興味を示さない気がする。舞とサクラはどう思う?」


「ウェパルシリーズがなくなるまで他の物は使わないよ~」


「主にも褒めてもらえた美容グッズから乗り換える訳ない」


「何それ私も欲しい」


「「駄目」」


「酷い」


 美鈴は舞とサクラのコメントを聞いてウェパルシリーズの美容グッズに興味を持ったが、あげないときっぱりと言われてしょんぼりした。


 結局、報酬も含めて麗奈と未亜に相談することになり、藍大は後日回答すると答えて美鈴にお引き取り願った。

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