第40章 大家さん、外国に仲間を派遣する

第471話 用法用量はしっかり守って下さい

 7月10日の月曜日、茂は出勤直後に志保から本部長室に呼び出されていた。


「芹江さん、おはようございます。今朝のニュースは見ましたか?」


「おはようございます。どのニュースでしょう? 今朝は結構ボリュームがありましたが」


「その認識であれば問題ありません。C国とT島、R国の件です」


「朝から胃薬案件だらけで勘弁してほしいです。ストックを補充したと思ったらまたすぐになくなりそうです」


「用法用量はしっかり守って下さい。胃薬は飲めば飲むだけ効きが良くなる訳ではありませんよ?」


「飲まなきゃやってられないんです」


「そんなアル中みたいな発言をしたら駄目ですよ。千春さんが悲しみますよ?」


 志保は苦笑しながら茂を落ち着かせた。


 今朝のニュースはDMU職員や日本のトップクランにとっては衝撃の内容だらけだった。


 まず、C国のニュースはC国の内戦に乗じて”大災厄”が新たに2体現れたということだ。


 元々はレラジェだけだったのだが、C国が3つの勢力に割れて内戦をしている間にスタンピードが発生して”大災厄”誕生まで事が進んでしまったのだ。


 新たに現れた”大災厄”はブエルとグシオンであることが明らかになっており、戦火と3体の”大災厄”を恐れるC国民の一部は隣接する国々へと脱出している。


 C国にいる3体の”大災厄”の仲は悪く、どの個体も自分が頂点でなければ気に食わないため”大災厄”同士の三つ巴の戦いまで起こっている。


 それゆえ、現在荒れに荒れているC国で残っているのは好戦的な者や勝ってのし上がろうとする者だけである。


 このニュースに関連するのが次のニュースだ。


 長年、C国から完全な独立を果たそうとしていたT島がC国の内戦状態を利用して独立を宣言した。


 C国のどの勢力も今はT島に構っている暇がなく、T島が今日からT島国を名乗っても抗議の声明を発表するだけで力をもってわからせる余裕はない。


 どさくさに紛れてT島国は独立した訳だ。


 それだけで終われば日本には大きな影響を与えないのだが、T島国が独立する際には日本に支援してほしいと言って来たため無関係ではいられなくなった。


 独立するとは言っても、C国の3つの勢力が協力してT島国を力で捻じ伏せようとする可能性がないとは言い切れない。


 だからこそ、今のC国に勝てる日本に支援を求めたのである。


 C国が日本で行われた国際会議で続けてやらかしたため、C国の国際社会における影響力はガタ落ちしている。


 逆に日本の影響力は強まる一方だからT島国が日本を頼ったのだろう。


 そして、R国のニュースはR国が東西で分裂したというものだ。


 R国で暴れる”大災厄”のウァレフォルがR国西部を無法地帯にしたことにより、R国東部が無法地帯に侵食される前にR国西部を切り離した。


 内戦が起きて東部と西部が争うというよりは東部が西部を見捨てたと言えよう。


 この決断にはA国が暗躍していた疑惑もあり、国際社会は大国のせいで大変なことになっている。


 以上のニュースが今朝まとめて報道されれば茂の胃が痛くなるのも無理もない。


「失礼しました。日本にとって優先度が高いのはT島国の件ですね。板垣総理はなんとおっしゃいましたか?」


「対外的に明確な回答は避けてるようですが、支援要請を受け入れたいみたいですね」


「T島国が望む支援とは具体的になんでしょうか? それも聞かずに助けてと言われたから助けたいなんて言いませんよね?」


「冒険者の強化と諸外国が独立を邪魔した時の後ろ盾になることです」


「それは独立じゃなくて日本の属国になるのと同義じゃないですか?」


「私もそう思います。板垣総理もそう思ったからこそ支援要請を受け入れたいと考えてるのでしょう」


 板垣総理は藍大の機嫌を損ねないように外国への対応を慎重に行うようになったらしい。


 以前は藍大達の都合も考えずにホイホイ要請を受けていたが、今はどうしたいという希望は持ちつつも回答を保留することを覚えたようだ。


「冒険者の強化は二次覚醒で良いのであれば問題ないと思います。問題は後ろ盾になる方です。それってぶっちゃけ”楽園の守り人”狙いですよね?」


「同感です。日本の後ろ盾というよりも逢魔さんに守ってもらいたいのでしょう」


 茂と志保の意見が一致した。


 現在、覚醒の丸薬は三原色クランと白黒クラン、”迷宮の狩り人”、”魔王様の助っ人”でも薬士の職業技能ジョブスキルを持つ者が輸出用に作成している。


 そのおかげで日本の友好国では少しずつだが着実に二次覚醒者が増えており、国内の状況も好転しつつある。


 日本の影響力もそれに伴って日に日に強まっているため、今ではかつてのやらかし三大国以上の影響力を日本が持っていると言っても過言ではない。


「これは藍大に訊いてみないとわかりません。私達がここでいくら話し込もうと藍大がどう判断するのかで答えが変わりますから」


「そうですね。この件については芹江さんから連絡した方が良さそうですか?」


「私から電話します」


「わかりました。芹江さんに一任します。次はC国の内戦についてですが、芹江さんは日本にどんな影響があると思いますか?」


 志保は必要とあらば自分から藍大に電話をかけるつもりだが、下手に連絡して警戒されたり関係が悪化するのを恐れて茂に任せた。


 残念ながら話はT島国の件だけではないので、志保は茂にC国の内戦について話を振った。


「”大災厄”の押し付けと難民問題ですね。日本企業は国際会議の一件でとっくに撤退してますから、大きく分けてその2つが日本に影響すると思います」


「”大災厄”の押し付けは当然想定しますよね。難民問題は日本にも影響が出ますか?」


「出ると思います。国際会議の一件による関係悪化もあって今のところC国人の出入国を禁止してますが、在日C国人を頼って日本に密入国しようとする者がいないとも限りません。実際、国際会議では途中まで船で移動してから泳いで日本に来た者もいた訳ですし」


「その可能性がありましたか。対人班が忙しくなりそうですね」


 DMU対人班は警察と協力して悪事を行った覚醒者を取り締まるのが仕事だ。


 C国人が密入国しようとするならば、彼等の仕事が増えるのも頷ける。


 日本で平穏に過ごしたいけど渡航が禁止されているから密入国しているならばまだ良いが、意図的に日本にも争いの火種を持ち込んでやると良からぬことを考えて密入国しようとする者もいるだろう。


 折角日本からヤクザを一掃できたというのに、C国のマフィアがやって来てしまったら日本の治安がまた悪くなってしまう。


 そうさせないために対人班が警察と協力して治安悪化を未然に阻止せねばなるまい。


「彼等には頑張ってもらいましょう。”大災厄”対策ですが、トップクラン以外でも合宿を行うクランが増えました。日本国内のダンジョンが最近では間引きどころかダンジョンの踏破された報告までありますから、冒険者達の実力が強くなってるのは間違いありません」


「喜ばしいことです。逢魔さんが動くと日本が動きますね」


 大袈裟に思うかもしれないが志保の言う通りである。


 きっかけは藍大のテイマー系冒険者の強化合宿だが、その合宿の流れは中小クランにまで波及している。


 結果として日本の冒険者の実力が高まった訳だから、藍大が日本を動かしたと言っても何もおかしくない。


「藍大にそのつもりはないでしょうけどね」


「そうでしょうね。逢魔さんはやりたいようにやってるだけだと思います。最後にR国の分裂ですが、これは今すぐ何かする必要はありません。放置で良いと思いますが芹江さんはどう思いますか?」


「良いと思います。R国の東部で何かあったとすれば、”大災厄”の押し付けのようなことが起こるかもしれません。しかし、今回はR国西部が荒れてるだけで東部は違います。T島国とC国の問題を優先すべきでしょう」


「わかりました。それでは、今までの話し合いの方針で進めましょう。芹江さん、逢魔さんへの連絡をお願いします」


「承知しました。それでは失礼します」


 茂は本部長室から出て自身の仕事部屋へと移動した。


 仕事部屋に着いたタイミングで藍大から連絡が入った。


『茂、今大丈夫か? できればすぐにシャングリラに来てほしい』


「俺も用事があるから良いけど何事?」


『T島国独立の件で客が来てる』


「先手打たれたか畜生! すぐに行く!」


 茂は電話を切ってすぐにシャングリラへと向かった。

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